今を遡ること9年前。小学校に入学する直前の八左ヱ門は、まだ1人っ子で、母親も健在だった。


		ある日、八左ヱ門が母親と一緒に買い物から帰って来た時。マンションのエントランスで、まだ
		生後間もない位の赤ん坊を抱いた綺麗な母親と、八左ヱ門と同じ位の年頃の、母親似の可愛らしい
		子供という、見知らぬ親子を見掛けた。
		そしてよく見ると、彼女達の目線の先には、家具を運び込んでいる男性と、それを手伝っている、
		中学生位の少年が居た。ということは、おそらく新しく入居して来た一家なのだろうと考えた
		八左ヱ門の母が声を掛けると、

		「102号室に越して来た、土井と申します」

		との返事が返ってきた。


		「707の木下です。…そちらのお子さん、ウチの子と同じ位よね。お幾つ? ウチのハチは、
	 	 今度小学校に上がるんだけど」
		「それなら、同い年です。…兵ちゃん。ご挨拶しようね」

		「土井兵助、6歳です」

		母親に促されおずおずと挨拶をした兵助は、白いシャツに薄い黄色のズボン姿で、長くて量の
		多そうな髪を2つに結んでいて、目が大きくてまつ毛も長かった。そして母親達からも


		「一緒の学校に通うことになるから、よろしくね」

		「アンタが、色々教えてあげて、守ってやんなさいよ」


		などと言われたため、八左ヱ門は兵助のことを、完璧に女の子だと思い込んだ。


		しかし数日後の入学式の日。真新しいランドセルを背負って、一緒に登校するために迎えに
		行くと、兵助は八左ヱ門と同じ黒いランドセルを背負い、髪も短くなっていた。それでも、
		まだランドセルの色による性差などよく解らないし、
		「お兄ちゃんのお下がりかしら?」
		との母親の呟きが聞こえたので、あまり気にしなかった。
		しかも、クラスが違う上に男女混合名簿だったため、しばらく勘違いしたままだったのだが、
		ある日の下校中。ふと

		「へーすけは、スカートはかないのか?」

		と訊いて

		「おれは男だ!」

		と返ってきたことで、ようやく誤解が解けた。



		帰宅してから、その話を母親にすると、

		「あたしも最初は勘違いしてたけど、そうらしいわね。なんでも、兵助くんお母さんの真似が
		 好きで、それで髪を伸ばしてたらしいんだけど、小学生になるに当たって切ったんですって」

		と返ってきた。


		更に母親同士で詳しく聞いた所によると、一時はスカートなどの女の子の服を着ていたことも
		あるが、流石にそれは周りにからかわれることが多かったので、やめたのだという。そもそも
		兵助が母親の真似をしたがるのを止めなかったのは、土井兄弟もその従弟も男の子ばかりで、
		ちょっとつまらなかったからなのだという。




		そんなこんなで、初恋の手前で何となくうやむやな感じになったことに加え、見た目の真似は
		止めても、家事の手伝いをしたり、ちょっとした仕種などは受け継いだらしく、結構兵助は
		母親に似ている。そのため、八左ヱ門は未だに妙な錯覚に陥っているように見える。

		とは、越してきた当時既に高校生だった、兵助の兄・半助の見解である。




1周年記念リクの、最後の1つ。柳佳姉様との雑談中に 「こんな感じでいかがでしょう」 と提案してみたブツです。 ハチ母は大木さんの姉。土井母と山田妻は姉妹。そんな設定になっております。 2009.7.26