今から12年前のこと。
「みよー。みよみよみよー」
「何だ重、うるさい」
園の庭先で遊んでいた、当時園内最年少だった重(3)が、何かを抱えて、ドタドタと室内で本を読んでいた
舳丸(11)の元へ走ってきた。
「ひろったー」
「今日は何を」
何故か舳丸に懐いている重が、本人的に「お宝」を見付ける度に見せに来るのはいつものことなので、読んで
いた本から目も上げずに、とりあえず訊いてやると
「あかちゃん」
との応えが返って来た。しかし、犬猫の赤ん坊の可能性もあると考えながら舳丸が目を向けると、重は自慢気に
タオルにくるまれた人間の赤ん坊を掲げていた。しかもまだ首が据わって居ない所か、生後数日しか経って
いない新生児のように舳丸の目には見えた。
「……。どこで拾った」
「もんのまえ」
ひとまず重の手から取り上げて抱き直しながら尋ねると、ある意味予想通りの答えが返って来た。
何しろここは「兵庫第三子供園」という名の孤児院で、舳丸自身数年前に園の前に置き去りにされた口なので、
可能性としてはそれが一番高いに決まっているのである。
「園長ー! 重が、捨て子らしき赤ん坊を拾ったそうなんですが」
とりあえず、舳丸に出来ることはその報告と、何か身元を示すような物が赤ん坊の傍に無かったか、重に訊きつつ
自分の目でも確認するまでで、後のことは園長である協栄丸を始めとする大人達に任せるしかなかった。
結局。その後の調べで判明したのは、赤ん坊は一応産着を着せられ、厚手のタオルを毛布代わりにして大きめの
トートバックに入れられ園の前に置き去りにされていたことと、近隣の産婦人科や助産院に、該当しそうな母子は
居ないこと。身元を示しそうなものは
「ごめんなさい あとい です」
と、拙い字で書かれたメモのみ。それだけだったが、隣町でビルから飛び降り自殺をした外国人らしき少女が
居り、その遺体を司法解剖した結果、妊娠・出産の痕跡があったため、母親の可能性があるとの見解もあった。
けれど当時小学生以下だった子供達にはそのことを教えず、「網問」の字を与えられた赤ん坊は、園の新しい
仲間になった。
何も知らずに、ただ
「弟が出来た!」
と無邪気に喜んだのは、物心付く前に親を事故で亡くし園に来たため、その状況に違和感を持っていない重だけ
だったが、親の記憶が幽かに残る他の幼児達―東南風(6)と航(5)―や舳丸も、それなりにお兄ちゃんぶって接し、
実質的に育てたのは、何故か中学生だった鬼蜘蛛丸と義丸―ただし義丸は、反面教師的なことばかり仕込んでは
鬼蜘蛛丸に怒られていた―という風に、末っ子として可愛がられて育った。
そして小学生となった今は、何も知らない人から「施設育ちで可哀想」などと言われる度に
「何が? かっこよかったり面白い兄ちゃんがいっぱい居て、父ちゃん代わりもいっぱいで毎日楽しいのに、俺の
どこが可哀想なの?」
などと心底不思議そうに、ケロリと返すような強い子に育った。そして他の兄代わり達も、
「誰が『格好良い兄ちゃん』で誰が『面白い兄ちゃん』か」
を本気で検討してみるのが一番の争点な位、自分達の境遇を不幸だと思っていない節があるが、数年前までは
網問以外は、強面の職員の蜉蝣や疾風の顔を見ては驚いて泣いていたりもしていため、近隣住民に虐待疑惑を
掛けられていて大変だったよな。とは、職員達本人および舳丸以上の年齢の元園児達の証言である。
バイトの休憩中に、何となく書いてみたもので、書きたかったのは、冒頭の無邪気な重坊(というか、前から考えて
いたのはそこだけ)です。
途中若干暗くなったのですが、正直ここの連中の設定は全員痛いので……
私的覚書きメモによると、この当時
舳:11 重:3 網:0 鬼&義:13 協栄丸:24
東南風:6 航:5 由良:17 蜉蝣・疾風:19
(間切は10歳で園に来たことなっているので不在)
てことになってて、まだ辛うじて10代の頃の現オッサン組は、元園児ではなく近所在住だっただけな気がします
2010.5.16
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