5.数馬 4歳の時に、義兄が出来た。父親が突然孤児院から引き取ってきた子供で、当時は「隠し子では ないか」だの何だのと親戚中で騒がれたみたいだけど、そんなこと幼児に解るわけないし、正直 どうでもよかった。 6つ上の優しそうなその子―伊作義兄さん―のことが、僕は初めて会った日から大好きで、 義兄さんも僕のことを、すごく可愛がってくれていた。 小さい頃の僕は、とにかく義兄さんべったりで「金魚のふん」とか「おんぶお化け」なんて、 頭の悪いイジメっ子に言われたりもしたけど、好きでいつも後ろをついて回ってたんだから、 むしろ褒め言葉。それに僕と一緒の時の義兄さんは、大抵いつも笑っていた。多分、心から。 義兄さんが笑ってくれれば、それだけで僕も嬉しくて、義兄さんを困らせたり悲しませる奴は、 絶対に許さない。ずっとそう思っていたけど、実際の僕は、「泣かないで」と義兄さんの周りで オロオロとするくらいしか出来ない、小さな子供でしかなかった。 真実を知る前から、父親は敵だった。常に笑っている義兄さんが、アノ屑に呼ばれて僕の傍を 離れる時だけ、すごく厭そうで哀しそうな、それでいて何の感情も浮かんでいないような目を した。それだけでもう、理由としては充分だった。 真実を知ってからは、義兄さんと藤内さえ止めなかったら、とっくの昔に殺してしまっていても おかしくない位アノ屑を憎み、あんな奴と血が繋がっていることが、忌々しくてたまらなかった。 今でも本当は、殺してやりたい位憎い。だけど、義兄さんがそれを望まないし、藤内も悲しむと 思うからやらない。義兄さんと藤内が、僕の全てだから。 だからね、失踪した義兄さんから「一緒に暮らそう」って誘いがあった時、少しだけ悩んだんだ。 だって義兄さんの所へ行くのを選んだら、藤内と離れ離れになっちゃうだろう? でも、流石は 義兄さん。そんな僕のことをよーく解っていて、藤内には住所を教えてもいいし、藤内の友達の 作兵衛達の地元だって、ちゃんと手紙には書いてあった。それを読んで、僕は迷わず家を出た。 ああ、そう言えば。いつだったか、「義兄さんと藤内さえ居てくれれば、それで良い」って 言ったら、「異常だ」って作に眉を顰められたことがあったっけ。でもさぁ、じゃあ「正常」 って何なの? 少なくとも僕の周りには、マトモな人間なんて居なかったよ。 僕の両親は、いわゆる「家の為の政略結婚」ってやつで、アノ病院を継がせるために僕を作った のは知ってる。でも、僕がその思惑通りに動いてやる義理なんて、これっぽっちも無い。父親は 知っての通りの屑の外道だし、母親も僕を産んだことで、「お役御免だ」とばかりに遊び回って いて、構ってもらった記憶無いもん。 別にさぁ、あんな連中に愛されたかった訳じゃないけど、そんな家庭で育ったから、義兄さんと 藤内に執着するようになったんだと思うんだよね。だって、その2人だけだもん。小さな僕に、 打算抜きで接してくれたのなんて。それでも、一応「跡取り息子」ってことで、周り中に無駄に 甘やかされまくったお坊ちゃんだから、我がままで独占欲強い自覚はあるよ。 だから、義兄さんを掻っ攫ったアノ男は大っ嫌い。僕を大学に行かせてくれたり、義兄さんに 店を持たせてくれてる恩があるのは解ってても、その見返りに何を要求してるのか、嫌って程 知ってるし、義兄さんをあんなにしちゃったのは、アノ男だもん。 アノ屑の父親と同じ位、アノ男のことが憎い。でも、義兄さんが「ダメ」って言うから殺せない。 義兄さんの為じゃなくって、僕の為にアノ男を殺したい。アノ男さえ居なかったら、僕がもっと 早く生まれていて、力があったら、僕が義兄さんを連れて逃げられたかもしれないのに……2009.5.10