元サノメの皇子の警備隊─こと、現 沢一族─の家の前に置き去りにされていた双児の乳児の里親探しが難航
していたある日。宮処跡から程近い村の、子供も近しい親類も居ない老夫婦から、孫として引き取りたい。
との申し出があった。
その村は、沢の家から徒歩でも数時間程度の距離にあり、老夫婦は親族は居ないが、同じ村のみならず
近隣の村人達とも円満な関係を築いており、あちこちで里親の話を持ち掛けていたのを人伝てに聞き、
名乗りを上げてくれたのだという。
そして、実際会って話してみた感じでも、豪放磊落な夫とおっとりしているが芯の強そうな妻は好印象で、
更には名を訊かれた際に
「字は変えたけど……」
と口を滑らせた秋市への
「まぁ、それじゃ名付け直してもらったのね。素敵な字で格好良いわ」
「何、そっちの別嬪さんが全員分付け直したんか。物識りで良い趣味してんなぁ」
との反応に、
「ああ。この人達だったら、俺らを捨てなかったのかな」
「こんな人達が、親だったら良かったのに」
などと─灯野兄弟や宮のような理由のはっきりしている以外の─元数字の子達が夢想しかけたことが
決定打になり
「この人達なら、可愛がって大事に育ててくれそうだな」
との判断が下された。
そして、双子達も早々に打ち解け嫌がる様子も無かったので、正式に引き取ってもらう運びになり、念の為
何かあった時の連絡用に小さい椿を一羽預けはしたが、特に問題は起きないだろうと、誰もが思っていた。
しかし、双子を託して帰宅した沢の男達が家に帰り着くなり、
「ひとみちゃんもあかりちゃんも、貴方達が帰ってすぐから、ずっと泣いてばかりでね。オムツを換えたり
着替えさせたりご飯をあげてもずっと泣き止まず、さっきようやく泣き疲れて眠ったところなの」
との連絡があり、翌日様子を見に行くと、彼らが居る間は機嫌が良いが、帰るなりまた泣き通しで……。
ということを数日繰り返したが、さっぱり理由が解らなかったため、小椿からも何か聞けないかと試しに
虹を通訳として連れて行くと、
『ふんふん。そうか。じいちゃんばあちゃんは嫌いじゃないけど、置いていかれたくないんだな』
と相槌を打ちながら会話をしたのは、小椿ではなく双児当人達だった。
「え。虹、赤ちゃんの言葉も解んの!?」
『まぁ、赤ん坊も動物の一種だしな』
成重曰く、三重に子供が生まれて判明したのだが、発声は出来ず、筋道だった長文は組み立てられないだけで、
乳幼児も結構色々喋っていて、その言葉が虹にはクロやトリ達の言葉が解るのと同じように解るのだという。
「へぇ、すげぇな。何て言ってんだ、コイツら」
『えっとな、まだほとんど単語だけだけど、「あかりいっしょ」「ひとみいっしょ」「おとうさんいない」
「おかあさんおいてった」「かずひたちいっちゃった」「かずひたちもおいてく?」って感じだな』
虹の要約によれば、双児は父親が亡くなったことも、母親に棄てられたこともぼんやりと理解しており、里親に
名乗り出てくれた老夫婦のことは、交代で面倒を見てくれた女性達と同じようなものだと思っていたので、沢の
男達に老夫婦の元に置いていかれたことは「また棄てられた」との認識になったのだという。
「あら。じゃあ、2人は沢のみなさんの所で暮らしたいのね」
ニコリと微笑んでそう結論付けた老妻に、夫である老人も「なら仕方ないやな」と、あっさりと双児を
引き取ることを諦めた。しかし、すぐに
「うちの子に出来ねぇのは寂しいが、俺らのこたぁ離れて暮らしてるジジババと思って、たまにゃ
会いに来てくれよ」
「ええそうね。忙しい時はいつでも預けに来てくれて構わないし、貴方達もこんなお爺ちゃんお婆ちゃんで
良ければ、頼ってくれて良いのよ」
そう言って双児の頭をがしがし撫でながら豪快に笑う老人と、その横でニコニコと微笑む老女の言葉の意味が、
沢の男達には一瞬理解出来なかったが、
「えっと、じゃあ、ひとみとあかりは、うちの子でじいちゃん達の孫になる。ってこと?」
「確かに、成重さんとこの佳苗も、2人のこと『妹じゃないの?』って訊いてきたな」
「佳苗は三重のことも『母さま』って呼ぶからよく解ってないんだろうけど、子守りに来てくれた姉ちゃん達にも、
『ここの子にしちゃったら、何かマズイの』」って訊かれたよな」
「ああ、うん。あと、他のチビ達もしょっちゅう姉ちゃんらに連れられてうちに来てるから、たまにどの子が誰の子
だったかごっちゃになるしなぁ」
「てかさ、つまりは結婚した奴らの嫁さんが姉ちゃんてことになるみたいに、じいちゃん達を俺らの親代わりだって
思っても良い。ってことか?」
等々─主に若手を中心に─、口々に納得し始めた。
「おう。お前らが嫌じゃ無かったらな」
「そんな。嫌なんて事ないよ……じゃなくて、無いです」
「うん。すげぇ嬉しい」
無邪気に老夫婦の申し出を喜んだのは、実の親のことも生まれ育った村のこともろくに憶えていない面々だったが、
記憶のある面々も、悪い気はしなかった。
そんな経緯を、後から聞いた羅貫は
「うちのじいちゃんみたいな人が、そっちにも居たんだ」
と、嬉しそうな顔をし、珍しく千艸も
「好い人達に巡りあえて良かったな。お前達の想い次第で、その人達はお前達の本当の家族になれるよ」
と、懐かしそうに─そして少し切なげに─笑った。
更に、後から聞いた話に依れば、老夫婦はアノ災害の時に長男夫婦とまだ幼い孫を亡くし、村の若い衆で結成された
自警団に入っていた次男も、他の村人の救援に向かったまま戻らなかったのだという。そのため、沢の男達や双子を、
亡くした息子達や孫に重ねた節が無いとは言わないが、
「あの子達の分も貴方達が幸せに生きてくれたら嬉しいけれど、あの子達の代わりはどこにも居ないし、貴方達は
貴方達だわ」
「おうよ。何があっても、後ろは振り返らねぇで、諦めずにしぶとく生きる。ってのが倅達との約束でな。それに、
俺らにとっちゃ村の全員が家族みてぇなもんだから、お前ら足しても増えるだけのこったし、ガキの頃に果てに
飛ばされたおめぇらがこうして生き残ってたってんなら、うちの下の倅も、その内どっかからひょっこり帰って
くるかもしんねぇだろ」
きっぱりと言い切った老夫婦に、
「この世界にも、こんな人達が居るなら、きっと大丈夫だ」
と、未だ世界を少し褪めた目で見ている宮ですら、強く感じた。
そして、いきなり総てを変えることなど到底無理なのだから、小さな所から一歩ずつ変えていき、結果的に世界が
終わらなければ良いんだ。斬り捨てて手放す奴が居たって、別な誰が拾って大切にすれば良い。そんな風に改めて
思い直し、まずは手始めに自分達もコイツらも幸せになってみせることが、棄てた連中への最大の仕返しだよな。
連れ帰った双児の寝顔を見ながら、意地の悪い笑顔でそう呟いた宮に、
「やっぱお前、性格曲がってるよな」
と返した主匪も、その見解に賛成ではあった。
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