一応「幽閉」だし、金隷の肌や髪の色だけでなく、皇子の金髪も結構目立つし、幻影通じて見ていた顔を
憶えている人も、まだ大勢居るよね。ということで、元妖芽の皇子と金隷は─居室からの散歩は好んで
しているが─、よっぽどのことが無い限り、地下から出ることはない。
しかし、歌支のトリを通じて会話をすることはしばしばあり、2〜3ヶ月に一度は、羅貫達の方から
訪ねたりもしている。
そのため、成重が金弦の血を引く佳苗を引き取ったことも伝わっており、『私も見てみたい』と皇子が
言い出したのは、ある意味自明の理かもしれなかった。
とはいえ、だいぶ肝が据わっているとはいえ2歳の幼女を、地下に連れていくのは流石にちょっと……。
ということで、久方ぶりに皇子達の方が、地上に出てくることとなった。
◇
《この子供が、金隷の隠し子か》
「「違います!」」
「あ。ハモった」
あれから何年も経っているとはいえ、自分と虹だけでは間が持たない。との成重の主張はもっともだし、
皇子が羅貫の料理も食べたがってるし、庭の植物(主に食用)もちょうど花盛りだから、ついでにうちで
花見してく? との灯二や秋市達の提案に乗り、警備隊の家で佳苗と対面した皇子の第一声に、同時に
それを否定し、被ったことでお互い気まずそうな顔をした成重と金隷を、「兄弟初同時ツッコミ」と
からかう奴は、流石にいなかった。
「……らか?」
「違いますよ、佳苗。ラカンくんとそっくりですが、この人は『皇子』です」
「おーじ? みゃーたんと、ようあきしゃん?」
『そうそう。宮と夜明みたいな、おんなじ顔してるけど、別の奴。やっぱ賢いな、佳苗は!』
皇子の顔をまじまじと見ながら呟いた佳苗の、佳苗なりの解釈に、周りの大人達も「確かに一時期
ラカンは『皇子の弟』って名乗ってたしなぁ」と感心した。
「……。成重。この子供は、2歳程度だと言っていたな」
「ええ。そう聞いていますが、それが何か」
しばらく、皇子が佳苗や羅貫や警備隊の若手などと戯れているのを眺めていた金隷が、ポツリと尋ねた。
「いや。一般的な2歳児とは、あの程度なのだな、と」
しみじみと呟く金隷に、周囲は「ああ。金隷って金弦一族最後の子だったから、周りに小さい子居たこと
ないもんな」と解釈したが、
「あ、そっか。俺もだけど、初めて金隷に会った時の皇子って、今の佳苗ちゃん位か」
と、羅貫が頷いた。
「俺は、年の割には物覚えも言葉も早くてしっかりしてたらしくて、『賢いお孫さんですね。って評判で、
じーちゃん鼻高々だったんだぞー』ってじいちゃん言ってたけど、それでも普通の幼児の範囲だった筈
だけど、皇子は違ったっぽいもんなぁ」
何しろ、星示御言の操り人形として、ばっちり意思を持って話し掛けて来たのだから、一般的な幼児とは
明らかに違うことは金隷にも解っていたらしい。しかし、どのくらい乖離していたのかは、比較対照が
居なかったので、全く見当もつかないというか、考えたことも無かったのだという。
「まぁ、私も普通の蛇は喋らないことを知らなかったわけですから、そんなものなのかもしれないですね」
「あとは、知識として知ってんのと、実際見聞きしたり体験すんのとは、えれぇ違うぜ」
そんな話を保護者達がしている間も、佳苗と皇子は割と楽しそうに他のメンツと戯れていたが、
「なぁ、今気付いたんだけどさ、羅貫も千艸も金隷も成重もあっち混ざってないけど、会話成立してないか?」
先程から、羅貫は千艸他数人に手伝ってもらいながら台所に立ち、成重と金隷は警備隊の年長組を交え情報
交換中で、白琵は不在で灯二も佳苗達と遊んでいるメンツとは別の数人と話していた。ということは、皇子の
声が聞こえる人は居ないんじゃ……。との灯二の指摘に、そういえばそうだとよくよく見てみると、話題は
どうも庭の植物についてのようで、花の名前や色、形、そこに成る実についてなどを警備隊のメンツや虹が
代わる代わる説明する合間に、皇子が何かを掲げると「ああ、それはな──」と相槌を打って説明が続いていた。
「もしかして、皇子筆談してんのか?」
「あー、そうだな。あの手元の板みてぇのに、『どれだ』とか『となりのは』とか書いてある」
距離と文字の大きさ的に、文面まで読めたのは主匪だけだったが、皇子は筆記具らしきものを手に、何か
書いては見せていることは間違いなさそうだった。
「けど、アレ何だ? 紙とか板きれじゃないよな」
「ああ。アレは、羅貫が小さい頃のオモチャ。この前、押し入れの片付けをしていた時に見付けて、試しに
皇子にあげたら気に入ったらしい」
「書いたものを消して、何度でも使える所がお気に召したそうだ」
疑問の声に答えたのは、「そろそろお昼ご飯が出来るから、みんなを呼んできて」と羅貫に言われてこちらに
来たらしき千艸で、金隷がそれに補足を加えた。
「そういや皇子、俺ら以外と話すんのには、通訳挟まないといけなくてめんどいっつってたもんなぁ」
「ええ。それに、簡単に書いては消せるのも、無駄が出なくて良いですね」
極まれに地上を訪れたり、警備隊の方が皇子達に確認や用があり地下を訪れる際、一旦金隷や成重達を
介さないとならないのがまどろっこしい。とは、皇子本人も周囲も常々思っていたので、羅貫の幼少期の
知育玩具は、予想以上に喜ばれ重宝したらしい。
食後。佳苗のお昼寝に付き合って皇子も昼寝をしている間に、先程は他に何の話をしていたのかと、成重が
虹に訊ねると、
『最初は、ここの奴らの名前聞いてたな。代わる代わる書いては説明してんのが、何か羅貫のノートに
書いてた時と同じで、楽しかったぜ』
「何それ。私も見たかったその光景」
感情が芽生え表情が格段に増えた皇子は、羅貫そっくりだがやはり別人な感じになっているので、懐かしい
けれど色々違うそのやりとりは見たかった。と声をあげた成重に、「何を?」と尋ねた周囲も、同じような
反応だったが、
「……そんなに、今の皇子って俺と似てる?」
「いや。私はそうは思わないが」
「俺も思わないけど、羅貫と同じ顔で羅貫と違うのは、見ていて楽しいかな」
それぞれに一番身近な2人が言うなら、やっぱり似ているけど似てないんだろうけど、そんなに見てみたいかなぁ。
あ、でもそうか。双児の面白画像を見るようなもんか。そんな風に結論付けた羅貫が、ふと
「俺と皇子が双児なら、どっちが上かな」
と呟くと、
「皇子の方が、わがままな兄ちゃん。て感じかなー」
「いや。やっぱりラカンの方がしっかりしてるから、ラカンが兄貴だろ」
「そういや、宮達ってどっちが兄貴?」
「皇子がみつば系の兄っぽい」
「皇子が甘えたな弟じゃないの?」
等々、色んな意見が返って来たが、
「自我が芽生えてからで考えると、皇子って今5歳くらい?」
と、はたと気付いてしまった史塋の呟きに、他の皆も
「そっか。5歳かぁ」
「それじゃ皇子が弟だな」
「確かに、たまにどっか幼児っぽいよなぁ」
と納得してしまった。
その結論に、金隷はだいぶ複雑そうな顔をしていたが、「5歳児だと認識した方が楽なこともあると
思わないでも無かった」と、後になって元仲間経由で聞いた時、成重は「アノ人も苦労しているんだな」
と苦笑した。
そんなやりとりは露知らず、昼寝後は庭の植物の水遣りや収穫を手伝ったり、修理や細工の作業を興味深げに
眺めたり、佳苗に妖芽の手を気に入られて嬉しそうだったりと、皇子は久々の金隷以外との交流を楽しんでいた。
そして、夕飯後。羅貫達は明日も休みなので、今日はこちらに泊まると聞いた皇子が、《私も泊まる》と
駄々をこね、「まぁ別に、布団も部屋も余ってっし」ということで、部屋割りはどうするか。と年長組が
相談をしている最中
「おーじ、おとまい?」
《ああ。佳苗もここで寝るのか?》
「うーとぉー。こーたん、かにゃもおとまいー?」
『何だ。佳苗もお泊まりしたいのか。じゃあ、成重達に言ってくんな』
という会話が、皇子・佳苗・虹とで交わされており、虹や佳苗を抱っこしていた恵司には、皇子の声が
聞こえていなかったが、近くに居た千艸が訳してくれた。
「そういえば、佳苗も一応金弦の血を引いてるんだもんなぁ」
「皇子の声が聞こえて、クロ達とも会話出来んのか。すごいな佳苗」
「え。クロ達とも、ホントに言葉通じてんの?」
『あー。大体解ってるっぽいな』
「マジにすげぇな佳苗」
そんな風に無邪気に感心する面々が、佳苗のそれら属性が火種になりかねないことに気付くのは、また別の話。
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