うちの爺様―正確には曽祖父に当たる―は、あらゆる意味ではた迷惑な老人である。
甘いものと自分が大好きで、趣味は思い付き。しかもその思い付きは、大抵誰かを巻き込んで何かやらかそうと
する。という実に迷惑なもので、元大会社社長で今も一応名ばかりとはいえ会長なだけあって、無駄に発言力や
権力があるのが厄介で、年甲斐もない言動が多くて、かなり我儘。それでも、引き取って育ててもらっている
恩義も、尊敬出来る面も一応あって、基本的に憎めない性格だと、思えなくもない。
とはいえ、たまにで良いから「老いては子に従う」という言葉を思い出して欲しいものだ。とボヤいてみたら、
「アレでも、昔よりはマシになってるんだよ。何しろ、元剛腕ワンマン社長で、何で僕らの親があんなに険悪
かっていうと、堂々とお妾さん囲って、そのお妾さんが産んだ娘も本妻さんが産んだ娘も、同列に扱ってた
からだし」
そんな風にしみじみ返してきたのは、「今日はみんな出掛けていて暇だから」と、久々にこちらに顔を出した
雷蔵だった。雷蔵は爺様の孫で、一応私の実の母だが、爺様や私以外の親族とは絶縁して久しい。というのも、
15歳で私を産んでいる上に、私の父親に当たるのが母親同士が最も険悪―どうも、腹違いで同い年らしい―な
従兄で、更に私が生まれる前に命を落としており、その原因が雷蔵にあると思われている所為で、孤立無援の
状態の時に手を差し伸べた親族が、爺様しか居ないのだという。
「所で、『老いては子に従う』の『子』は息子や娘のことで、『孫』の意味は無いって知ってた? 僕も先生に
教わったんだけど、それを聞いた時に『だったら従わなくてもいいかなぁ』って思っちゃったんだよねぇ」
何てことのないような口調ではあるが、こういう時に、雷蔵が本気で身内を嫌っていることがよく解る。
爺様の子は、私の祖母に当たる2人と、私と同じように曽祖父である爺様の元に身を寄せている庄左ヱ門と
彦四郎の兄弟の祖母に当たる人の娘3人しかおらず、私の父親を産んだ次女だけが本妻の子なのだそうだが、
先程雷蔵が言った通り、3人共同列に扱っており、しかもどちらかといえば蔑ろにしていたらしい。
その所為か、姉妹仲だけでなく父娘仲も悪く、爺様は娘達もその夫も、誰一人として信用していないとかで、
婿入りして「大川」姓を名乗っている人間は居ないし、会社も親族とは無関係の人間に譲渡した。そのことで
より一層溝は深まったようだが、歩み寄る気は皆無だという。
それでも、金だけ与えてほったらかしにした代償が、金に執着する浅ましい人間に育ってしまったことだと、一応
爺様は解ってはいるらしい。だとすると、雷蔵の結婚に際してついて行くのを嫌がった私や、泥沼の離婚協定を
繰り広げている孫夫婦の元から庄左ヱ門達を引き取ったのは、その罪滅ぼしかと訊いたことがある。
その時爺様は、「それも無いとは言わん」とうそぶいていたが、雷蔵が言うには
「確かにお祖父ちゃんは、僕らの母さん達の育て方を間違えたとは思う。だけどその母さん達の子である僕も
三郎……お前の父親の方のね。も、ああいう風にはならなかった。しかも三郎は、頭も要領も良くて、冷静
なのに面白いことが好きなお調子者で、多分一番お祖父ちゃんに似ていたから、お祖父ちゃんのお気に入り
だったんだ。勿論そのことは伯母さん達も気付いていたから、そっちの期待も一身に背負ってもいたけど、
そんなのどこ吹く風で好き勝手やってた所もお祖父ちゃん似だから、……僕を庇って保護してくれたことは、
もしかしたら罪滅ぼしの意味もあるかもしれないけど、小さな頃から父親そっくりのお前もお祖父ちゃんが
気に入っているのは事実だし、庄ちゃん達も罪滅ぼしというよりは、単にアノ従兄さん達の傍に置いときたく
無いと思っただけじゃないかな。2人共どっちかっていうとお祖父ちゃんや三郎タイプっぽいし、確か黒木の
伯母さんって、長女だけど早々に遺産争いから離脱した口で、伯父さんも結構面白い人なのに、従兄さん達は
そういう両親に似なかったのが口惜しい。って聞いた覚えあるし」
とのことで、雷蔵達の祖母に当たる妾妻の楓ばあさんは、基本は大らかかつ大雑把な人で、若い頃は本妻である
如月ばあさんと張り合ってたので、その娘である次女三女は未だに険悪だが、ある時ふと
「悪いのは全部平次さんなんじゃないかしら」
などと気が付いたとかで、それ以降爺様そっちのけで、ばあさま達は親しくしているらしい。
そしてその楓ばあさん似なのが、長女である庄左ヱ門達の祖母と雷蔵なのだそうだが、2人共
「関わり合いになりたくない」
と、他の身内の骨肉の争いから一歩引いており、爺様には
「言っても無駄」
と進言する気は無いのだという。
「お祖父ちゃんとの上手い付き合い方はね、基本は放っておいて、適度に流しつつ、自分に害が及ばないように、
それとなく誘導すること。って、三郎は言ってたけど、難しいよねぇ」
確かにな。それにしても、15歳以下でそれを言えたとか、本当に何者だったんだ、私の父親ってのは。
五万打記念企画 おりづる様リクエスト
「明日は明日の風が吹く/大川翁か、その周囲/老いては子に従う」
大川の爺様について、雷蔵さんメインで語っていただいてみました。
「所で〜」
のセリフで書いた内容を見つけたので、こんな感じに。
ちなみに「黒木の伯父さん」は、庄左のとこの祖父ちゃんです。
2010.4.22
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