ある日、夜明の使いで届け物に来た白琵は、クロによじ登ろうとしている佳苗を見かけた。
それを、「クロに乗りたいんだな」と解釈した白琵は、佳苗を抱き上げてクロの背に座らせてやった。 
すると途端に佳苗は大泣きし始め、ちょっとオヤツを取りに行っていた秋市(今日の子守当番)以外にも、
その泣き声が聞こえた全員が何事かと様子を見に来たが、ひとまず転げ落ちないように支えようと
していた白琵には、原因がさっぱり解らなかった。

「白琵、佳苗に何したんだよ」
「何もしてないよ! ただ、クロに登ろうとしていたから、乗せてやっただけだ」

目を離したのはお前なのに、僕を責めるのかよ。と白琵が反論すると、その場に居たほぼ全員が、
理由が解った。という顔をした。

「佳苗は、自力でクロに登りたかったんだよ」
「え?」
「だから、誰かに乗せてもらうんじゃなくて、自力で登って乗りたくて、最近しょっちゅう挑戦してるんだ」

この所、預けられたり成重の用事のついでに連れて来られる度に、佳苗はクロに登ろうとしており、
クロ自身がくわえて乗せてやった時に泣いたのは、やっぱり流石にくわえられるのは恐かったのかな。
と思ったが、別の日に、成重が一緒に乗ってやったのはともかく、他の大人が乗せてやっても泣いた
ってことは、自分一人で登りたいんだな。と納得したばかりだったのだという。

『クロもその辺解ってるから、佳苗が登り始めたら動かないんだぞ。なっ、クロ』
【そうなの。落ちちゃったら危ないからじっとしてるけど、この頃コツをつかんだみたいなんだよ】
コツというか、ざくろ部分よりはクロのふさふさの毛を掴んだ方が登りやすいことに気付いたようで、
クロ自身は佳苗に毛を引っ張られる程度なら大して痛くないので、好きにさせているとのことだった。

「あと他にも、着替えとか食事とかも自分でやろうとしてたら、どんだけぐちゃぐちゃになってても
 手を出しちゃダメだからな」
「何で」
「そういう、何でも自分でやりたい時期なんだってさ」
「あとさ、頑張って出来たり褒めてもらえたら、嬉しいだろ?」

いわゆる「イヤイヤ期」とか「自我の芽生え」とかいうやつで、よっぽど危険が無い限り、好きに
させてやれば良い。と、育児経験のある母親達は言っており、育児書にも同じように書かれていたし、
「俺らだって、やれば出来るんだ」&「出来るようになったんだから褒めてほしい」という感覚は
みな覚えがあるので、こっそり手助けや修正をすることはあれど、基本的には佳苗の好きにさせて
いるのだと説明された白琵は、「そういうものなのか」と相槌は打ったが、自身はどちらかと言えば
やりたくなくて駄々をこねては、代わりに誰かがやってくれる。というのが常だったので、イマイチ
理解出来ていないようだった。そのことに気付き、

「まっ、甘やかされて育った僕ちゃんには解り辛ぇ感覚かもな」

と懐かしい表現でおちょくったのは、育った環境の違いで見事に性格や思考に差が出た双児の片割れの居る宮だった。

「つー訳で、佳苗に関しては、本人がねだったんでもなきゃ、『見守る』以外すんなよ」

そう釘は刺されたが、その後も「コレ放っておいていいのか!?」と白琵的には思うような光景が度々見かけられ、
その度に手を出しそうになっては止められるので、
「僕の感覚は、何か間違っていますか?」
と何度か夜明や円鷲達などに相談してみたが、大抵
「俺らとアイツらの感覚は違うからな」
で済まされてしまったが、最終的には養い親である成重の教育方針がそうなのなら、自分が口を出しても仕方ない。
という結論に達したという。





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