8年前の、とある真夏の昼下がり。子供達を昼寝させ、ひとまずやるべき家事も終えた伊作が、
	まったりと1人の時間を過ごしていると、兄の留三郎が訪ねてきた。

	この当時の留三郎は勤務先の小学校の近くに部屋を借りており、実家や潮江家のある町からは少々遠い
	所に住んでいた。しかも、夏休み中でもプールの監督や半ば趣味で開いている工作教室他、アレコレと
	雑務があってヒマなわけではないのに、わざわざ訊ねてきた訳を伊作が尋ねると、留三郎は雑魚寝して
	いる甥姪を眺めながら、答えの代わりに問いを返してきた。

	「なぁ。3歳くらいの男の子で、聞きわけが良くて大人しいって、あり得ることなのか?」
	「そりゃ、そういう子も居るだろうね。うちの数くんも、女の子達と一緒におままごとしてるのが
	 好きだったし、雷蔵さんの所の三郎も、大人しくはないけど意外と聞きわけは良かったらしいよ。
	 あとは、普段はすごく良い子でよく出来たお兄ちゃんなのに、妹に積み木のお城を壊されたり、
	 もう一人の妹に作りかけの粘土のお人形踏まれちゃったり、超スピードでハイハイしてきた弟が
	 ブロックのジオラマに突っ込んだ時だけ、怒ってその弟妹を叩いたりしてた子も居たってさ」
	「最後の例は、もしかしなくても俺か?」
	「そうだよ。洋おじさんから聞いたんだけど、仙に積み木や工作したものを壊されたり、描いた絵を
	 ぐちゃぐちゃにされては怒ってたのが、ちょうど3歳頃の話の筈」

	留三郎がイメージする「3歳前後の男児」が、左門や三之助と、その位の頃の小平太辺りだとすると、
	活発で手がかかるものだと思っているだろうことは解るし、そういった感じの子供は多いが、アレは
	アレで、意外と極端な例だと伊作は思っていたらしい。

	「そうか……」
	「何? 彼女さんの所の子が、大人しい子なの? 確かさもくん達と同じくらいなんだよね」
	「ああ。来月頭で3歳」
	「1か月違いかぁ。それだと確かに、比べちゃいたくなる気持ちは解るかも。でも、やっぱり個人差は
	 あるもんだよ」
	「そう、だよな。けど、普段は、そこまで大人しいわけじゃないらしくて……」

	留三郎的には結婚を前提に付き合っている恋人の息子とは、何度か顔を合わせているが、毎回母親の
	後ろにくっついているか、一人で遊んでいるばかりなのだという。

	「うーん。それは留兄が、人見知りされてるんじゃないかなぁ。でなきゃ、緊張してるのかも」
	「やっぱりお前もそう思うか?」
	「うん。……あ。そうだ! 今度ウチに連れて来て、さもくん達と遊ばせてみたらどう? 来週末なら
	 お祭りもあるから、一緒に行こうよ」

	同い年で、しかもかなり活発な子供達と混ぜれば、緊張もほぐれるかもしれない。という提案の裏に、
	「未来の義姉になるかもしれない人に会ってみたい」という好奇心も見てとれたが、それはそれで良い
	機会かもしれないと考えた留三郎が、帰宅後恋人にその旨を話すと、相手も何だか嬉しそうにその話に
	乗ったという。


						*


	「いらっしゃいませ、初めまして。留三郎兄さんの妹で、伊作といいます。えーと、『富松さん』と
	 お呼びすれば?」
	「いえ。名前の方の、『良子』で大丈夫です」
	「わかりました。では、よろしくお願いします、良子さん」

	週末。人数の関係上、例によって例の如く集合場所は保育所を兼ねている新野家の玄関で、留三郎に
	連れられて来た良子が―前夫の死後も籍を抜かずにそちらの姓を名乗っている引け目があるのか、単に
	少しでも早く打ち解けたいのかまでは解らないが―遠慮がちに申し出ると、伊作はにっこりと笑って
	それを受け容れた。


	「はい! みんな集合して、ごあいさつしようねー」

	園の庭や室内で数人ずつで遊んでいた子供達を、伊作が慣れた調子で招集する様に、良子が目を丸く
	すると、留三郎から
	「伊作はここの保育士でもあるんだ」
	との補足が入った。


	「なかざいけ、とうないです。5さいです。よろしくおねがいします」
	「しおえかじゅま。…じゃないの! かずまなの! 5さい、です」

	まずは藤内がそつなく名乗り、数馬が自分で噛んだ挙句に逆ギレし、

	「しおえしゃもん! 2つだ!」
	「なかじゃいけしゃんのしゅけ。2しゃい!」
	「違うよー。さもくんも三ちゃんも、こないだ3歳になったでしょ。……この子達、つい最近誕生日
	 だったんです。だけど、まだよく解ってないみたいで」
	
	元気よく間違いまくりの息子達に、伊作が苦笑交じりにツッコミと補足を入れると、更に後ろから別の
	ツッコミが入った。

	「しかも指の数も間違ってるしな。…4本立ててどうする左門」
	「あ。コレはさもくん達のお父さんの文次郎で、抱っこしてるのは、うちの末っ子の左近ちゃんです」
	「……伊作の夫の、潮江です」

	文次郎が名乗って以降は、2歳以下の子供達は親がまとめて紹介していったが、小平太が次男を抱いた
	妻を
	「しろと滝」
	とだけ紹介して、本人に
	「この子は四郎兵衛で、私は滝夜叉丸と申します」
	と訂正が入ったり、自分より若い義母やその子供達(久作が2歳できり丸は4か月)、第二子と第三子の
	双児を来月出産予定のシングルマザーの仙蔵のことなど、後から留三郎が改めて細かい説明したが、
	この時点で良子はもう既に少し混乱気味だったらしい。
	それでもどうにか留三郎の身内側を全員紹介してから、作兵衛が

	「とまちゅしゃくべえ。えっと、もうじき3しゃいにないましゅ」

	と、たどたどしく挨拶して全員がひとまず自己紹介を終え、

	「それじゃ、しばらくみんなで好きなように遊んでていいよ」

	と伊作が言うなり、同い年の2人が作兵衛を遊びに誘い、半ば無理やり良子の元から連れて行った。
	
	
	それからしばらくして、母親勢が夕飯の打ち合わせをしていると、数馬が伊作を呼ぶ声が聞こえた。

	「おかーさーん。さも達が、お外に行きたいって言ってるー」

	左門を羽交い締めにするように捕まえて叫ぶ数馬と、同じように三之助を捕まえている藤内に、その横で
	オロオロしている作兵衛。という光景に驚いたのは良子だけだった。

	「じゃあ、お父さん達にお願いしてごらん。お母さん達は、おやつとかご飯作んなきゃいけないから」
	「ちょっと待て! 俺らだけは、流石に無理だろ」

	呑気な声の伊作に異論を発したのは、息子と甥っ子の手に負えなさをよく知る文次郎だった。

	「でも、チビちゃん達はそろそろお昼寝させた方がいい時間だから、上の5人なら3人で看れるでしょ?
	 それとも、父さんか滝ちゃん辺りも居た方がいい?」
	「いや。いい。俺らだけで平気だろ」

	正直なところ作兵衛は未知数だが、藤内と数馬は多少目を離しても大丈夫なので、遠くに行かないように
	言い聞かせ、大人達が3歳児と積極的に遊んでやる形でなら、どうにかなるだろうと考え伊作に返事を
	したのは、留三郎だった。


	結局。帰って来てから大人と子供の両方から聞いた報告によれば、

	「あのね、こへおじちゃんすごいんだ! ひょいって持って、グルグルしてくれたんだよ!!」
	「……代わる代わる抱えあげて回して、息も切らさずその直後に鬼ごっことか、よく体力持つよな」

	目を輝かした作兵衛が、一番初めに報告してきたのは、小平太の力任せな遊び方についてで、父親の
	記憶のない作兵衛にとっては、とても新鮮で楽しかったらしい。

	「あとね、とめおじさんは、すごいおっきな砂のお城作ってた!」
	「途中から、ガキ達そっちのけで自分が熱中してたようにも見えたけどな」

	初めは砂場で遊ぶ5歳児2人と一緒に作っていたのに、次第に自分の世界に入り込みかけたのは、割と
	いつものことだったりするが、結果的に子供達が喜んだので良しとされたという。


	「……ねぇ、こへ。留兄。文次は何してたの?」
	「ん〜。数のブランコ押してやったり、公園の外出ようとする三之助達捕まえたり、色々してたけど、
	 作とはあんま遊んでないかも」

	ひとしきり作兵衛が話した中に、ほとんど文次郎のことが含まれていなかったので訊いてみると、主に
	監視役に回ったり、上の子達を看ていた方が多かったのだという。

						*

	「作ちゃん。作ちゃんは、赤と青と緑、どの色が一番好き?」

	公園で目一杯遊んだのが功を奏したのか、すっかり打ち解けきった様子の3歳児達と父親達に、自分の
	作戦が成功したと、内心ガッツポーズを決めながら、伊作はさらにもう一つの計画を実行するために、
	作兵衛に声をかけた。

	「えっと、みろりーろ(緑色)」
	「そっかぁ。じゃあコレが作ちゃんので、そしたら…三ちゃんが赤で、さもくんが青かな。文次に赤は
	 ちょっとキツイし」

	何の話だと怪訝そうな顔をする男性陣に伊作が差し出したのは、同じ玩具模様で色違いの子供用の
	浴衣と、同じ3色の大人用の甚平だった。

	「今日のお祭りのために、僕と仙と滝ちゃんと雷蔵さんと父さんとで縫ってみました。それぞれ親子で
	 同じ色の着てね」

	今日のことを決めてから用意したもので、帯は迷子防止に、3人とも同じ目立つライムグリーンの
	兵児帯だった。その他の子供達の分も、藤内が紺地に赤い帯で数馬が白地に青い帯で同じ紫陽花模様。
	左近がピンクのうさぎ柄に赤い帯。久作が黄色にトンボ模様で帯は青。四郎兵衛だけ浴衣ではなく、
	水色のクジラ柄の甚平なのは、帯が余りすぎるだろうとの判断からだという。


	「あと、僕らも折角なんで浴衣着ることにしたんで、ちゃんと手を繋いであげててね」

	昼間公園に遊びに行かせている間に、あらかじめ持ち寄ってあった、女性陣の私物や伊作達の母の形見の
	浴衣から選んでみたらしい。

	「本当は、お父さん達の好みも訊きたかったんだけど、それはまた今度ということで」

	とは言われたが、実際男達にはあまりセンスが無いので、女同士で選んだものの方が本人達によく
	似合っており、その後も殆ど自分達で相談して着ることになったとか。


	祭りから帰ると、昼間にはしゃぎ疲れた子供達をどうにか着替えさせると、適当に敷いておいた布団で
	雑魚寝させ、親達も片付けをしてから少し話しただけで寝ることにした。


	翌日も、朝から子供達は一緒に遊びまわり、帰宅する時には
	「もっと一緒に遊ぶ」
	などと駄々をこねるまでに仲良くなっていた。


	その後。留三郎と良子が結婚し、近くに越して来ていつでも一緒に遊べるようになったのは、約1年後。
	更に、三之助と左門に、金吾や団蔵・左吉などの生まれたての弟を自慢された作兵衛が
	「ぼくも弟が欲しい!」
	と親にねだるようになるのもこの1年後の話になる。
	
	


葉山様のリクエストは 「風巻の家族もので小5トリオの出会い(親目線・子供目線どっちでも良いです)」 とのことでしたが、何かどこかでズレたような…… 作ちゃんママは、旧姓吉野良子さん。作造さんの娘で、優作さんの妹で秀作くんのお姉ちゃん。 「富松」は作ちゃんのお父さんの苗字な設定です。 ちなみに迷子2人の誕生日は、8月頭で1週間違い。てことになってます 2009.7.17