潮江文次郎と、その妻伊作の出会いは、3歳の時に保育所でだった。それから同じ小学校に進み、中学は分かれ、
	高校は再び同じだった。その、どの辺りで恋をしたのか、文次郎自身よく覚えていないが、姉の照代及び伊作の
	兄姉曰く
	「保育所時代から『好きな子ほどいじめたい』って感じが丸解りだった」
	らしい。

	キチンと付き合いだしたのは、高校時代。周囲に冷やかされたり、「付き合ってないの?」と散々訊かれた結果
	「じゃあ、いっそ本当に付き合っちゃおっか」
	と言い出したのは、伊作の方からだった。

	そんなきっかけで、しかも文次郎は硬派ぶったヘタレで、おまけにシスコンな伊作の兄姉の目が光っていた為、
	付き合い始めてしばらく経っても、いわゆる「清いお付き合い」レベルからは、中々脱せずにいた。それでも、
	高校を卒業し、文次郎が就職と同時に1人暮らしを始めたことを機に、どうにか関係を進めることは叶った。

	そして、文次郎的には伊作が短大を卒業し、社会に出て数年経ったらプロポーズする位の心構えをしており、
	伊作の方も一応そうなる可能性を視野に入れていた。しかし、伊作は小学生の頃からずっと保健委員を務めて
	いたので、かなり詳しく正しい知識も持っており、文次郎も根が真面目な部類に入る為、ピルの服用した上に
	避妊具まで使う。という念の入れ方だったので、「授かり婚」という選択肢は、存在しない筈だった。
	それなのに、忙しくて前日と2日前の2日続けて飲み忘れた日に、避妊具が破れる。という、妊娠の可能性は
	低いが無くもない状況に陥った。そしてその後伊作は、「まさか」と思いつつも「でも、生理不順な所はあるし」
	と自分を納得させていた。
	


	そんなある日。文次郎の職場を、伊作の姉仙蔵(臨月間近)が訪れ、文次郎の顔を見るなり、力の限りぶん殴った。
	どこからどう見ても妊婦な美女が乗り込んできて、いきなり殴りかかったのだから、驚かない者の方が珍しく、
	文次郎自身も、仙蔵の性格は嫌という程よく知っているが、理由も状況も解らずにいると

	「伊作が、短大で倒れ、病院に搬送された」

	地を這うような低い声で、そう告げられた。

	「……。それで、何で俺が殴られなきゃなんねぇんだよ!」
	「倒れたこと自体は、単なる貧血が原因のようだったが、念の為病院で検査をした所、妊娠が発覚した。しかも、
	 既に26週に入る所だそうだぞ」
	
	仙蔵の言葉に、伊作に何か病気が見つかったのかと心配にはなったが、自分がいきなり殴られる理由にはならない。
	と文次郎がひとまず食ってかかると、胸倉を掴まれ、根拠を説明された。

	「………」
	「お前のような馬鹿でも解るように、この私が詳しく解説してやるとだな、26週というのは、一般的な表現を
	 すれば7か月の半ばだ。そして堕胎が可能なのは22週未満までなので、既に『産む』以外の選択肢は残されて
	 いないが、伊作は未だ学生で、お前も薄給のヒラ会社員にすぎぬだろう。どうする気だ!」

	一瞬で頭の中が真っ白になり、どんな反応をすれば良いか解らなくなった文次郎の胸倉を掴んだまま、仙蔵は
	まくしたてまくった。それに対し「お前も実家暮らしのシングルマザー予定だろ」とは思ったが、言える状況
	では無かった為、

	「……終業後、直接話しに行くんで、病院の場所と名前教えろ」

	とだけ返すと、気が済んだ訳ではないだろうが、仙蔵はひとまず周囲に「お騒がせしました」と頭を下げて帰っていった。

	嵐が去った後。当然の如く何事かと周り中に訊かれたのに対し、文次郎は
	「……俺の彼女の姉貴です」
	とだけひとまず答え、その後の顛末も概ね訊き出された為、この当時から在籍している社員は、潮江家の事情を
	ある程度知っていたりする。


	閑話休題。仙蔵の剣幕と、告げられた内容についてを考えながらも、どうにかその日の仕事を終え、教えられた
	病院を訪れた文次郎は、まずは仙蔵が会社を訪れ話を聞いたことだけを、伊作に告げた。

	「――で、アイツが言った事は本当なのか?」
	「……うん」
	「そうか。そんじゃ、仕方無いから結婚でもするか」

	倒れたことだけが原因では無いような、青い顔で若干不安そうに俯いている伊作への文次郎の答えは、色々と
	考えた結果、照れ隠しにぶっきらぼうになる。という、彼らしいが伊作的にはかなり最低のものだったからか

	「ぜっったいに嫌! そんな嫌々責任とってもらう位なら、1人で産んで育てるもん」

	みぞおちに1発入れ、膝をついた文次郎を見下ろしながらそう宣言し、病室からも叩き出した。
	そして、別に病気ではないので1晩様子見に入院しただけで実家に戻って以降は、仙蔵を筆頭とした家族に文次郎が
	訊ねて来ても通さないように頼み、電話にすら出なかったが、文次郎がメールや伝言メモを残し続けた結果。仙蔵が
	長女藤内を産んだ頃に、ようやく話し合いに応じるようにはなったが、どうにかひとまず決着がついて籍を入れた
	のは、それから2ヵ月近く経った、伊作本人の出産間際のことだった。




コレと仙様の事情が書きたくて始めたのに、一番最後って…… しかも大揉めに揉めた挙句の決着部書いてないし けどまぁ、一番書きたかった仙様の殴り込みシーンは書いたからいいか(笑) 2010.9.10