本物のヤクザの世界が、映画やドラマやマンガなんかと違うことは、解っていた。けど、俺が転がり
込んだ組は、違い過ぎる。ってか、ヤクザってのは名ばかりで、実際は違うんじゃねぇかとすら思う。
何で、売られたケンカ買って、相手をボコったついでに金を巻き上げただけで、説教食らわなきゃ
なんねぇんだよ。「命を粗末にするな」「むやみやたらと力を誇示するな」「ヤクに手を出すな」が
三大原則なヤクザなんか、おかしいだろ。
しかも、俺らみたいな若いのをまとめてんのは、俺とそう変わんねぇ位の、優男っちい若造だし、
家政婦風情が妙に偉そうにしてやがるし、警官にダチがいるとか、おかし過ぎる。
そんな感じのことを、大部屋で先輩組員にグチったら、「まだまだだな」って、周り中に笑われた。
「お前さ、この町の出じゃないだろ」
「だったら何だってんスか」
「いや。この町で生まれ育ったなら、たとえ東の奴でも、そんなことは言いださねぇからさ」
「東」ってのは、この町の駅を挟んだ東側の、若干すかした奴等の多い地区を指す。
口々に、
「若の良さが解んねぇのは、まだまだ青い証拠だ」
だの
「皆本さんは、あれで実はすげぇ強いんだぞ」
だの
「滝さんを馬鹿にすんな!」
だの
「親父や若がああいう方だから、こんなに地域に溶け込めてんだぞ」
だのと先輩達から言われたのに対し、俺が「下らない」って思ってんのが見え見えな感じで
「はぁ。そうっスか」
と返すと、部屋の隅に転がっていたつなぎの男が、俺の方を向いてこう言った。
「若は、オスのライオンみたいな人なんだよ。普段は何もしないでグータラしてるように見えても、
いざとなったら群れを守る、百獣の王なんだ」
アレは確か七松組の下請けかなんかの土建屋の男。しょっちゅう顔を出してはいるが、組員でも無い
くせに、何を知った口利いてんだか。
「確かに俺は下請けの土建屋の倅だけど、ガキの頃から20年以上ココに出入りしてっから、組のことも
若のことも、お前なんかの何十倍もよく見て知ってると思うぞ。新入り」
そんなん、付き合いが長いってだけで、しかもガキの頃からじゃ、裏の面なんかほとんど知らねぇ
んじゃねぇっスか。
「まぁそうかもしんねぇな。けど、見回りも兼ねてシマの店に飲みに行く時お伴すんのは、俺か金吾
くらいのもんだし、そういう状況で店の姉ちゃんにからんだり付きまとってる客シメてんのを見た
ことあんのも、俺らが一番多いんじゃねぇか」
そういや、たまに外へ飲みに行ってたりはするッスね。
「キレてる若は怖ぇえけど、無表情だともっと怖いぞ。しかも躊躇なく相手の骨折るし、返り血
浴びても姐さんに服汚したこと怒られる心配しかしねぇし、そもそも滅多に返り血浴びないし」
それは、確かにちょっと怖いかもしれねぇ。所で前々から気になってたんだけど、何でよってたかって
家政婦如きを、「姐さん」呼ばわりしてんスか。
「…悪かったな。『たかが家政婦如き』で。ひとまずお前は、今日の夕飯は要らんという意思表示
として受け取った。文句があるなら、その態度を改めろ」
げ。聞いてやがったのかよ。
「私はすぐそこの庭で洗濯物を干していただけで、お前の声が無駄にデカイから聞こえたのであって、
わざわざ聞いてなどおらん。……三之助。お前も組員ではないにせよ、年長者としてこ奴の言動を
注意しろ。言いたい放題言われたままでどうする」
「はぁ、そっすね。けど、こういう奴は、注意するだけ無駄かと思って」
「だとしてもだ! 他の者に示しがつかんだろうが」
ああ。年功序列って奴っスか。ヤクザやヤンキーの世界は、結構体育会系ッスもんね。
「他の者も、もう少しちゃんと下の指導をしろ。若の顔に泥を塗る気か」
「すんませんでした。姐さん!!」
「それと、『姐さん』はやめろと、いつも言っているだろう!」
姐さんじゃないなら、やっぱり単なる家政婦なんじゃないか。それとも、若の女なのか? とか、
思ったけど口に出さなかったのに、見抜かれた。
「下衆の勘ぐりは、この十数年でいい加減慣れた。そもそも私はこう見えても、歴とした男だ。誰も
そのことを教えていなかったのか?」
「あー。実は、『いつ気付くか』を賭けてまして」
先輩達はバツが悪そうな顔をしてるが、気付かねえだろ、普通。肩位の髪束ねてて女物っぽいもん
着てるし、周りに「姐さん」て呼ばれてるし、自分のこと「私」とか言ってんだから。
「それと、言っておくが私と若は、そういった関係ではないからな。若は女性にしか興味のない方だ。
私は今の所は単なる家政夫でしかないが、若が跡目を継がれた際には、補佐するようにと大学まで
行かせていただいたからこそ、こうして仕切っているのだ。覚えておけ」
後で聞いた話によれば、中2の時に色々とあって親と縁を切って、そこから七松組に身を寄せていて、
高校も大学も、親父と若の厚意で行かせてもらったらしく、昔は色々遠慮していた時期もあったらしい
が、途中で開き直ってああいう感じになったそうだ。その時に
「自分の為じゃなくて、若の為にそうしてるんじゃないかと、俺は思うね」
とか、何人もに言われたけど、それは夢見過ぎなんじゃないスかね。
夕飯抜きにされた俺が、代わりに外に食いに行ったら、そこの店に皆本サンがいた。どうも、学生の
頃の友達と飲む約束をしていたらしい。既に飲んでいて少し酔っていた俺は、今日色々聞いたり説教
されてムカついていた分のグチも兼ねて、かなりぶっちゃけたことを皆本サンに訊いてみた。
「何で、あんたみたいな若造が、若頭みたいな、すごい役目任されてんスかぁ」
「いきなりだな。……ああ。酔ってるのか。知っているかもしれないが、俺は元々幹部の戸部さんの
甥でさ。叔父さんに懐いていたし、道場にも通っていた流れで若や他の人達なんかとも知り合って、
組にも頻繁に出入りするようになったんだ。で、その内に『高校を出たら七松組に来ないか』って
誘われるようになって、今の地位も約束してくれようとした。けど、戸部さんの甥で、若のお気に
入りで、他の古参の幹部の人達にも可愛がられている小僧が、いきなり幹部待遇で入ったら、中堅
連中の反発があるってのは、俺も若も重々解りきっていたから、一応これでも成人するまでは待って
もらったんだ」
「それって、つまりやっぱりコネっスか?」
「そうでもないよな。確か、異論あった奴全員とタイマン張らされて、ちゃんと勝ったもんな」
口を挟んできたのは、皆本サンの連れ。あんまり見たこと無い人だから、何者かは知らないけど。
「結果的には勝てたけどさぁ。あの時が一番、若の言動を無茶だと思った。もしも負けてたら
いったいどうする気だったんだろう」
「負けないと思ってたんじゃねぇの? お前戸部さんの愛弟子だし、素手のケンカもこへ兄直伝で、
赤鬼のハチ兄にも認められてたじゃん」
「赤鬼」って、伝説の総長「笑う赤鬼」のことっスか? それなら確かに認めてもいいかも。
「違うよ。ハチさんには、手加減できなくて血まみれになってた頃に、冗談で『俺の跡を継げるな』
とか言われてただけ。そういえば、若から教わったのは手加減の仕方が一番多くて、その次に効果
的な脅し方が多かったような……」
「意外とえげつないんだな、あの人」
「まぁ、アレでも一応ヤクザの跡取りなわけだし。そういうのを、笑いながら教えてくれるから、余計
怖くてさぁ。……ああ、コレ、お前の署の連中には言うなよ、団蔵」
「言わない言わない。大丈夫。その辺の線引きは、ちゃんとしてるから。まぁ、神崎先輩は知ってそう
だけどな」
あー、この人、皆本サンの友達の方の警官か。ところで、赤鬼総長のことが、すげぇ気になんすけど。
「単にハチさんが若の甥にあたるってだけだ。ハチさんは、若の年の離れたお姉さんの息子なんだよ」
はぁ、そっすか。総長って、今何してんすかね。
「コンビニの店長。だから、芸大の隣のコンビニに行きゃ会えるぞ。あと、たまに組にも顔出すし」
これを聞いた辺りで、俺の意識は途切れている。てことは、多分酔い潰れたんだろうな。皆本サン達に
絡んでる間も飲んでたわけだし。けど、目が覚めたら七松組の大部屋だったのは、皆本サンが運んで
くれたのか?
起きたのが遅かった所為で、朝飯もとっくになく、やっぱり潰れた俺を連れ帰ったのは皆本サンだった
らしく、先輩方にめちゃくちゃ怒られた。何年か前に皆本サンに反発した連中は、結局大半が七松組を
出て行ったとかで、今居る面子は皆本サンにも若にも、平にも心酔してるのが多いらしい。でもって、
七松組を出ていった半端者は、この辺一帯を仕切ってる組に楯突いた上、ヤンキー方面も赤鬼の総長
絡みで抑えられているから、我慢して戻ってくるか、更生するしかなかったっぽい。しかも、遠くの
ヤクザに拾ってもらおうとしても、そっちにも繋がりあるから難しかったようだ。とか教えてくれた
のは、皆本サンがガキの頃から知っているような、結構長く七松組に居る人だった。それくらい古く
から居る人なら、赤鬼の総長の顔も知っているだろうと思って訊いてみると、運よく
「今日は若と飲みに来るらしいぞ」
と教えてもらえた。
確かに、夕方過ぎに客は来た。けども、今日は居間ではなく若の部屋で飲むとかで、お会いすることが
出来そうもなかった。若達の私室の方には、下っ端の組員は勝手に出入りできないんでイラついてたら、
しょっちゅう見かけるガキが、ツマミらしき盆を持ってそっちに行くのが目に入ったんで呼びとめた。
「お前、近所のガキかなんかだろ。なのに何でそっち行けんだよ」
精々高校生くらいの、背の低いそのガキは、俺を見上げて変な顔をした。何だよ、その顔は。
「えっと、僕、一応この家の人間なんですけど」
「はぁ? どういう意味だソレ。若は結婚してないし、お前みたいなでかいガキが居るはずないだろ」
「そう、ですけど……」
俺の言葉で、ガキは何故か泣きそうな顔になった。
「滝ー。ツマミの追加まだ? って、どうしたんだしろ?」
「何でもないです。おつまみは、今持っていこうとしてました」
ツマミの催促に出てきた若が、うつむいてるガキに向かって首を傾げた。
「あの、若。このガキ誰っすか?」
「ん? 俺の息子。実のじゃないけど。…お前知らなかったのか?」
そういや、先輩達から何か聞いたことあるような……
「んじゃ、今改めて教えとく。コイツは、俺の拾いっ子の時友四郎兵衛。高2。ちょっと気が弱めで
大人しいけど、泣かすなよ」
ほんの一瞬。ガキ―四郎兵衛―には気付かれないように、若が俺を睨んだ。その一瞬だけで、背筋が
凍るかと思うほどの迫力があって、昨日聞いた話が事実な事を、実感させられたような気がした。
「……若の息子なんなら、最初からハッキリそう言えよな。あんなあいまいな答え方じゃなくてよ」
若が部屋に戻った後。八つ当たりのように聞くと、四郎兵衛はこう答えた。
「若に拾われたのは本当だし、今は書類上は一応『若の息子』ってことになっているけど、僕は別に
後継ぎでも何でもない、ただの居候みたいなものだから」
「何だよそれ」
「偶然拾ってもらって、育ててもらった恩はあるし、若がお父さんだったら、嬉しいとも思う。でも、
ホントにたまたま拾われただけだから、僕は『七松組の子』ってだけなんです」
訳わかんねぇ。だけど、これ以上つつくと、痛い目見ることになるんだろう。ってことくらいは解る。
だから解んねぇけどとりあえず、四郎兵衛の顔は覚えておくことにする。で、あんま係わんねぇよう
にすればいいんだ。ってことにしよう。
マジでこの組はおかし過ぎる。けど、慣れて考えないようにするしかない。ってことだろ。
タエ様リクエスト。七松組話で、
「滝夜叉丸、三之助、四郎兵衛、金吾あたりの視点から見た小平太のお話が読みたいです」
とのことでしだが、何かちょっと違う代物になったような気がしてますスイマセン。
改めて語る機会を作ったら、妙な感じになってしまいました。
それにしても、だいぶ嫌な奴だなこの新入り。
2009.6.12
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