「あのね。今度のお休みに買い出しに行こうと思ってたんだけど、新野先生に、『用事があって
出掛けるから、医務室に残ってくれませんか』って頼まれちゃったんだ。で、その次のお休み
じゃ間に合わないものもいくつかあるから、仙蔵に代わりお願いしてもいいかな?」
伊作にそう頼まれたのは、三日前のこと。しかし、大方―医務室用ではなく自室用だとしても―薬種の
買い出しだろうと思ったので、後輩にでも頼めば良いだろう。と返した。
「いやぁ、それが、注文していたものもいくつかあって、仙蔵ならお店の名前だけで解るけど、保健
委員の子達には説明しないといけないし、判り難い場所のお店もあるから……」
「なら、鍛錬馬鹿にでも頼め」
「アノ文次が、1人で小間物屋に入って、飾り紐や櫛を買ってきてくれると思う?」
「……思わんな」
「でしょう? だから、お願い! お礼におススメの甘味屋書いとくし、そこのお代も出すから」
そんなやり取りを経て、結局引き受けたのは、たまたま用事が無くヒマだったことや、最近私用では
町に行っていなかったので、ついでに何かの自分の物を買いに行くのも良いかと思ったからだった。
そして今日。購入物を書き出した紙を渡され、正門の辺りで出掛ける為に小松田さんを探していたら、
「遅かったな立花。お前の名前も出門票に書いておいたから、小松田さんを探さなくても大丈夫だぞ」
と声を掛けられた。
「け、食満!? 何故お前が」
「伊作に、『買い物を代わりにお願いしたんだけど、ちょっと量が多くて重い物もあるから、荷物
持ち手伝ってあげてくれないかな』って頼まれた。……本当は潮江に持たす気だったらしいけど、
お前がアイツじゃ嫌だろうと思ったんだと」
……。伊作の分際で、図ったな。おそらく、注文品を取りに行かねばならないことも、買う物の中に
重い物が含まれていることも、一応は事実だろうが、新野先生が外出されることは知っていて、自ら
留守居を引き受けたのだろう。そして、「補充は必要だがまだ大丈夫」だとか「荷物持ちを頼むなら
ついでに」なんて物も、この買い出し表には書かれているに違いない。
すべては、私と食満を共に出掛けさせるために。
伊作とは、6年来の親友で、真面目なことから下らない事まで、ありとあらゆることを打ち明け合い、
他には誰も知らないような本音や隠しごとまで、お互いよく知っている。
その中の1つが、私には胸に秘めた想い人が居る。というもので、相手は我らの同期で、自他共に
認める伊作の保護者の食満留三郎で、元々伊作を通じて親しくなり、「伊作を守る」という立場が
共通していた。だからこそ、私が己の想いに気付いた時には、性別を超えた信頼を互いに得ており、
それを手放すことになるかもしれないのが惜しく、更には生まれ持った気位の高さも手伝い、自分
から想いを告げることは出来なかった。
また、私は仮にも武家の娘として生を受けた以上、忍術学園を卒業した後は、家の為に顔も知らぬ
相手に嫁がねばならないことは、入学前から分かっていた。その為、仮に想いが通じた所で、期限は
決まっており、いずれ別れなければならない。そんな、一時だけの関係になる位ならば、秘めたまま
告げずにいる方が、よっぽどマシだ。そう考え、隠し通すと決めたことも、伊作には話してある。
それなのに、伊作はそれを「勿体無い」といって、最近では私に想い人が居ることを、それとなく
周囲に漏らしたり、こうして焚きつけるような真似をする。
あと、半年隠し通せば、「良き思い出」になるのだから、放っておいて欲しいというのに。
「ところで立花。それ、伊作の着物だよな?」
心の中で、伊作への恨み事を呟きつつも、他愛無い会話を交わしながら町に向かう途中で、食満に
指摘された私の小袖は、普段の私ならまず着ないような、洗朱のものだった。
「あ、ああ。出掛けに伊作が、私の行李の上に、作りかけの煎じ薬をぶちまけてな。染みにまでは
ならなかったが、臭いがすごかったので、洗うのは任せ、仕方なくあやつの物を借りた」
思えば、薬をぶちまけたのは不可抗力だったかもしれんが、私に貸す小袖を選んでいる間、伊作は
妙に楽しそうだった。
「相変わらずだなぁ、アイツ。けど、その小袖よく似合ってるぜ。たまにはそういう淡い色味も
良いんじゃないか」
「……そうか。まぁ、私の趣味ではないが、合いそうな物を借りたからな」
他意が無いのは解っている。けれど、まるで口説かれているようで、顔が熱い。そしてまた、折角
なのだから、伊作のように素直に笑顔で礼を言えればいいものを、それもできず、かといって軽く
あしらう振りも出来ない自分がもどかしい。
「確かに、立花と伊作の趣味は、真逆な感じだもんなぁ。……ああ、けど、そうだな。小袖も帯も
淡い色よりは、帯はいつもの鮮やかな奴にしたら、もっと似合いそうだな」
「……つまりそれは、私に、その内また伊作の着物を借りて着ろ。ということか?」
「ん。あー、そっか。そうなんのか。けど、それも悪くないな」
……反則だ。他意が無いことなど、百も承知しているというのに、そんな風に言われたら希望を
叶えてやりたくなるではないか。けれど、いつ、何の機会にならば、周囲に冷やかされたり噂を
されずに済むだろう。いや、しかし、いっそのこと噂になってしまえば、それに乗じて伊作達の
ように、成り行きで付き合うことにしてしまうことも出来るかもしれんし、そこまでいかずとも、
少なくとも食満の反応は見られるな。
と、そこまで考えた所で、伊作の策略にはまっているような気になった。あやつが具体的に何を
考えているのかまでは知らんが、この状況は間違いなく伊作のお膳立てによるもので、具体的な
進展などなくとも、足掛かりにしてまた何か仕組むつもりではいるだろう。
その思惑通りになるのは癪だし、そもそもこんなことを考えるのは、私の柄ではない。だから、
落ち着け。落ち着いて、普段の自分を取り戻すのだ、立花仙蔵。
そのように自分に言い聞かせ続けなければ、平静を保てなかった。顔も、おそらく少し赤くなって
いるだろう。けれど、食満はそんな私に気付かずに、「そういや伊作が」だの「こないだも伊作に」
だのと、伊作の話ばかりをしていた。それは常の事であり、私も食満に対する話題の殆どは伊作に
まつわる話だというのに、
「先程から、ずっと『伊作、伊作』と、お前はあやつに惚れてでもいるのか」
「いや。どちらかってぇと、手のかかる妹というか、ほら、1年は組の奴らは見てて飽きないから、
自然に話題に上るとか、そういう感じだな」
つい、やっかみからくる嫌味が漏れてしまったが、食満は私の本心には気付いた様子は無く、いつも
通りの無駄に爽やかな笑みを返してきた。
後で思えば、食満は何もかも気付いていて、ああいった素知らぬ態度を取っていたのかもしれない。
けれど、それを確かめるということは、想いを伝えることと同義である。
故に、我らの距離は、未だ変わらぬまま。「友」としてならば隣に立てる。それで充分だ。
「仙蔵様らしく。しかし乙女に」が、このシリーズのテーマです。
という訳で、甘酸っぱい感じを目指してみましたが、いかがでしょう?
ちなみにカノウは、留さんはフェミニストという名の天然タラシだと思っております(笑)
2011.1.17
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