孫兵に、大学の学祭を覗きに来ないかと誘われた時。一番悩んだのは、「何を着ていくか」だった。
本人では無く弟妹情報だが、大学での孫兵は、虫馬鹿なのは知れ渡っているが、観賞用としてそこそこ人気が
あるらしい。そして彼女―俺―の事は、訊かれたら答える程度なので、知っている奴は「どんな女なのか」と
品定めをして来るだろうし、知らない奴は「一緒にいるアレは誰だ」と思うだろう。だから、普段は飾り気も
化粧っ気もない地味な格好ばかりだけど、仮にも「彼女」として学祭に顔を出すからには、気合いを入れては
いるが、入れ過ぎでない格好をしなくては。と思う位の意地やプライドは、一応ある。
しかしかといって、妹達や従妹達や叔母さんに服を借りて着飾るのも、柄ではない。となると……
そうやって考えて出した結論は、
「母さん。今度の週末に着物で出掛けようと思うから、一式選んで貸してもらえると助かるんだけど」
うちは、一部屋丸々母さんの衣装部屋と化していて、母さんの職業柄―お茶とお花と着付けの師匠―和服が
一番多く、中には母さんの物だけじゃなくて、伊作叔母さんや亡くなった祖母さまの形見なんかもあるから、
そんなに格が高くなくて俺に似合うのもいくつかある。そんなわけで、母さんに見立てを頼んでみたら、
「それは構わないが、もっと早くに言えば、お前に最も似合うものを、一揃い誂えてやったのに」
まず、不満そうにそう返された。……こういう時に、妹達と違って滅多に頼みごとや物をねだったりしない
弊害が出るんだよな。あまりに稀すぎて、母さんも妹達も―時には叔母さん達や伯父さんなんかも―、妙に
気合いをいれてその頼みごとを聞いてくれようとするから、気が引けてより一層頼み難くなるんだ。
だから、新調の話は丁重に断り、派手ではないけど高価そうな色無地や訪問着を勧めるのも止めてもらい、
どうにか「おしゃれ着」に分類される中から選んでもらったが、最終的にやっぱり結構高価い、祖母さまの
形見らしい西陣お召でお互い妥協した。
そして当日。母さんや妹達から話を聞いたというタカ丸さんが、髪と化粧までいじってくれたけど、普段の
俺らしさが残る感じに仕上げてくれたのは、流石だと思う。
そんな格好で、待ち合わせ場所の駅前に現れた俺に、孫兵はこちらが意図した通りに
「藤色の着物に、髪型も何だか藤の花の様だな。あと、ブローチにはそういう使い方もあるんだな」
そう、気付いてくれた。
「ああ。母さんとタカ丸さんが、妙に張り切ってくれたから。……しかも、本当は季節外れになるんだけど、
そこまで気付く奴は殆ど居ないだろうからって、薄紫に青で、『藤襲』らしい」
半襟と帯上げに青を選び、右上にまとめた髪―サイドテール?―にも、薄紫と青の紐が編み込んである。その
色の組み合わせが「藤」なんだそうだが、藤は春なのであからさまに使いたくなかった結果、こういう形に
してみたんだと言っていた。
あとは、おそらく気付いていないし知らないだろうけど、帯は一重太鼓のアレンジの『玉虫』という結び方で、
分からないのを前提にしながら「虫」絡みのそれを選んだり、帯留め代わりに以前もらったブローチを使う
ことにしたのも俺自身で、それに合わせて全体を選んでもらったといっても、実は過言じゃ無かったりする。
とまぁ、そこまでは分からなくても一向に構わないので、服装の話は程々にしておき、学内や出し物などの
説明をしてもらいながら歩いていたら、
「そこの着物のお姉さん。茶道体験参加していきませんかー?」
と声を掛けられた。
特に目当ての場所や催し物は無く、時間もあったのでその誘いに乗って茶室に向かった所
「……斜堂さん?」
この大学の茶道部の指導をしているらしき人が、母さんの兄弟子に当たる斜堂影麿さんだった。
「おや、お久しぶりですね。お母様はお元気ですか」
「はい。相変わらず好き勝手にやっています」
お互い顔を覚えている位の付き合いではあるけれど、会うのは数年ぶりで、母さんともあまり会っていない
ようだけれど、その一言ですんなり納得出来る位、母さんは変わっていない。
「そうですか」
「斜堂先生、この人とお知り合いなんですか?」
「ええ。私の妹弟子のお嬢さんです。……藤内さんは、お茶は」
母さんが、お茶の他にお花と着付けもやっていて、特にどれも俺達娘に継がせる気が無いのを、斜堂さんは
知っているようだった。
「母に一通り仕込まれはしましたが、年に何度かお茶会を手伝う程度ですので……」
「あの仙蔵さんが、お客様の前に出して大丈夫だと判断しているなら、充分でしょう」
一応「私に恥をかかせるな」ということで、俺達姉妹は全員、基本的なことは全て教えられていて、母さんの
求める最低レベルは結構高いし、特に俺は長女なので、手伝いに駆り出されたり、妹達に教えたりも多少して
いるので、「趣味の教室」レベルなら、おそらく教えることも出来ると思う。それが斜堂さんにも解ったのか、
他の体験者への説明の手伝いや実演を、正規の部員と一緒に任された。
しかも、一部の部員は和服だけど洋服の人も居る中で、手慣れた動作で動いていたり、着崩れた部員の
着物を直してやったりしていたら、
「随分慣れているようですが、普段からお着物で過ごすことが多いんですか」
と訊かれた。
「いえ。こういった場で母の手伝いをする時などには着たりもしますが、夏場にボランティアで浴衣の着付けの
お手伝いをしたり、成人式や卒業式などの時期に親戚の美容院で着付けのアルバイトをすることがある程度で、
普段は滅多に着ません」
高校生だったか、まだ中学生だったかもしれない頃の正月に、妹達に晴れ着を着せてやり、それを見せに行った
タカ丸さんに、
「藤ちゃん。お正月と成人式と卒業式の時期だけ、うちでバイトしない? 滝ちゃんも手伝ってくれてるけど、
全然手が足りないんだ」
と熱烈に誘われ、それ以降ずっと、タカ丸さんのお店で着付けが必要になると声が掛かるようになった。
そして、浴衣の着付けの方は、洋じいさんの保育所の上で祖母さまが始めたそうで、毎年恒例になっていて、
俺だけでなく母さんや叔母さん達も協力している。ちなみに妹達や従妹達は自分で着るのが精一杯で、人に
着せるのはまだ出来ない奴が殆どだけど、センスは悪くないので貸し出す浴衣選びに結構役に立っている。
お茶会のあと、学祭を見て回っている間も、やはり着物姿は目立つようで、結構注目を集めていた。
そのことについてどう思ったかや、目撃した知人に後日何と言われて、何と返したのか。諸々、本人に訊く
よりも、三治郎→兵太夫経由で聞いた方が面白いかもな。
藤姫様の隠れスキルが書きたくて書いてみました。
アノ仙蔵様の娘なんだから、これ位は軽いのですよ
2010.11.1
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