天処國の人々が、「神様」に頼らず、自分達の手で自分達の世界を守ると心に誓い、太陽と緑に
囲まれた世界が当たり前の風景になって数年経った、ある日のこと。
妹の三重が1年程前にようやく正式に閧志に嫁ぎ(そこに到るまで、母と兄のW姑が、やんわり
じんわりかなり手強く、そしてもちろん未だに結構怖い)、刀蛇の虹と2人(?)で暮らしている
成重の元を、最早半分ここに住んでんじゃねぇのレベルで入り浸っている灯二が訪れると、
窓辺で本を読んでいる成重の膝の上で、見知らぬ幼女が眠っていた。
その子供が生後間もないような赤児ならば、「あれ? 三重いつの間に子供産んだんだ?」位の
反応だっただろうが、推定2〜3歳程度に見えるということは、三重達の子ではあり得ないし、
他の身内にも所帯を持った者は居るが、その誰にもここまで大きな子供はまだ居ない筈で、
隠し子ってのも無さそうだよなぁ。と灯二が首を傾げながら子供の素性を尋ねようとすると、
来訪と子供を気にしていることに気付いた成重が、
「いらっしゃい、灯二。しばらく静かにしていて下さいね。ようやく今寝た所なんです」
と、唇に指を当て、普段より少し小さな声で告げた。
「あ、うん。解った。……その子供は?」
「『佳苗』といって、話すと長くなるんですが、私の姪のような存在に当たります」
「ふぅん」
「姪」っていうのは、確かきょうだいの娘のことだよな。けど、成重のきょうだいって、三重だけじゃ
……って、そうか。金隷も、一応兄貴に当たるんだっけか。え。じゃあ、まさかアノ子供、金隷の??
土産の果実をかじりながらそこまで考えた灯二が、辿り着いた(限りなくあり得ない)答えを口にすると、
成重の首元で虹が
『なっ? やっぱり灯二のやつ、そっち行っただろ。オレ正解!』
と勝ち誇ったような声を上げた。
その声に弾かれるように、成重の膝の上の幼女がパチリと目を覚まし、虹にも声を抑えるよう言った筈なのに。
とため息を吐く成重の顔を見上げ「かぁしゃま?」と呟いた。
「まぁ、良くも悪くも灯二の思考回路は簡潔だから。……佳苗。このお兄さんは、『灯二』さんと言います。
怖い人ではありません。私はこの人とお話があるので、しばらく向こうで虹と遊んでいて下さい。
頼みましたよ、虹」
虹と佳苗にそう告げ、事態がまるで飲み込めていない灯二の向かいに座り直した成重は、どこから話したものか
少し考え
「今日の午前中は、金弦さまの所に用があったのは知っていますよね?」
と問い掛けた。
「ああ。何か、村ごとの住民の台帳を作る手伝いとか言ってたよな」
「ええ。それで、実はその台帳の元となる全戸調査の際に、金弦の血を引く人物が見つかった。と聞かされまして……」
かつての宮処にあった住民台帳は、アノ地割れと竜巻でほとんどが失われ、また元宮処の近くの空き屋敷に
移り住んだ者も、親族の伝手を辿って遠方の村に受け入れられた者も居るし、歌支のトリ達や割れた大地を
繋ぐ橋の行き来で村同士の交流も格段に増え、更にかつては台帳に記載されることの無かった数字の子達も
これからは他の者と変わらぬ扱いとなった為、金弦一族主導で新たな住民台帳を作成しよう。との提案が
なされたのは随分と前のことで、数年掛けてだいぶ完成に近付いていたのだが、かつての宮処からだいぶ
離れた村の住民の記録の中に、微かに覚えのある名を見つけたのだという。
それは、まだ金隷が幼い頃に若くして亡くなった叔父の身の回りの世話をしていた女性のもので、その女性は
まだ主が病床ではあるが生きていた頃に暇をもらい故郷へ戻っていたが、その時に主の子を宿していたとの
噂があった。けれど、結局ただの噂に過ぎなかったとも、確かに妊娠してはいたが死産だったとも言われて
いたのだが、村に残っていた記録によれば、1人娘が居たことになっており、年の頃もちょうど合致した。
そこで秘密裏に詳しく調べた所、女性当人はまだ存命で、「今更何の咎も与えない」との約束で聞いた話に
よれば、その当時もそれからも金弦一族には金隷しか子供が居なかった為、女児と知れたら間違いなく金閂夫妻
辺りの養女として取り上げられるに違いない。と考え誤魔化したのだという。
「そこから更に調べた結果、当の娘さんは別の村に嫁いで子供も産んでいたけれど、元々身体が弱かったらしく
半年程前に亡くなっており、その旦那さんも再婚を考えていたそうなので、『それなら』と金弦一族で遺された
子供を引き取ることにしたのが、この佳苗なんだそうです」
つまり、厳密に言えば佳苗は、成重や金隷の従姉妹に当たる女性の娘なのだという。
「ですが、引き取りはしたものの、誰にも懐かずグズるばかりで、逆に可哀想に思えてきたので、どうしたものか
考えている。とのことでしたが、ひとまず一度会わせておこう。と紹介された途端、私のことを『かあさま』と
呼んで離れないもので、仕方なくしばらく預かることになったんです」
そして、連れ帰ってようやく寝かしつけた所に、灯二が来てまた目を覚ましてしまった。と聞かされた灯二は、
「えっと、それは悪かった……のか? けど、とりあえず頑張れ」
との間抜けな激励しか返せなかった。
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