いつの年も予算会議は、
「燃えよ会計委員会!! 予算会議と書いて―」
「『合戦』と読む!!」
の合言葉で始まる。
しかし今年の会計委員長である任暁左吉は、その後に
「いいかお前達。余計な手出しはせず、下がっていろ」
と続け、他委員会とは自分ともう一人の会計6年の加藤団蔵だけで対峙すると言い切った。
「……加藤。盾の役割を、しっかり果たせよ」
「おうともよ! 任せとけ委員長!」
例年熾烈な戦いとなる予算会議だが、今年の6年生は委員長もヒラ委員も、とにかく強烈かつ物騒な
特性を持ち合わせた生徒ばかりなため、下手に後輩に手出しさせると、危険な上に足手まといにしか
ならない。というのが、左吉の考えらしい。
「先鋒は体育か。……1対2で、勝てる見込みはあるのか、金吾?」
「無い……が、俺は囮で、動きを止めるだけの役目だ」
現体育委員長の皆本金吾は、学園一の剣の遣い手ではあるが、左吉とて三本の指に入る腕前で、団蔵も
剣はそこまで使えないが肉弾戦を得意とする武闘派なので、団体戦においては分が悪い。
「は? どういう意味――」
「漆喰砲構え! 撃て!」
「この漆喰は、廃品利用で自作した、君達攻撃用だから、予算は使っていないからねぇ」
後輩達を2列に並ばせ、1列目が打ち終わって充填している間に2列目を打たせ――と、一糸乱れぬ隊列の
指揮を執っていた鉄砲隊の跡取りである佐武虎若と、その横でニコニコと解説を加えていた福富しんべヱの
2人は用具委員で、2人共普段は「気は優しくて力持ち」な父ちゃん属性で知られている。
「用具と手を組んだのか!?」
「用具だけじゃないよ」
「今日の朝食に仕込んだ伏木蔵の新作の効果が、そろそろ出る筈だから、解毒薬欲しかったら、予算くれる?」
少し申し訳なさそうに物騒なことを口にしたのは、「歩く毒物」こと、保健委員長の猪名寺乱太郎だった。
「何を仕込んだ保健委員! そんなことに予算を使うな!」
「僕も乱太郎も、研究や試作品は、全部自腹で賄ってるから、予算は関係無いよ」
青筋を立てて怒鳴った左吉に、平然と返した伏木蔵は「友達」と書いて「実験台」と読むような危険人物
だったりする。
「てぇか、どうやって仕込んだんだよ。この所保健委員は近付けてないのに」
歴代の会計委員も怪しげなものを盛られたことがある経験から、予算会議前は保健委員その他には注意する
癖が付いている筈だと団蔵が首を傾げると、代わる代わる選択肢を挙げていったのは生物委員会だった。
「一、喜三太のナメさん」
「……が近くに居たら気付くよ!」
「二、三治郎のカラクリ」
「それも多分気付く」
「三、孫次郎配下の誰か」
「一番目立つだろ!」
「何にせよ、解毒剤が欲しくば予算を認めて、ついでに部屋の掃除もしろ」
漫才じみたやり取りの後に仁王立ちで現れたのは、は組のオカンこと、火薬委員長の二郭伊助だった。
「伊助? ってか火薬委員、その格好は何だ!?」
「煙硝蔵は寒いからドテラを縫ってみたんだけど、何か文句ある? 言っとくけど予算は一切使ってないし、
計上もしてないからね」
「……別に文句は無いが、ますます母ちゃん度が上がってるように見える」
「放っといて。見た目の格好悪さより、作業効率の方が格段に大事だし、内側に色々仕込めて便利なんだから」
「そうそう。綿の厚みで中の物バレにくいから、僕らもとっても重宝してるよ。ありがとう伊助母ちゃん」
冬場の作業時の防寒用に温石(焼いた石を布で包んだもの。それ自体は燃えないので煙硝蔵に持ち込み可)を
入れられる隠し(=ポケット)と、個人の名前の刺繍を付けたものを火薬委員全員分縫った所、それを目にした
カラクリコンビが「自分達の分も作ってくれ」と、実費を払って頼み込んだのだという。
「……カラクリコンビ愛用か。そりゃ、さぞかし良い出来なんだろうな」
「それでは、再び生物委員会から三択です」
会計委員2人が、呆れ交じりに納得していると、またもやにっこりと生物委員が、今度は会計室のあちこちを
指さして選択肢を挙げ始めた。
「上、孫次郎配下」
「右、ナメさんカラクリ」
「左、吹っ飛ぶ床板」
「何処が良い?」
現在の生物委員の構成員は、不本意ながら獣遣いな委員長の初島孫次郎、ナメクジ遣いで「細菌兵器」の
異名も持つ山村喜三太、「混ぜるな危険」なカラクリ小僧の夢前三治郎となっている。
「全部嫌だ! 何時、どうやって、何を仕掛けた!? 動かなきゃ良いんだろ」
「うーん。言いたいこと全部言ったのは凄いね、左吉。でもね、残念だけどそうなると」
「……右斜め前。僕の新作の実験台」
ここ1〜2年は毒男や細菌兵器と組むことが増えたとはいえ、三治郎の相方はやはり笹山兵太夫様で、
現在図書委員会所属な彼は、「危険な方のカラクリ小僧」もしくは「罠姫様」の異名を持っている。
「げ。兵太夫の新作って、一番危ないだろ」
「いや、でも、動かなければ……」
「甘い」
「悪いね、左吉、団蔵。君らがおかしな逃げ方さえしなければ、後輩達にはかすらないようにするから」
「僕は、怪士丸ほど器用じゃないから、より一層避けないでよ」
罠の仕掛けてある場所まで追い込むように手裏剣を投げて来たのは、現図書委員長の二ノ坪怪士丸で、彼は
学年一温厚でまともな性格をしていてまず滅多に怒らないが、留手裏剣で威嚇や動きを止めることを得意と
しており、その腕はほぼ百発百中に近い。そして、もう一人の図書委員である上ノ島一平の得物は鎖鎌で、
今回は怪士丸の手裏剣とは逆側から攻撃することで、逃げ場をなくし誘導する役目を任されたらしい。
「……何だろうな。この、懐かしい穴の感じ」
「そりゃ、掘ったの僕だもん」
図書委員の連携で填められたのは、兵太夫の罠を仕込んだ落とし穴で、それを掘った作法委員長の黒門伝七は、
3年上の綾部喜八郎から道具一式を譲り受け、二代目穴掘り小僧となっていたりする。
「あ、後で穴は本人が責任持って埋めるし、会計室内のカラクリは、僕が全部解除するから安心してね」
「正しく食満先輩に似た感じがするのに、何でお前は作法委員なんだろうな、平太」
「うーん。成り行きかな」
穴の中の会計委員達に語りかけた、何故かヒラ作法委員の下坂部平太は、本人達意外で唯一カラクリコンビの
カラクリを解除出来る、学園一器用な整備士である。
「さぁ、それでは、我らが予算を認めて貰おうか」×15
声を揃えた他委員会の面々に、穴から這い出た左吉は苦々しげに事実上の負けを認めた。
「……。不本意ながら、総ての委員会の予算を、ほぼ全額認めた筈だと、僕は記憶している」
「今回、どこもかなり完璧な予算案だったからなぁ」
諦めたように普段の口調で付けくわえた団蔵のボヤキに、答えらしきものを返したのは……
「今回の予算案は、全委員会分この俺が監修したからな。お前ら如きが不備を見つけられるわけが無いだろ」
1年時から守銭奴で有名で、年々計算高く女王様化の一途を辿っていた、ヒラ作法委員摂津のきり丸だった。
「ああ、道理で」
「尚、今回の予算会議の計画、総指揮は、黒木庄左ヱ門でお送りしました☆ ちなみに、君達に薬を盛った
朝食を出したのは、食堂のおばちゃんの変装をした僕だよ」
白旗を揚げ、戦意喪失した会計委員を、さらに打ちのめしたのは、何故か天井裏から現れた、学級委員長
委員会の黒木庄左ヱ門だった。
「何で……」
「だって、こんな楽しい催し事に、僕らだけ不参加だなんて、つまらないじゃないか。」
「僕は、止めろと言ったからな」
全く悪びれない庄左ヱ門の様子に、言い訳らしきものを口にしたのは、同じ学級委員長の今福彦四郎だったが
「それ、形式的に『やめろ』って口にしただけだよね、彦四郎」
「言った所で意味が無いのは、嫌というほどよく知っているからな。それでも、一応言ったことは事実
として残っている。だから僕は共犯者では無い。……何かおかしな点はあるか?」
飄々とした庄左ヱ門と、シレっとした顔で言い返す彦四郎の周りには、白々しくてうすら寒い空気が漂っていた。
とは、後の後輩達の証言である。
「ある意味お前も、鉢屋先輩似の、詭弁の達人になったよなぁ」
そう呟いたのが誰だったのかは定かではないが、その場にいた誰もが感じたことで、こうして会計委員会全敗
という世にも珍しい結果で、今回の予算会議の幕は下りたのだった。
とりあえずセリフだけ書いた物に、地の文を足していったので少々おかしな所もあるかもしれませんが、
恐怖の5年後予算会議はこんな感じでどうでしょう
一応19人全員セリフあって、所属委員会も出てきてます……よね?
2009.11.3
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