4.留三郎


	今は「善法寺薬店」の店主で、「善法寺伊作」を名乗っている伊作は、俺と出会った時は
	「善法寺」ではなかった。かといって、義弟の方の「三反田」もアイツらの本名ではない。
	父親を憎んでいるアイツらは、引取られるまで育った寺兼孤児院の苗字と、母親の旧姓を、
	それぞれ名乗っている。

	だからだと思うが、高校時代の伊作は苗字を呼ばれるのを嫌い、極力名前で呼ばせていた。
	しかし一方で、お互い名前で呼び合い、親しく付き合っている相手は立花しかいない上に、
	他に友達に名乗りを挙げた奴が居ても断っていた。その理由を、ずいぶん後になってから
	立花から聞かされた時は、過剰反応なんじゃないかとほんの少し思った。しかし立花曰く、
	俺は親父経由や小平太の幼馴染として七松組と繋がっているし、折り合いが悪いとはいえ、
	立花も中在家もそれなりに名の通った家だから、手が出し難かっただけだろう。だそうだ。


	「それでも伊作が失踪した時には、『何処に隠した』『伊作を出せ』と、連日私に詰め寄って
	 来たので、知らぬ存ぜぬを通しながら、告訴してやろうかと言ったら引き下がったぞ」

	そりゃまぁ、そうだろうな。表向きは、そこそこの規模の総合病院の院長なわけだし。

	「ただ、伊作の居場所を知らなかったのは事実で、何も言わずに姿を消した伊作にも、少し腹が
	 立っていたので、『あの病院の院長は養子を玩具にして、養子はそれを苦に失踪したのだ』と
	 投書はしたけどな。養子本人である、伊作の名を騙り、一部詳細も混ぜ込んで」

	えげつない遣り口の腹いせだな、それは。伊作にはバレてないのか?

	「とっくにバレているさ。揉み消されたにも関わらず、どこでどのように聞きつけたのかは
	 知らんが、一部とはいえ詳細が添えられていたことまで知っていて、その所為で私の仕業
	 だと見抜かれた」

	

	失踪中に送られてきた手紙に『あれ、君がやったんでしょ? ありがとう。いい気味だと思う』
	とか書かれていたんだそうだ。何というか、伊作らしいといえば伊作らしい反応だが、それで
	済むような問題なのか? 正直、俺は高校時代の噂も、伊作の抱えていた事情も、何もかもを
	後になってから聞かされた口なんで、実際どれだけ酷い目に遭っていたかも、結果的にどんな
	歪み方をしてしまったかも、イマイチよく知らないし、ピンと来ない所もある。
	ただ、笑い方の差は見分けられるし、根っこの部分が意外と冷めてるってのは、高校時代から
	気付いていた。ついでに、立花に依存しているようで、依存されてることも。


	だから、色々と知ってる奴らには言えないようなことも、逆によく知らない俺になら言えるん
	じゃないか。聞くだけしか出来なくてもいいんなら、どんな内容でも、いくらでも聞いてやる。
	あと、立花だと感情的になり過ぎて、やり過ぎちまいそうなことも、俺なら冷静に対処出来る
	かもしれない。とか考えたのが、今の道を選んだきっかけだったりするんだが、気付いてない
	だろ?
	




	お前がたった一言、何か言ってくれたら、どんなことでもしてやる。それは、俺も他の連中と
	同じなんだよ。だから、もうちょっと頼ってみろよ、伊作。



	

2009.5.9