ソレが発覚した時の、伊作の率直な感想は
	「油断してたなぁ。どうしよう」
	で、何があったのかといえば、四男団蔵と五男左吉の双児が1歳になる前に、更にその次の子の妊娠が発覚
	したのだ。


	そもそも潮江家は、ゴタゴタとすったもんだの挙句に結婚して生まれた長男数馬だけでなく、
	「そろそろ、もう1人増えても平気かな」
	で出来た次男左門以外は、殆どが予定外やタイミングが微妙だったりする。
	なにしろ長女にして一人娘の左近は左門と年子で、上の双児も

	「ねぇ、文次。もう1人子供居たら、流石に家計大変かな?」
	「4人目が出来たのか?」
	「ううん。まだ。でも、ほら、僕もこへのとこの滝ちゃんも、男女二:二の四人兄妹だから、もう1人女の子が
	 居ても良いかも。って思って」

	といったやり取りの後に出来たは良いものの、双児でしかも両方男だったのは、明らかに予定外だった。
	しかも検診の際、一応性別を確認してはもらったが、片方は間違いなく男児だが、もう片方は角度の問題で
	判別できず、結局生まれるまで判らないままだったりした。(ちなみに、判らなかった方がおそらく左吉)

	そんな訳で、小学校に上がったばかりだけど甘えたがりでお母さんべったりな長男と、物凄く手のかかる4歳の
	次男と、芽生え始めの自尊心がだいぶ激しめの3歳の娘と、タイプの180度真逆な乳児2人を抱えた状況で出来た
	6人目をどうしたものか。と、散々悩んだ挙句に産むと決めたら、また双児なことが判明して……
	などと色々重なっても、最終的には腹をくくって開き直り、家計の為に仕事に打ち込んであまり家事や育児に
	参加出来ない文次郎を責めもせず、おまけに時折甥姪まで一緒くたに面倒を看る強さと前向きさを伊作は持って
	いた。そのことが、いつの間にか文次郎の中で当然になってしまっていて、ブチ切れた伊作が1年近くに亘って
	家出をするのは先の話だが、少なくとも毎回出産前後は、直接言葉には出さずとも文次郎が子供を喜んでくれて
	いることが解るし、愛されている実感も持てるらしい。そのことが良く解るエピソードを1つ。


	学校の宿題で、「小さい頃の写真を持って来い」と言われた左門が、弟達と一緒にアルバムを漁って、色々見て
	いると、生まれたばかりの赤ん坊を抱いている文次郎が、何故か下の双児の写真以外はどこかしらに怪我をして
	いることに気が付いた。その理由について、伊作ではなく文次郎本人に訊いてみたことに、特に深い意味はない
	らしいが、結果的には、伊作に訊くよりも面白い話が聞けた。

	「……陣痛や出産ってのは、男なら耐えられず気が狂う程の痛みがあるらしくてな。出産間際の産婦ってのは、
	 獣並に気が立っていたりするんだ。それで、数馬は初めての子な上、陣痛が2日近く続いて、おまけに逆子
	 だったもんで、『産むのを止める』だ何だと喚いて暴れたのを抑えようとした結果、こっちも満身創痍にされ
	 かけた。で、左門の時はあごに思い切りアッパーを食らって、左近の時は手ぇ握ってやってたら、指を何本か
	 折られた。団蔵と左吉の時は殴られたのが顔だったんで、青アザが残って周りに『喧嘩でもしたのか』みてぇ
	 にからかわれたな。……乱太郎と伏木蔵の時だけ無傷なのは、立ち会ってねぇからだ」

	写真と照らし合わせながら説明する文次郎の言葉に、息子達が「あのお母さんがそんな……」などとショックを
	受けていると、

	「それで普通なんだとよ。どんだけ普段温厚な奴でも理性がぶっ飛ぶくらいの、大変な苦痛に耐えてまで産んで
	 くれてんだから、これ位で引くな。お前らも父親になる時は、傷の1つや2つ甘んじて受けて、嫁さんを支えて
	 やれよ」

	穏やかにそう言い聞かせた文次郎に、珍しく数馬まで「父さん格好良いかも」と、こっそり思ったとか。
	そしてその辺りを、伊作もちゃんと解っているし、文次郎の性格を熟知している為、

	「いわゆる、『律儀者の子沢山』てことだと思うんだよね」

	ということで、大変ではあるが子供の数が多いのは、言葉や態度にあまり出さない代わりに、愛されている証拠
	だと捉えることにしていたらしい。……が、それだけでは物足りなくなり、拗ねた挙句に少し不安になったのが、
	家出の真の動機で、長年の「言わなくても解るだろう」という一種の甘えと怠慢の積み重ねの結果だったりする
	ようである。




五万打記念企画 おりづる様リクエスト 「明日は明日の風が吹く/長次さんか伊作さん/律儀者の子沢山」 とのことでしたので、潮江家で。伊作というよりは文次郎な気もしますが…… ちなみに、少々時間が掛かってしまった原因は、中在家姉弟の詳しい妊娠事情を入れるか悩んだ所為です。 2010.3.28 律儀者の子沢山……生真面目な人は浮気などをしないから、夫婦仲が良く、したがって自然と子供が多くなるということ