〜立花泉:笹山兵太夫〜 「えーと。『泉くんの担任で、忍術学園1年い組教科担当の 笹山と申します。お父上でいらっしゃいますか? はじめまして』と、 『お久しぶりです、立花先輩』どちらがいいですか?」 笹山兵太夫が、教師として忍術学園に舞い戻ってから1年半。 卒業してからは7年半で、初の担任を任されたのは、半年前。 そして受け持ち生徒の中には、かつての先輩―立花仙蔵―の 息子が居た。その生徒―泉―の家庭訪問ついでに、父親である 仙蔵と顔を合わせるのは、優に12年ぶりになる。 委員会の直属の先輩であり、こっそり目標にして いた人との再会に当たり、兵太夫は色々と挨拶の 文面を考えたが、結局「いつも通り」の、挑発的で 何か企んでいそうな口調でいくことにした。 「どちらでも構わん。息子の担任であることも、 私の後輩であることも、共に事実だろう」 「まぁ、それはそうですけどね」 15歳当時に比べれば、もちろん成長していて、貫禄や美貌は 増しているが、10歳の子持ちには見えない仙蔵は、まず旧知に 対する口調で返してから、今度は保護者の顔で問い返してきた。 「で? 学園での泉はどうなのだ?」 「成績は、実技・教科共に大変優秀です。ただ、まだ 授業で習っていない術や調合などに手を出すのは、失敗する こともあるので危険ですし、上級生相手にケンカを売ったり 同級生を小馬鹿にして見下す癖は直した方がよろしいかと」 対する兵太夫が、教師としての見解を述べると、仙蔵は それを真摯に受け止める様子を見せてから、苦笑した。 「そうか。それはもっともだな。…しかし、お前が言うと 見事なまでに説得力というものが、カケラもないな」 「それは自分でも解っています。だからやり辛いんですよ。 先輩のお子さん。僕らの昔の所業まで知っているようですし」 1年当時から”アレ”だった兵太夫達は、年を追うごとに 各人強烈さを増していき、数々の逸話を持つ『伝説のは組』 との異名を得るまでに到っているが、誇張や誤解された結果 憧れられている節も若干ある。しかし泉は、何故か細かい所や 本当の所を知っていたりもするために、実に扱い辛いのだそうだ。 その後。泉本人に向かっての仙蔵の説教には、 兵太夫にとって、実に興味深い内容が含まれていた。 「己の力を過信することも、他者を見くびり、 あからさまに見下した態度をとるなどということ も、実の所、小物のやることだとは思わぬか?」 「…父上も、かつてはそのようだったとお聞きしましたが?」 ニヤリ。と迫力の増した笑みを浮かべる仙蔵に対し、慣れているのか 不貞腐れたように食って掛かっていった泉の様は、まるでかつての自分か、 同じく作法委員だった伝七のようだ。そんな風に兵太夫は感じた。 そして、解っていたことだが、泉や兵太夫よりも、仙蔵は格段に上手だった。 兵太夫が泉に強く出られないのは、大抵今と同じ様な返し方をされ、 反論の言葉がうまく見つからないからなのだが、仙蔵は一歩も 引かず、それどころか泉にとって、最上級のエサにも等しい情報を チラつかせることで、完全に黙らせることに成功すらしたのだった。 「だからこそ言っている。私を越えたくば精進しろ。…お前の 母は、どれだけ見くびられようと蔑まれようと笑って流し、 誰に対しても分け隔てなく接する、実に芯の強い女だったぞ」 相手を思い出し、愛おし気に語る仙蔵の姿に、 (「父親」な顔を見れただけでも充分だったのに、思いがけず面白い ものが見聞きできたな。にしても、何者なんだろう、お相手の女性) などと兵太夫は感じたが、その謎が解けるのは、まだ先の話。
〜潮江文多:厚着太逸〜 「あー。ここは潮江殿の御宅でよろしいか?」 地図を頼りに厚着が辿りついた、町外れの家に居たのは、 くのいち教室の生徒と同じくらいの年頃の少女だった。 「ええ。そうですが、どちらさまでしょうか?」 「忍術学園で実技の教師をしている、厚着というのだが」 来客慣れしているのか、あまり訝しがる様子も無く、キョトンと 首を傾げて訊ねた少女に名乗ると、少女は花が綻ぶように笑った。 「ああ。文多の担任の。あいにく父は留守にしておりまして、 母も往診中なんです。おそらく、あと四半時(30分)もしない内に 戻ると思いますので、上がってお待ちいただけますでしょうか?」 その口ぶりからするに、少女はこの家の娘で、自分の受け持ちの 生徒である潮江文多の姉に当たるのだろうと、厚着は判断した。 「ブン。母様に、お客様がいらしていることを一応伝えてきて」 「何で俺が」 厚着を家に上げると、少女はお茶を淹れながら文多に命じたが、 隅の方で何か作業をしていたらしい彼は、不満そうだった。 「あら。担任の先生と二人きりで、間が持たせられて、しっかり お持て成しが出来るというのなら、私が行っても構わないけど?」 「……行ってきます」 「初めからそうやって、素直に従っていればいいの」 挑発的な内容を、早口でまくしたてた姉に対し、文多は すぐに折れた。どうも、抵抗して見せたのは形だけらしい。 伝言に出た文多と、その母親が戻るまでの間。厚着は 少女と、とりとめのない話をしながら過ごしていた。 それによると、少女の名は「伊織」といい、年齢は十四歳。 そう聞いて厚着はまず、元教え子である父親―潮江文次郎―の年と性格 からして、子持ちで年上の女を嫁に貰い、伊織は連れ子なのだろうと思った。 けれどそれとなく訊いてみると、歴とした実の親子で、彼女の母親曰く 「目元はそっくりなのに、誰も気付かないんだよね。…お父さん本人すら」 とのことらしい。とは言っても、そう主張しているのは母親のみなので、 真偽の程は定かでは無いらしく、伊織自身半信半疑なのだという。 その他では、母親は文次郎と同い年の薬師で、医師でもあるらしいことや、 文次郎が忍務で家を離れているときは、「薬の行商に出ている」ことに してある。などの家庭事情から、文次郎の同期連中とは、実は未だに 交流があり、伊織も文多も結構懐いている。などという意外な話も聞けた。 その中で厚着が感じたいくつかの疑問が、確信に変わったのは、 帰宅した母親に文多の成績状況を説明した後の、彼女の言葉だった。 「実技の成績は学年でも一、二を争う程だが、教科が今一つ。 というより、教科の予復習よりも鍛練を優先する傾向にありますな」 本当は、教科に関してはかなり酷い状態なのだが、担当教員と そりが合わず、かつその教師―安藤―の言い草にも時折問題が あるように見えなくも無いため、厚着はあえて言葉を濁した。 それを受けての母親の苦言の内容は、明らかに学生当時の文次郎と、 その友人達や学園のことをよく知っているとしか思えないものだった。 「文多。お父さんはああ見えて、教科の成績も良かったんだよ。 特に、基礎の辺りまではかなり。流石に専門分野が大半を占める ようになってからは、ある程度までで切り捨てて、実技の方に重点は 置いていたけど。それとね。アノ小平太だって、向き不向きを別に すれば、やる気だけはあって、苦手でもちゃんと取り組んでいたんだよ。 ……そりゃまぁ、安藤先生が嫌いなのも、解らないでもないけどね」 妙に見覚えのある怒り方をしている母親に向かい、厚着が試しに 「善法寺」と声を掛けると、相手―元”善法寺伊作”。現在の名は ”潔(いさぎ)”―は当然のように振り向いて「はい?」と首を傾げた。 「お前、隠す気無いだろ」 伊織に供された、奇怪な味―だが不味くは無い―のお茶や、家中に 染み付いた薬臭さ、伊織が真似した口調などに既視感(デジャヴ)を 覚え、「伊織」という字面や、文次郎にしては早すぎる結婚時期から 連想したのは、不自然な死を遂げた筈の、一人の元生徒だった。 「はい。今更露見した所で、何があるとおっしゃいます?」 妙にあっけらかんと言い切る様は、学生時代と変わって いないようで、どこか吹っ切れたようにも見えた。 「それは確かにそうかもしれんが…」 「それに、下手に隠すよりは楽ですから」 ほんのわずかに悲しそうな笑みを浮かべて呟いたのを見て、 厚着は”伊作”にとって六年間の学生生活は、「辛く」「大変」 だったのだろうと思い至り、「楽」という表現の重さを感じた。 「…今のお前さんは幸せか?」 「ええ。それなりに」 薄く、しかし心から微笑んで返した”潔”に、厚着は安堵した。 そんな、母親と担任のしんみりとした語り合いの様子に、 途中から完全に蚊帳の外となっていた文多は困惑気味 だったが、伊織は「何か」納得しているような顔をしていた。
〜不破風早:突庵望太〜 苦節十数年。派遣やら何やら色々と経験を積み、どうにか 念願の忍術学園の教師になれてから、更に数年後。 突庵望太(35)は、とある生徒の家庭訪問に来ていた。 「いらっしゃいませ突庵先生。お久しぶりです。僕のこと 覚えておいでですか? …息子から聞いてはいましたが、 忍術学園の先生になれて、本当に良かったですね」 にこやかに迎えてくれたのは、突庵の受け持ちの 生徒である不破風早の、父親らしき人物だった。 「ああ、えーと、『不破雷蔵』くん…だよね。 図書委員で、キクラゲ城の時に手伝ってくれた」 「はい」 (以前の勤め先での事件の際に、手を貸してくれた忍術学園の 生徒の内の一人で、変装名人の親友がいたアノ子が、もう こんな大きな子供のお父さんかぁ。時が経つのって早いな) そんなことを考えながら、突庵が本題の成績の話に入ろうとした時。 「何、僕の振りしてるの? 三郎」 という声が戸口の方からした。 「え?」 突庵が顔を向けると、そこには目の前の人物と 同じ顔の、ちょっと不機嫌そうな青年が立っていた。 「だって、『不破風早』だぞ?」 「だからって、僕を演じる理由にはならないでしょ。 女装して、母親のフリでもすればよかったじゃないか」 すかさず戸口に駆け寄り、訳の分からない弁解を始めたのは、実は 雷蔵を騙っていた鉢屋三郎で、責めているのが本物の雷蔵らしい。 ということは、未だにこの二人は行動を共にしているのだろう。と、 突庵が考えたが、あくまでも仕事で組んでいて家族とも親しいだけ なのだろうと解釈した。しかし、それも違うとすぐに判明したが。 「お前の妻で風早の母親と名乗る女だなんて、自分だとわかって いても嫌だ。誰の顔も、誰でもない顔であっても、使いたくない」 「だったら、僕の兄弟なり近所の人なり演じて、留守番してた。って ことにしたらよかっただろ? 今日は僕がそのまま出掛けてたんだから」 「それは嫌だ。風早はお前の息子で、私の家族なんだ」 自分そっちのけでの会話から、突庵に感じ取れたのは、雷蔵と三郎が 共に暮らす「家族」であることと、風早の母親は不在らしいこと。 そして、それ以上は深く考えない方が良い。ということだった。 「すいませんね先生。割といつものことなのですが、ウチの 父上ってば、変な所が馬鹿でして。放っとけば、多分父さんが 折れる筈なので、少し待っていて下さい。…あ、お茶いります?」 「え? 風早くん!?」 いつの間にか突庵の傍に居て、話し掛けてきた少年は、声は 聞き覚えのある教え子のものだったが、顔が全く違っていた。 「そうですよ。『家に居る時くらい変装を解きなさい』と 父さん(雷)から言われていますので、コレが素顔です」 後できいたところ、この一家は短期間で定期的に引越しを繰り返し、 その都度三郎と雷蔵の役割分担も、表向きの関係も変えているらしい。 そして、風早はなかば三郎の趣味で幼少期から変姿の術を教え込まれて いて、学園では雷蔵の扮装をして過ごしているのだという。 しばらくして、ようやく言い争いをやめた親達の内、雷蔵は 「一応、ここでは僕が母親役をしていますから」 との前置きつきで、薄化粧をして女物の小袖に着替え現れたのだが、 「父上。『何故ひょっとこの面なのか』とお訊きしても?」 雷蔵の扮装を解いた三郎は、何故か面姿だった。 「雷蔵に、さっき『変装するな』って怒られただろ? しかし、かといって素顔を晒す気は無いからな。…面に ついては、狐面ばかりでは芸がないと思っただけのことだ」 三郎は、以前は素顔で生活していたこともあるが、ある時を境に一切 素顔を晒さぬと決めたらしく、風早でさえよく覚えていないという。 けれど、対外的に使っている顔はちゃんとある。…にも関わらず、 この日その顔にせずに面で通した理由は、その後も不明のままだった。
〜七松鶏介:山田伝蔵〜 現在忍術学園に在籍している「卒業生の息子」の 中で、最も父親に似ていないのは七松鶏介だと、 父子双方を知る者なら、誰でも思うだろう。 何しろ、かの元体育委員長の息子は、性格はむしろ彼の後輩 だった生徒に近く、教師の一人で卒業生でもある笹山兵太夫曰く 「山田先生と、利吉さん程度には似てなくもないんじゃない」 といった感じの、よく見れば鼻筋や口元が父譲りなような気も しなくはない顔立ちで、似ている点は底無しの体力と、トスを 上げられたらアタックしてしまう癖くらい。そして、周囲から 「親父さんと似ていないな」などと言われるたびに 「今までに、『似ている』といわれたことがありません」 と返す、妙に落ち着いた少年なのだ。 そのため、てっきり「落ち着いた雰囲気のしっかり者の嫁を もらったのだろう」と、小平太を知る職員は皆思っていた。 △ しかし、現在家庭訪問中で七松家を訪れている山田の前で茶菓子を 勧めてる鶏介の母親―咲―は、何となく福富しんべヱを彷彿とさせる、 ふくよかでおっとりとした空気をかもしだす、小柄な女性だった。 「すいませんねぇ。二人とも、今日はちょっとお山のほうに 行っちゃってるんですよ。ちょっと待っていてくださいね。 今、呼んでもらいますから。…くりちゃん。お願いね」 にこにこと笑っている咲に頼まれたのは、勝気そうな 十代くらいの少女で、どうやら鶏介の姉らしい。 「鶏介! 父ちゃん! お客様だから、戻って来なさい!!」 大きく息を吸い込んでから、裏手の小山に向って声を 張り上げた少女―栗子―の姿に、山田は既視感を覚えた。 それは、まだ息子の利吉が幼かった頃に 「あなた! 利吉! お話があります。今すぐ戻っていらっしゃい」 と自分達を呼ぶ妻の姿にも、また委員会中に先輩後輩関係なく 叱り飛ばしている某体育委員の姿にも、とてもよく似ていた。 そしてその山田の感想は、あながち間違ってはおらず…… 「にしても、くりは年々平に似て来てるよなぁ」 面談後、「折角だから」と共にした夕食の席で、山田や鶏介から 最近の学園の話を聞いていた小平太が、ふとこんなことを呟いた。 「…父ちゃん。それ言われるたびに言ってるけど、あたしはその平さん って人のこと知らないから、『似てる』とか言われても困るんだけど」 さんざん「似ている」とは言われているが、一度として 詳しい人となりを、聞いたことがないのだという。 「でもさぁ、叱り方とか、何だかんだいって面倒見のいいとこ なんか、本当にそっくりなんだぞ。なぁ、鶏介もそう思うだろ?」 「僕に振んないでよ父ちゃん。僕もよくは知らないし、笹山先生に 訊くと、全然違う印象の人の話しか返ってこないんだけど」 ある意味、それは当然のことである。普段の、自慢ばかりしている うぬぼれ屋の平滝夜叉丸と、委員会中の面倒見の良い―どこか 母親じみた―滝夜叉丸とでは、まるで別人のようなのだから。 「…鶏介。今度、金吾が学園に来たら訊いてみると良い。 両方の面を知っているし、色々と当時のことを聞けるはずだ」 小平太は、「面倒見が良くて、ちょっと口うるさいしっかり者の後輩」の面、 兵太夫は、「うぬぼれ屋でうざい先輩」の面と、委員会の先輩から聞いた話 から「意外と面倒見はいいかも?」程度の印象しか知らない。 けれど金吾ならば、その両面を経験してよく知っている上に、小平太に 振り回され、止めきれないが頑張ってはいた辺りが、鶏介とどことなく 似ていて、話が合うのではないか。と、山田は感じたのだった。 △ 後日。この話を教師同士の酒の席でして話してみたところ、何とも 言えない表情で鶏介に同情した者と、腹を抱えて大笑いした者とに 分かれ、兵太夫は呼吸困難になりそうなほどに笑った筆頭だった。
〜食満梓:北石照代〜 「成績はそれなりに良いし、器用で面倒見も良い、優秀な生徒 ではあります。ただし、喧嘩っ早くて、男子相手でも平気で 取っ組み合いになるのは、女の子なんだからどうかと思います」 「やはり一人では何かと不便だ」 ということで、くのいち教室の教員が増員されることに なった際、北石照代が採用されたのは、ある程度年齢と 経験を重ね、人として成長したことが大きな要因だった。 そして晴れて忍術学園の教師となった北石は、かつて教育実習で 受け持った1年い組や、強烈な1年は組の生徒はともかく、その他の 取り立てて接点のなかった生徒達のことは、ほとんど記憶になかった。 そのため、自分の受け持ちの生徒である食満梓の父親についても、 古参の教師たちから卒業生だとは聞いていたし、珍しい苗字なので 記憶の片隅に残っているような気はしたが、思い出せていなかった。 「すいませんね。そんなどーでも良い所まで父親に似ちゃったもので」 父親のことは思い出せないし、相対しているのは母親だし、そもそもが 家庭訪問なのだから。と、他の生徒の家族に対するのと同じように成績や 生活態度の報告などをすると、北石と同じくらいの年と思われる、どこか キツネめいた雰囲気の梓の母親―香(きょう)―は、何故か艶然と笑って答えた。 その笑い方の謎が解けたのは、娘達―梓を筆頭に三人姉妹―を連れて 出かけていた父親が帰宅し、香と会話しているのを見ている最中だった。 「お帰り留さん。早かったね。修理はすぐ終わる程度のだったのかい?」 「まあな。正直いさの頼みでなきゃ、潮江本人に直させるようなもんだった」 「いつも通りってわけだね。…ああ、そうそう。梓のセンセが家庭訪問来てるよ」 「お前な。それを先に言え。……失礼しました先生」 「え。あ、いや。私は別にお気になさらずに…って、あー!」 自分の存在に気付き、向きなおった父親の顔を見て、北石は それまでの会話とつなぎ合わせ、彼のことを思い出した。 「用具の、アノ会計委員長と、ものっすごく仲の悪かった委員長!!」 教育実習中は、安藤の後について回ることが多かったため、 当時の会計委員達とも面識はあり、委員長と犬猿の仲の相手 とのケンカも、何度か目撃した覚えがあった。 「否定はしませんが、その思い出し方はどうかと思いますよ。北石先生」 げんなりと答えた留三郎の様は、北石の記憶の中の姿よりも落ち着いた 大人のような感じはしたが、当時から会計委員長関連以外では、割と 冷静で面倒見もよく、「確かに梓とよく似ているかも」と、北石は思った。 「あのね先生。父さんは、潮江さんとは仲悪いけど、潮江さんの奥さんの いささんとはすごく仲がよくて、いささんのこと妹みたいに思ってる らしいんです。あと、織姉さんも私達のことをすごく可愛がってくれて いて、私達も織姉さんのこと大好きだけど、潮江先輩はちょっと苦手」 新学期になってから、 「あんたの父親と6年の潮江文多の父親って、相変わらず 険悪そうな割に、いまだに付き合いあるのねぇ」 と、梓に話を振ってみた所、こんな答えが返ってきた。 「織姉さん」こと潮江家の娘伊織は、「弟はあんまり可愛くないから」と、 梓達のことを妹のように可愛がってくれ、普段妹達の世話ばかりしている しっかり者の長女の梓にとって、甘えさせてくれる貴重な存在なのだそうだ。
〜不破歌留多・不破伊呂波:山本シナ〜 「今回は、お若い姿の方ですか。相変わらずお見事ですね」 老女と妙齢の美女の二つの姿を持つ、くのいち教室の山本シナの正体は、 忍術学園の七不思議に、数えられているとかいないとかいう噂がある。 「あら。『相変わらず』ということは、お嬢さん達から 聞いたのではなく、以前から私のことをご存知で?」 勤続何年になるかも不明の山本は、流石に関係者や卒業生の 全てを覚えているわけではない。けれど、目の前の保護者の 男の顔は、どれだけ記憶を辿っても、まるで見覚えがなかった。 「ええ。容姿も年齢も、体格までもを完璧に変える巧みな技は、 私の憧れで目標でしたから。…未だにその域には達せておりませんが」 妙にウットリとした口調の後で、ニヤリと笑った男の表情に、山本は 彼の娘達が入学してきた時に浮かんだ考えが、正しかったことを感じた。 「予想通り、『不破さん』はアノ『不破君』だった。ということね 鉢屋君。…まぁ、お兄さんの風早君を見たときから、薄々そんな 気はしていましたけれども、本当に貴方が絡んでいたとはねぇ」 山本の受け持ちの不破歌留多と伊呂波の双児には、6歳上の兄風早が居り、 彼はかつての卒業生と瓜二つの顔と、その友人を彷彿とさせる性格をしていた。 「お見通しでいらっしゃいましたか。流石です。ちなみに、双児は 貰い子ですが、風早は雷蔵に頭を下げて引き取った、私の子です」 「……。深くは追求しないのが得策でしょうね」 何故か嬉しそうな口調の三郎に、これ以上この話題を振るのはやめ、 本来の目的である報告を山本がしていると、当の双児達が顔を出した。 「あ。山本先生。いらっしゃいませー」 「いらっしゃい、ませ」 元気一杯に挨拶したのは、髪を高い位置で結った、活動的な歌留多。 おずおずと上目づかいなのは、髪を下の方で結った、引っ込み思案の伊呂波。 …のように見えるが 「本当に、お互いの真似が上手よね。貴女達」 「ちぇー。一発でバレちゃった」 「先生すごいです」 普段から頻繁に入れ替わっては、周囲を混乱させているこの一卵性の双児は、基本の 性格は真逆なのに、入れ替わりのいたずらだけは二人とも好きで、より混乱させる ために、髪型や着物や小物の色を変えているのだが、この日はわざわざ逆にしていた。 「二人共。山本先生は、私と雷蔵もたやすく見分けていらした方だ。 そうそうだまされてはくれないよ。普段も、すぐバレるのだろう?」 「父ちゃん達は他人じゃん。あたし達は、骨格も一緒なのに」 「声も、作っていないよ。話し方が違うだけで」 ニヤニヤ笑いの三郎に、双児は心外そうに抗議をした。確かに、変装名人と 一卵性双生児の入れ替わりとでは、難易度が相当に違う。しかし三郎は、 今双児が言った辺りのことを指摘されるのを、とても嫌う。特に「他人」と 表現されると、ひどく怒る。そのことを、双児は解っているはずだった。 「父上ー。ここでキレたら、軽く三日くらいは父さん口利いてくれないと 思いますよー。落ち着きましょーねー。でも、いろとかるも今のはおふざけ で言っていいことじゃないから、今後は禁止。…先生。失礼致しました」 三郎の機嫌が目に見えて悪くなっていく途中で、どこからともなく 現れた風早が、三郎を諌め、双児に注意しながら山本に頭を下げた。 その慣れた様子に、山本が内心あっけにとられていると、冷静さを 取り戻した三郎は、「お見苦しいところをお見せしました」などと 言いながら、双児にいつも通りの格好に戻すようにと言いつけた。 「ところで、その顔が貴方の素顔なのかしら?」 双児が着替えに引っ込み、風早もいつの間にか姿を消していたので、 山本は間を持たせるために、ふとした疑問を三郎に投げかけてみた。 「違いますよ。単に、今使っているのがこの顔なだけです」 曰く、風早を引き取ると決めた日から、雷蔵以外に素顔を晒すことを 止めたのだという。さらに、その数年後に忍務の最中に残るような傷を 顔に負い、その治療のために医師に素顔を見せざるを得なかったのだが、 それが雷蔵の気に障ったらしく、以降子供達にすら顔を見られるわけに いかなくなった。と三郎から、惚気のような口調で聞かされた山本は、 自分の振った何気ない問いを、大いに後悔したという。

鉢屋さん出張りすぎ。他も、妻子より先生と父のセリフの方が多かったりするし。 忍学生徒以外の子たちに関しては、またの機会に… とか逃げさせていただきます。 2009.1.13