高校を卒業して5年目の夏に開かれた同窓会の時。僕はちょうど2人目が臨月で、文次と付き合い始めたのは
	高校生の時なので、久しぶりに会ったみんなから「結局アイツと結婚したんだ」とか「そのお腹、潮江の子?」
	とか、からかい半分に祝福してもらえた。だけど、その日僕は定期健診の病院からそのまま会場に来ていて
	1人だったので、卒業後地元を離れていたりあまり付き合いのない同級生達からは、今お腹にいる子が1人目
	だと思われていたようで、少し遅れて数くんを連れた文次が顔を出した時。どよめきが起こった。


	「え。潮江、その子、甥っ子か何かか? お前も中在家も、上に姉ちゃんや兄ちゃん居たもんな」
	「いや、コイツは俺らの長男。……伊作! やっぱ俺だと数馬ぐずるんで、任せた」
	「あ、やっぱり? ごめんねー、子守り頼んじゃって」

	お父さんが嫌いというよりは、僕以外には殆ど懐いてくれなくて甘えん坊な数くんは、文次から受け取って
	抱きかかえ直すとすぐに泣きやんだけど、正直、臨月で10kgの子を抱っこしっぱなし。というのは辛い。
	だから健診の間は洋おじさんに預けて、文次に連れて来てもらった訳だけど、この先2人目が生まれても
	このままだったら、やっぱり大変だよなぁ。なんて考えながら、とりあえず椅子を探して腰かけると、すぐに
	周りを囲まれて質問責めが始まった。

	「その子、今いくつ?」
	「ちょうど2歳半だよ。数馬っていうんだ」
	「そしたら、結婚したのは……」
	「えっと、色々あって、この子が生まれる半月位前なんだ」
	「ちょっと待って。ってことは、出来婚!?」
	「うそぉ。アンタらでそれは有り得ないと思ってた」

	僕達のことをよく知っている人程、この話をすると「信じられない」って反応をするけど、事実なんだから
	仕方ない。そして、大抵その後に「ああ、でも、そうか。不運娘だもんねぇ」と納得されるのも、不本意では
	あるけど反論の余地は無いので、甘んじて受けとめることにしている。

	「でもさあ、アタシ的には、そもそも潮江くんが結婚前に手を出してたことにビックリだわ」
	「あー、確かに。無駄にお固かったもんねぇ」
	「そうかなぁ。流石の潮江くんでも、そんな前時代的な考えは持ってなかったと思うよ、私は」
	「だよねぇ。結局は出来婚してるんだし」

	……みんな、他人事だと思って好き放題言ってくれるよね。でも、どの見解も間違ってはいないんだ。
	だって、最初に仕掛けたのは僕なんだもん。



							×××


	留兄や仙や照代ちゃんに言わせると、文次の初恋は僕で、保育所の頃からずーーっと僕に片想いしてたらしくて、
	僕の方も―改めて意識したのは周囲に冷やかされたノリで付き合い始めてからだけど―、お姉ちゃん同士が友達
	とはいえ、中学が別になっても交流が続いていたということは、その頃から別格だった気がしなくもない。
	だから、ノリと勢いでとはいえ、結構あっさり付き合い始められたし、「付き合ってるんだから」と思うだけで、
	今までしてきたこと―一緒に出掛けたりプレゼントを贈ったり、電話やメールなんかも―も、今まではしたこと
	無いこと―手を繋いだりキスしてみたりする程度でも―も、何だか全てが、くすぐったかったり、楽しかったり
	嬉しかったりするようになった。でも、「手を繋いでも良い?」も、「デートだよね、コレ」も、「チューして
	良い?」も、全部言い出したのは僕からで、文次から行動を起こしたことは殆ど無い。そのことに関する不満と
	もやもやが積もりに積もって、家出する所までいくだなんて、この時は思ってもみなかった。だけど、ふとした
	瞬間に不安になることはあって、そんな時は、「言葉にはしてくれなくても、行動で示してくれないかなぁ」と、
	誘導してみることにしていた。
	

	アレは、文次が就職を期に1人暮らしを始めて、半年位経った頃のこと。
	相変わらず留兄も仙も僕に過保護で文次を目の敵にしてはいたけど、もう子供じゃないし、自分達も付き合って
	いる相手が居て、外泊したり、文次と同じく就職と同時に家を出ていた留兄は多分彼女さんを泊めたことがある
	だろうし、しょっちゅう変わっていた仙の相手と違って文次は素姓も家も判っていることもあって、連絡さえ
	入れれば外泊可ということになっていたし、こへなんか時々冗談で「転がり込んで同棲しちゃえば?」なんて
	言ってきたりもしていた。
	にも関わらず、最初の2〜3ヶ月は門限の10時までに帰され、
	「父さんは出張。こへは部活の合宿で、仙も今日は帰って来ないらしいから、家帰っても1人なんだけど」
	という口実で初めて泊って以降はたまに泊ることがあるようにはなったけど、それでも見逃していた映画の
	DVDを借りて来て見たりだとか、何となくまったりくつろいだり、デートの帰りが遅くなったのでそのまま
	泊っていく。程度で、一向にそれ以上の進展はなかった。

	でも、文次が席を外している間にヒマつぶしに部屋の中を物色したり、軽く掃除した時なんかにアレコレ
	見つけてはいて、要はまぁ、タイミングを見計らってるのかな。と見なかったことにして黙っていた。
	なのに、それからしばらく様子見をしていても、全然そんな展開がやって来ることがなくて、いい加減焦れて
	来たある日。夕食の後、床に座って食卓でノートパソコンを操作していた文次の背中に、伸し掛かってみた。


	「…………。重い。降りろ伊作」
	「ヤダ。パソコンなんかいじってないで、構って」
	「今度の会議で必要な書類作ってんだから、邪魔すんな」
	「えー。でも、明日土曜日でお休みなんだから、明日までに必要な急ぎの書類じゃないでしょ」
	「確かに来週末までに揃ってりゃ良い資料だけど、週明けは忙しいんだよ」
	
	この程度のスキンシップなら、実は学生時代からやっていたけど、大抵雑誌や本を読んでいたりテレビを
	見ていたりという、邪魔しても問題なさそうな時だけで、構って貰えなかったらすぐに引き下がっていた。
	だけど、この日の僕は引かずに体重を預けるように伸し掛かったまま、ギューっと抱きついて、普段より
	身体を密着させていた。もちろん、意図的に。

	「だったら、僕が寝てから夜中にやればいいのに」
	「それはそうかもしんねぇけど……何だよ。今日はやけに絡むな」
	「だってつまんないんだもん」
	「……解った。構ってやるから、とりあえず降りろ」

	根負けしたようにパソコンを閉じ始めた文次に、「ヤダって言ったら?」と挑発してみると、ボソリと
	「押し倒すぞコラ」
	と返って来た。

	「良いよ、別に」
	「え」

	おそらく、冗談めかしてそう言えば僕が引くとでも思ったんだろうけど、甘いよ。

	「僕らは付き合っていて、お互い自分で自分の行動に責任が取れる年で、ここは君が1人暮らししてる
	 部屋なんだから、何の問題も無いと思うけど?」

	何を躊躇しているだか知らないけど、ここまでの据え膳を用意してあげても手を出さない程、ヘタレじゃないと
	信じたい。そう思いながら、精一杯虚勢を張って、更に煽ってみようとした瞬間。視界が反転した。


	「本っ当に良いんだな。後悔すんなよ」
	「今更だね。……あ、けど、出来ればフローリングは勘弁願いたいかも」

	床に縫いとめられ、真顔の文次に最終確認をされた時。仙並に不敵に笑って答えてみようとしたけれど、
	ハタと気付いて尻すぼみ気味に付け加えた一言に、文次は一瞬目を丸くして「確かにな」と噴きだした。

	結果的に、それで少し緊張がほぐれたので結果オーライで、その後は、この日みたいに僕がじゃれついた
	流れな事もあれば、映画やドラマを見ていて良い雰囲気になったりだとか、どちらともなく何となく。
	といった感じの、多分世間一般のカップル―よりはちょっと初々しいかな―と同じようなきっかけで、
	それが当たり前の展開になっていった。


	それでも、僕は根っからの保健委員で、そこの点についてだけは照れより保健委員魂が勝ったので、避妊及び
	性病の予防の為に、毎回避妊具の着用についてはうるさく主張していたし、避妊以外の目的もあってずっと
	低用量ピルは飲み続けていたので、予期せぬ妊娠の心配は無い筈だった。
	それなのに数くんが出来てしまったのは、数くんと仙の所の藤内は3ヵ月違い=数くんを妊娠した時期と仙の
	妊娠が発覚したのがほぼ同時期ということで、仙のシングルマザー宣言を受けて家中がバタバタしていた所為
	と言うのもなんだけど、とにかく色々てんてこ舞いで、ピルを何日か連続で飲み忘れていた時に限って、運悪く
	避妊具が破れる。というハプニングがあり、僕自身はピルを飲み忘れていたことを覚えていたから、可能性を
	考えてなかった訳ではないけど、文次には言ってなくて、あれだけ念入りに避妊をしていた以上、覚悟どころか
	想像もしていないだろうと思ったら、伝える以前に確認することも怖くなり、気付かない振りをした。

	その結果がアノ騒動で、数くんが生まれた日の反応を見る限りでは、文次は本気で喜んでくれていたと思う。
	でも、「仕方ないから」と言われたことは未だに引っ掛かっているし、仙から聞いた話によれば、僕の妊娠を
	告げた瞬間の文次の顔には、「有り得ない」と書いてあったように見えたらしい。
	つまり、僕のことは嫌いじゃないけど、こんなに早く子供が出来て結婚する羽目になるなんて、やっぱり迷惑
	だったんだ。そう感じてしまったことにより、余計頑なになっていた所為で入籍と数くんが生まれるまでの間が
	半月しか空いていないことも、周りに詮索される要素を増やしただけだし、数くんは一向に文次に懐かないから、
	ホントは疎ましいと思っていたりするかも。それから、今お腹にいる子は「もう1人位居ても良いよね」という
	ことで作った子だけど、もしもこの子が文次が実は密かに期待している女の子ではないみたいだけど、男の子
	でも人懐こくてお父さん大好きな子だったりしたら、数くんに対する態度と、差が出たりしないかな。
	そんなことを考える度に、不安になる。だから本当は、家族揃って人前に出るのは、あんまり好きじゃない。
	特に、僕らを昔から知っている人に経緯を説明しなきゃいけない状況が。



							×××


	「お前らに、何もかんも経緯を全部教えてやるいわれは無い。とにかく、この数馬が俺らの長男で、もうじき
	 2人目が生まれる。ってことだけ覚えとけ」

	僕が過去に思いを馳せて、ちょっと鬱になりかけていたら、文次が周りでまだ色々聞きたそうにしている
	人達に、バッサリとそう言い切ると、僕の腕の中から数くんを取り上げ、僕を立たせた。

	「先生来たから、挨拶行くぞ」
	「え。ああ、うん。じゃあ、みんなの近況は、また後で聞かせてね」

	文次が指す方を見たら、確かに僕らの担任だった先生がいらしていたけど、もしかして文次、僕が沈んでるのに
	気付いて、それを言い訳にして質問責めから解放してくれたの? 目線でそう問い掛けたのには気付かず、
	
	「数馬。お前、このまま俺に抱かれてんのと、降りて自分で歩くの、どっちが良い?」
	「おかーしゃん、だっこ」
	「ダメだ。お母さんのお腹には赤ちゃんがいるから、座ってる時以外はお前をだっこ出来ないんだ。それに、
	 もうじき兄ちゃんになるんだから、お母さんを困らせないで、今度生まれてくる弟の見本になるって約束
	 しただろ?」
	「……うん。かじゅくん、おにーたんなゆの」
	
	だっこした数くんと目を合わせて、「男同士の会話」みたいに話しかけている姿が、何だか微笑ましくて
	恰好良かった。

	「約束した。って、いつの間に?」
	「ここに来るまでの間だ。お前が良いって散々ぐずるんで、『俺で我慢しろ』っつったついでに、新野さんが
	 そんな感じのことを言い聞かせてたのを参考に約束させたら、意外と素直に聞き入れたんだ」
	「そうなんだ。……えらいね、数くん」

	文次の腕から降りて歩くことにしたらしい数くんの頭を撫でて褒めてあげると、自慢げに
	「かじゅくんにーたんらもん」
	と胸を張って答えた。その様が、保育所の頃の、何かを自慢する時の3歳の文次と似てるかも。なんて
	思いながら文次を見たら、「流石俺の息子」とでも言いたげなドヤ顔をしていて、その表情が3歳の
	時から実は変わっていなくて、つまりは数くんとも似ているわけで、そのことに気付いたら、何だか
	さっきまで悩んでいたことが杞憂かもしれない。なんて気がしてきた。

	「……数くんは、お父さんのこと好き?」
	「すきらない」
	「じゃあ、嫌い?」
	「きやい、れもない」
	「そっかぁ。お母さんは、数くんもお父さんも赤ちゃんも大好きだよ。……文次は、数くんと僕のこと好き?」

	流れで訊いた振りをして訊ねると、「嫌いじゃねえよ」っていう答えが返って来た。
	……全くもう。父子揃って素直じゃないんだから。この調子じゃ、16歳の時からお預けになっている告白が
	もらえるまでに、あと何年かかるんだか。



	


4周年記念 かんな様リクエスト 家族モノの文伊で数馬が出来た時の……とのことでしたが、その時自体は単に不運が 重なっただけなのと、直接的な描写は書けない為、お初に至るまででお茶を濁して みましたが、こんなんでもよろしいでしょうか? 2012.9.16