「おかえりー。立花先輩の呼び出し、内容は何だったんだ?」
最後の春休み明け直前。半月ほど前にめでたく卒業した、一級上の立花仙蔵に呼び出されて出掛けていた
友人達に、都合が合わずに同行できなかったが、用事を済ませ早めに学園に戻っていた尾浜勘右衛門が
問い掛けると、彼らは顔を見合わせ、少し困った顔をした。
「えーと、どう話せばいいんだろう?」
「そうだな。……面白いものを見せていただいたというか、」
「凄い方に会わせていただいたというか……」
口止めはされていないが、どうにも話しにくい内容だと、雷蔵・八左ヱ門・兵助が言葉を濁していると、
残る三郎がバッサリと
「夏休みの終わり頃にでも、今度は勘右衛門も連れて訪ねればいいだろう? その頃には、丁度生まれて
いる時期らしいし」
と言い切った。そして、夏休みに入るまでは何も教えられず、
「新学期が始まる十日前までに宿題終わらせて、ここに集合な」
と地図を渡され、落ち合ってようやく具体的な話と、訪問相手を聞かされた。
それでも特に文句を言うことも無ければ、かなりサクッとその話を信用した勘右衛門に、
「お前、それで良いのか? もうちょっと疑うとかしたらどうだ」
と呆れたのは三郎だけで、それに対し勘右衛門は
「だって、鉢屋がそんな無駄な嘘吐くとは思えないし、兵助達までグルってことは有り得ないから」
平然とそう答え、残る3人は「その通りだ」と頷いていた。
そんなこんなで潮江家を訪れ、予め来訪の旨を伝える文は送ってあったのでにこやかに迎えてくれた
伊作は、見た感じ産み月のような腹の膨らみは無いので、もう産まれているのかと思い訊くと、
「計算上は、もう産まれていてもおかしくないんだけど、まだなんだ」
という答えが返ってきた。
「そうですか。ところで、潮江先輩は?」
「仕事。『二月で戻る』って言ってたけど、そろそろ二月半になるから、長引いたか何か失敗したのかも」
家に上げてもらい、供された茶を飲みながら尋ねると、伊作からは溜め息交じりの答えが返ってきた。それに
対し、「産み月を控えた嫁さんの居る旦那の行動としてはどうだろう」と感じたのは八左ヱ門。「まぁ、アノ
先輩なら、生きてはいるだろうな」そう思ったのは兵助。「伊作先輩が思いの他平気そうなのは、潮江先輩の
ことを信じてるからかな」「自分達のことなのに、他人事みたいな言い方だな。本当に大丈夫かよ」などと
真逆のことを考えたのは、前者が雷蔵で後者が三郎だった。
そんな中
「……お父さんが帰って来るの待ってるんだ。良い子だね。けど、あんまり長くお胎に居るとお母さんが
疲れちゃうから、頃合いを見て産まれておいで」
と、勘右衛門は伊作の胎の児に語りかけた。
その言動に驚いたのは、当の勘右衛門を除く、周囲に居た全員だったが、勘右衛門は
「アレ? 俺、何か変なこと言った??」
などとキョトンとした顔をしていた。
「う〜ん。だいぶ変わっているけど、そういう解釈、僕は結構好きかも」
「ああ。俺も良いと思う」
「俺も勘に賛成。母ちゃん困らせない位で産まれてこいよ〜」
次々に勘右衛門に賛同する他の友人達に、三郎は
「こういう所が、敵わないんだよな」
などとこっそり思い、伊作は目を丸くしながら、胎の児にそっと心の中で「そうなの?」と問い掛け、
結局文次郎が戻る前に産まれてからも、その意図を酌むかのように、
「僕以外で最初に抱くのは、父親にしてあげたい」
といって、頑なに他の見舞い客などに抱かせてはくれなかった。それが、どうにか、無理やりにでも夫と娘に
愛着を持とうとしての行動だったことに、気付いた者はおそらくほとんど居ない。けれど後に、
「伊織が、潮江を待って中々産まれて来なかったんじゃ無く、いさが産むまいとして無理をしたんじゃないか」
との解釈を述べたのは、産まれた子を見に来た筈がまだ生まれておらず、立ち会う羽目にまでなった留三郎で、
伊織が産まれたのは、予定日の約十日後。見舞いに訪れた後輩達が、産まれるまで待つのを諦め学園に帰り
着いた翌日のことだった。
カノウは、勘ちゃんに夢を見ていますが何か?
『山吹草』の続き的なもので、本編十話辺りの補完ついでに、勘ちゃんも混ぜようと思って書いてみた代物です。
ああ楽しかった。
赤詰草:赤紫のクローバー。花言葉は『善良で陽気』
ついでに白詰草(クローバー)の花言葉は『幸福』とか『幸運』です
2009.12.30
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