滝夜叉丸は、幼児期から賢く器用で家の手伝いもするし可愛い、とても出来た「理想の娘」で、特に
	10歳の時に兄と妹が増えると同時に母親が出て行き、父親もあまり家に寄り付かなくなった頃からは、
	より一層その傾向が強まった。そして、健気で頑張っていたことも、天然で世間知らずな帰国子女の
	兄タカ丸や、表情が読めず余人には懐かない妹喜八郎だけでなく、母親に何かと張り合わされて来た
	名残で距離の取り方が掴めない弟三木ヱ門のことも心底大切に思っているのも事実だが、

	「私は、こんなに頑張っていて、こんなに出来が良いのだから、もっと評価され褒められたって良い筈だ」

	と思っている節があり、幼い頃の自分が親に構ってもらえなかった反動で家族を優先し過ぎた所為で、
	年を追うごとに周囲からは「高飛車で面倒臭い奴」と言われることが多い性格に育った。

	それ故、中学生の時に「頭が良くて器用で美人で家事まで出来る」という滝夜叉丸の属性だけを見て、
	ステータスとして告白して来た校内で一番人気の先輩と「断る理由は別に無いから」と付き合い始め、
	しかし家族や家事を最優先した所為で別れを切り出されても気にせず振舞い、また似たような先輩や
	同級生に告白され付き合い、別れ……を繰り返している内に、主に元彼のファンの女子達から相当の
	反発を受け、「お高くとまっている」と陰口を叩かれるようになったが、それも放置し続けた結果。
	高校に進学した頃には、だいぶ扱い難い存在であると認識されるようになっていた。


	それでも「家族を大切にして何が悪い」「私が出来る人間なのは事実だろう」と我が道を突っ走り続け、
	しかも「家から一番近い」という理由だけで進学した高校は、彼女の学力的には少し下のレベルだった
	こともあり、定期テストでは常に上位なのは当たり前だ。という態度を取っていたことにより、またも
	敵を作り始めていた頃。
	本当は、なるべく活動が少なくて家事や勉強に時間を取れる委員会を選びたかったのに、クジで負けて
	体育委員になってしまった。しかも妙に文化祭や体育際に熱の入った高校だった所為で、放課後だけで
	なく昼休みまで頻繁に召集が掛かり、昼食を食べながらの打ち合わせもざらだった。
	しかし、やるからには最善を尽くすのが滝夜叉丸の美学だった為、素早く食べられて手も汚れにくく、
	かつ栄養バランスの整ったお弁当作りに凝ってみたり、本人的には悪気なく―むしろ良かれと思い―、
	お祭り騒ぎは好きだが実現性の低い他の委員達の案を批判したり、当時の書記の作った資料に「読み難い」
	「要点が解り辛い」などとケチをつけていた所、委員会中から総スカンを食らいかけた。
	それを取りなしたのが、

	「よし! じゃあ、書記は斉藤に交代で、斉藤はみんなが挙げた案をまとめて、無理そうならどこが
	 無理そうで、どうすれば良いかの案出す。ってことで!」

	という委員長の鶴の一声で、その体育委員長こそ、滝夜叉丸とよく似たタイプの姉を持つ小平太だった。
	そんな訳で体育委員の書記に命じられた滝夜叉丸は、与えられた仕事を完璧にこなすだけで無く、他の
	委員会との打ち合わせや買い出しの予定を綺麗さっぱり忘れ、友達と遊んでいたり部活に行ってしまった
	小平太を呼びに来たり、提出書類の期日が近いからと首に縄を掛けに来たりしている内に、教室や部室に
	顔を出すと
	「おーい、中在家。嫁が迎えに来たぞー」
	などとからかわれるようになった。


	初めの内、滝夜叉丸はその冗談が嫌だった。けれど、小平太に仕事の出来を手放しに褒められたり、手製の
	機能的なお弁当に感心されている内に、何となく悪い気はしないような気がしてきた。
	そんなある日、昼休みだけでなく何故か放課後もドカ弁を食べていた小平太が、弁当では無く購買のパンを
	食べていることが増えたので、何の気なしに理由を訊ねてみると
	「最近下の姉ちゃん調子悪いらしくて、あんま弁当作ってくんないんだ」
	との返事が返って来た。

	「お姉さんが、先輩のお弁当を作っていらっしゃるんですか?」
	「うん。うち母ちゃん居ないから」

	後になって解ったが、この当時小平太の下の姉こと伊作は、つわり真っ只中で、食い盛りな男子高校生の
	小平太が満足しそうな―味が濃くて脂っこい―料理を作るのがきつかったらしい。

	「そうなのですか。私の家も、母は不在で私が家事をしています」
	「ふぅん。俺んとこは、兄ちゃんと姉ちゃん2人と俺の4人兄妹だけど、滝んとこは兄妹居んの?」
	「私も4人兄妹で、兄と弟と妹が1人ずつ居ます」
	「あー、そういや前に、『妹のお迎えがありますので』とか言って放課後の委員会早退してたな。てことは
	 妹ちっちゃいんだ」
	「ええ。1人だけ年が離れていて、まだ保育居園児なんです」

	そんな共通点から話が拡がって行き、ふと思い付き

	「よろしければ、先輩のお弁当もお作りしましょうか?
	「え。助けかるけど、良いのか?」
	「ええ。体育祭までは、こうしてお昼は委員会でご一緒することが多いでしょうし、4人分も5人分も
	 さほど変わりませんから」

	滝夜叉丸の提案に、小平太が予想以上に驚いた理由は、彼の分も弁当を作るようになってすぐ、「量が
	半端ではないから」だと解ったが、結果的に小平太が高校を卒業するまでの約2年間、滝夜叉丸の分の
	2倍の量の弁当を昼に食べ、放課後は購買のパン。という形に落ち着いた。

	そのことがきっかけで、少し関係が深まり、周囲のからかいも別に嫌ではないが、それでも先輩後輩もしくは
	兄妹に近い関係でしか無い。そう思っていたある日。いつも通り弁当を届けに小平太の教室を訪れた際、彼が
	1人の女子生徒と親しげに話しているのを目にした。
	その女子は、小平太を名前呼びしており、それだけなら小平太の性格上、性別を超えて気軽に名前呼びを
	している女子も他に居るが、そういったさばけたタイプの女子とは違うように見えたのが、妙に気になった。
	しかも、小平太の方もその女子を特別扱いしているように見えなくも無かったことに、何故かショックを
	覚えた滝夜叉丸は、「次の授業の準備があるから」と他のクラスメイトに弁当と言付けを預け、小平太には
	声を掛けずに教室を後にした。
	
	放課後。案の定、昼休みに声を掛けて行かなかった理由を小平太に訊ねられた滝夜叉丸が、平静を装いつつ
	「何やらクラスメイトの方とお話をされていて、楽しそうでしたのでお邪魔かと思いまして」
	と答えると、小平太は少し考えてから「不破ちゃんのこと?」と返した。

	「ええ。おそらくその方だと思います。……随分と、親しげでいらっしゃいましたね」

	何故か少し痛む胸を押さえながら滝夜叉丸がそう返すと、小平太はそんな後輩の葛藤には気付かず、

	「うん。父ちゃんの元教え子で、改めて高校受け直す時に、父ちゃんや兄ちゃんに勉強教わりにうちに
	 入り浸ってたから、もう一人の姉ちゃんみたいなもんなんだよな」

	との、気になる点の多い答えが返ってきた。けれど、この日は期日が近い委員会の仕事が多かった為、雑談は
	ここまでにして、作業に集中することになり、詳しい話は聞けなかったので、翌日試しにクラスメイトに
	「1年上の不破先輩について何か知らないか」
	と訊ねてみると、中学が同じだったという数人から

	「あ、あたし知ってる。中3の時に妊娠して、卒業式の時臨月だった先輩だよね」
	「そうそう。しかも、相手は同い年の従兄か何かで、オマケに妊娠判る前に事故で亡くなってるらしいよ」
	「あと、確か担任の先生が、中在家先輩のお父さんなんだよね」
	「で、受験の頃に妊娠してるのがバレて揉めたんで、結局高校受けなかったらしいけど、1浪で進学してた
	 のはびっくりだよね〜」

	等の情報が得られた。
	その先輩―不破雷蔵―が、まさか将来義理の母になるとは、この時は思いもしなかったが、とりあえず
	これらの証言を聞いて妙に安堵したことにより、滝夜叉丸は自分が小平太を好きなのかもしれないことに
	気付き、程なくして初めて自分から告白して付き合い始めた所。とにかく滝夜叉丸のことを手放しに褒めて
	くれることを始め、思いの外相性が良く、振り回され流される形で、結局高校生の内に妊娠・結婚まで至る
	ことになった訳だが、その頃には
	「先輩なら、別に良いか」
	と思える程に、滝夜叉丸にとって小平太と共に居ることは自然で気楽なことになっていた。それが、昼行燈に
	見せかけて意外と過激な兄タカ丸や、隠れシスコンな弟三木ヱ門、滝夜叉丸至上主義な幼児の妹喜八郎にも、
	付き合っている当時から感じ取れていたのが、案外あっさり交際も結婚も認められた理由なのかもしれない。



4周年リク「家族モノでこへ滝の馴初めを!」とのことでしたので考えてみた所、 案外ベタな王道(?)が似合ったので、こんな感じになりましたがいかがでしょう? 2012.6.24