肉親から離され金弦一族に引き取られたばかりの頃の佳苗は、慣れない環境と見ず知らずの人間に囲まれて
終始グズっており、成重に預けられてからも、しばらくは成重べったりで他の者は警戒していた。
しかし、生来は人懐こい子だったようで、預けられてから10日余りもすぎた頃には、環境や成重以外の大人(+α)
にも慣れ、頻繁に面倒を見てくれる三重や他の女子のみならず、既に独立済で不在の数人を除く警備隊達の顔と
名前も早々に憶え、舌っ足らずにそれぞれの名前を呼ぶ様が可愛い。と評判で、警備隊の中では誰が特に懐かれて
いるかで、若手達が小競り合いを繰り広げる程にまで愛でられるようになった。更に、だいぶ物怖じせず好奇心も
旺盛な性質でもあるようで

「目を離した隙に、クロっていうかざくろに登ろうとしてた」
「ああ。岩っぽい部分に果敢に挑んでたよな」
「それと、クロにくるまって昼寝してたこともあったな」
「そういや、クロと最初に会った時から泣かなかったよなぁ」

「昨日さ、青と何かしゃべってたっぽいから、歌珞さん達とでも話してんのかな。って思ったら、青自身と会話してた」
「あ、オレ、如鷹が何か報告だか相談だかに来てるときに、ゆりとしゃべってるっぽいの見た」
「虹通訳して無かったけど、言葉通じてんのかな?」

「なぁ、虹から色々教わってんのは、止めなくていいのか?」
「うーん。けど、俺らもどこまでアリで何がナシかよくわかんないし……」

等々、人外のものとも早々に打ち解けていたようで、そのことに関して、何故か虹が
『さっすがオレの成重の娘』
とやけに自慢気で、成重本人からは
「一応血縁はありますけど、私の娘なわけでは……」
と突っ込みが入ったが、他の面々は
(大蛇に育てられて、刀蛇連れてて石狼や死なずの鳥を従えてるっぽい美人が育ての親だと、ああなるよな。
って感じだよなぁ) 
と─口には出さないが─、やけに納得していた。


そんなある日のこと。成重が遠方の村への技術指導に行くため警備隊に預けられた佳苗は、虹も居るし、
警備隊のお兄ちゃん達は成重や女子達とは違うパワフルな遊び方をしてくれるので、それなりにご機嫌
だった。しかし、昼食前に少し昼寝して目を醒ますと、お兄ちゃん達は全員昼食の支度の手伝いや他の
雑用をしており─本当は、秋市か深鳴辺りが1人位傍に居てやろうとしたが、「飯出来たら起こすから、
お前らも手伝え」と宮に呼ばれた─、虹も彼らとおしゃべりをしていたので独りになっていた。
そのことに気付き、にわかにグズりかけた佳苗に気付いたものの、直接あやしたことねぇんだよな。
宮んとこ連れてったら、「お前は子守りの1つも出来ねぇのかよ」とか言われそうだし……。等々
考えた主匪が、とりあえずオヤツを与えてご機嫌取りでもしとくか。と鈴の実を与えようとすると、

「飯前に余計なもん食わしてんじゃねぇよ」
「ってぇ。蹴んなよ宮!」

しゃがみこんでいる背中を、思い切り蹴飛ばされた。

「みゃーたん?」
「何でもねぇよ、佳苗。鈴の実は、後でな」

一応佳苗に見えない角度から主匪を足蹴にした宮は、何が起きたのか解っていない佳苗を抱き上げながら
主匪から鈴の実を取り上げた。
その一連の流れを見ていた数人が「懐かしい光景だな」「宮も時々お母さんだよなぁ」など囁きあっていると、
虹が

『こないだ、灯二も飯前に佳苗にオヤツやろうとして、成重に怒られてたぞ』

と口を挟んだ。しかも、灯二が与えようとしたのは火の目苺だったので、「服が染みになるでしょう!」と、
こっぴどく叱られたのだという。

「……ホント要らないとこばっか似てんだなぁ、アノ兄弟」
「けど、服の染みは宮はあんま気にしなそうだよな」
「確かに。『洗濯物増やすな』とは言いそうだけど、染み残っても気にしない気がするな」
「そこはまぁ、成重さんだしな」

その辺りは、育った環境の違いと元々の性格とも言えるが、「女の子のお母さん」と「男兄弟の母ちゃん」の
違いとも言う。


『成重も、佳苗の前では千艸相手でも俺を抜かないぞ』

昼食後。佳苗のついでに食後のデザートとしてもらった鈴の実をかじりながら、宮が佳苗の居る日はあんまり
どついたり怒ったりしないよな。と、先程の続きのような話をしていると、虹がまたも「お母さん」達の
共通点を挙げた。


ついでに、灯野兄弟のもう1つの共通点は……

「どうした、佳苗。主匪の頭に何かついてるのか?」

昼食後も、ちょっと遊んでもらってからまた昼寝をしていた佳苗は、目を醒ますと何やら主匪の頭ジーッと見ていた。
そして、覚束ない足取りでテトテト主匪の傍に行き手を伸ばしたので、抱っこして欲しいのかと主匪が抱き上げて
みると、腕の中をずり上がり、手をうんと伸ばして、後頭部をペシペシやり始めた。

「……もしかして、主匪の羽箒が気になってたのか?」
『佳苗はな、灯二の羽箒がお気に入りなんだ。だから主匪のにも触りたかったんだな』
「あー、それで最近灯二の頭ぐちゃぐちゃになってることが多いんだ」

虹の証言と、ご満悦な佳苗の様子から、クロをもふもふするのと同じ感じに灯野兄弟の羽箒が気に入ってるんだな。
と納得した面々は、その後しばらく、佳苗を抱き上げて主匪や灯二の背後に連れて行ってやったり、他の奴が
同じような髪型にしてみても気に入るか試してみたりするようになったのだった。






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