落花 第一話



「先輩達って、何時からの付き合いなんですか?」
取り立てて事件も起こらず、割合ヒマだったとある放課後。
いつも通りに怪我をして医務室に訪れた友人達の手当を、いつもと同じく説教混じりに終え、
余った包帯や消毒薬を片付けていた委員長の善法寺伊作(ほぼ常駐)に、「手伝うまでもない」
と言われ手持ち無沙汰でヒマを持て余していた一年の猪名寺乱太郎(本日の当番)は、何の気
なしにふとした疑問を投げ掛けてみた。すると、相手は質問の意味が取れなかったのか、
僅かに怪訝そうな顔をした。
「え?」
「私と、きり丸しんべヱの三人は、入学金を支払っている時に知り合ったんです。
それで、友達になって、組も部屋も同じだからいつも一緒なんですけど…」
例を挙げ、再度問い直そうとすると、今度はその前に納得した様子で
「ああ。僕達六人は、組も性格も全然違うのに。ってこと?」
といって笑いかけてくれた。
「はい。何となくなんですけど、前から訊いてみたくって」
「えーとね。僕が知り合った順だと、仙蔵が君達と同じく手続きの時。留が同室で、
長次は仙蔵と委員会が一緒だったから。…仙蔵が作法になったのは四年からで、
それまでは図書だったんだよ。で、文次とこへは医務室の常連で、しばらくして
それぞれ仙蔵と長次の同室だって知った。って所かな」
更に、食満留三郎と他の四人に交流が出来たのは、二年になってからのことだという。
「結構バラバラなんですね」
「うん。正直、僕と仙蔵が友達になってなかったら、つるんでないかもね」
「……。あれ? でも、伊作先輩と立花先輩って、受付で一緒だったのに、違う組なんですね。
だいたい受付順で組分けされているみたいだ。ってきいた事がある気がするんですが」
某血の気が多く仲の悪い二人を思い浮かべたのか、一瞬口篭ってから、
思ったことをそのままを口に出した後輩を、微笑ましく又羨ましくも思いつつ
「ああ、うん。まあ、ちょっとしたごたごたがあってね」
とだけ言葉を濁してから、伊作は半ば強引に話題を変えてみた。
「ところで、暇な間に止血薬でも作り置きしておこうかと思うのだけれども、
教えるから作ってみない?そんなに難しい調合では無いし、覚えておいて損はないから」
「そうですね。お願いします」
己の言葉を訝しがることもなく、素直に頷いた乱太郎の様が、伊作には眩しく映った。
それは一年生と六年生の差などではなく、元来自分にはない性質であるが故に。

*
「…って事があってね。これが、若干効能が不安な乱太郎の試作品。調合は一応 間違ってはいないけど、微妙なさじ加減とか、練りが甘かったりするから、医務室に 置いておくのはどうかと思って持ってきたけど、使う?」 翌日。休みで、保健委員の当番も用事もなく、街に出掛ける気も鍛錬に出る気もなかった 伊作は、自室で同室の留三郎ととりとめもない話をしていた。 壁にもたれて本を読みながら適当に相槌を打っている留三郎の膝に、伊作が頭を置いて 仰向けになった―いわゆる膝枕の―体勢で。 「俺よりも、七松あたりにやっとけ。かすり傷程度には充分だろ」 「そうだね。でも、それなら文次でも同じじゃない?」 医務室に些細な怪我での出没率は、この二人が群を抜いて高く、次いでまだ未熟な 一年生・自主練に励む上級生。と続く。 「あの煩いのが、そんな中途半端なもんを素直に受け取って使うと思うか?」 「思わない。絶対ケチをつけるだろうね」 予算の話から、「忍びとは」的な若干無関係そうな話までをクドクドと語った挙句、 何某かの理由をつけ仕方なさそうに貰っていく様がアリアリと浮かび、伊作は苦笑した。 「だろう? ああ、それともいっそ立花にやれば? アイツなら失くす事もないだろうし」 火薬にかけては学園一で、また意地っ張り加減でも実は学園一かもしれない立花仙蔵は、 些細な怪我ならよくしているのだが、滅多なことでは医務室に顔を出さない。 そのため、伊作の自室の救急箱が使用される率は、実は同室の留三郎に次いで高かったりする。 「それも手だね。…まぁいいや。別に今考えなくても」 「眠そうだな。寝るなら布団敷くか?」 話している途中から既に瞼が落ち気味で、トロンとした表情の伊作を膝から一旦降ろし、 読みかけの本にしおりを挟んで留三郎が立ち上がろうとすると、伊作は床に転がったまま その袴の裾に手を伸ばした。 「うーん。いいや。まだ日も高いし。…それよりも、久しぶりに頭撫でて?それで、子守唄も つくと更に嬉しいな」 「寝る気はあるのか。いや、まあ、いいけどな。 別に。…そろそろだから、だるいんだろ?」 「そうかも。…それに、思い出したくないことまで思い出しちゃったから、甘えたい気分なんだ」 再び座りなおし、今度は横向きに乗せてきた伊作の頭を希望通り緩く撫でつつ、ついでに反対の 手でちょうど届くあたりにあった綿入れを取り、上掛け代わりにかけてやりながら留三郎が 話しかけると、伊作は一言だけ返し瞳を閉じた。 その瞬間、留三郎の撫でる手が止まったことに、既に寝息を立て始めていた伊作は気付かなかった。 ほんの僅かな楽しかった思い出も、幸せな記憶も、伊作にとっては同時に悪夢に繋がることを、 留三郎は嫌というほど良く知っていた。 知っているからこそ、自分に無防備に甘えてくる伊作の様を愛しく感じると同時に、 甘やかしてやることしか出来ない己を歯痒くも思う。 それでも、触れることも笑うことも自然に出来るようになっただけマシなのか。 伊作が完全に眠りについても尚、その頭を撫でながら留三郎が自問自答を繰り返していると、 「伊作、居るか?」との声と同時に仙蔵が顔を出した。 「居る。が眠っている。何の用だ?」 「作法で街に買出しに行ったついでに、土産を買ってきたのだが」 「食い物か? それとも、コイツが探していた本とか薬種か?」 留三郎の膝で眠る伊作の姿は、同期の他の四人にとってはさほど珍しくもない光景と化して いるので、お互い動じることもなく会話は進められていった。 「いや。櫛だ」 「そうか。…お前にしちゃ、間が悪かったな」 「何かあったのか?」 「後輩に、俺らと親しくなった経緯を訊かれたらしい。で、余計なことまで 思い出したからって、こうして久々に俺に甘えてきた」 見慣れた光景と化しているとはいえ、伊作が留三郎に頻繁に甘えていたのは、精々が四年生頃 までで、特に最上級生且つ委員長になってからは、いつ何時下級生が自室に訊ねてくるかも 判らないので、―実際は他の理由もあるのだが、それはひとまず置いておこう―あからさまな 甘え方はしなくなっていた。 「ああ、それは確かに間が悪いな。…何処まで話したと?」 甘える理由も甘えなくなった理由も、仙蔵は留三郎と同じか、もしくはそれ以上によく知っている。 「大筋だけで、あとははぐらかして他の話題に移ったそうだ」 「…話せる訳ないものな。組分けの経緯も、私とお前が知り合った状況も」 それは伊作自身だけでなく、仙蔵達にとっても苦い記憶であり、また、同期の一部は 知らないことでもあった。 「ああ。下級生には重過ぎるし、何よりここまで隠し通してきたんだ。今更…」 「しかし、この先も一生。というのは、どう考えたって無理だ。目聡い輩も鬼畜も、世間には 溢れ返っている。ましてや、忍びの世界となれば…」 いつになく激昂した様子で吐き捨てるように言葉を紡ぐ仙蔵に、留三郎が返す言葉を探しあぐねていると 「解っているよ。それ位。…大丈夫。もう、何の力も持たず、他に選べる道もなかった十の子供じゃないんだから」 それまで仙蔵に背を向ける角度で寝ていた伊作が、首だけ振り向いて口を挟んだ。 「伊作!? 起きたのか」 「そりゃねぇ。この状況で寝ているようじゃ、忍者失格でしょ」 まだ若干眠そうな様子で体を起こしながら、伊作は苦笑した。 「それは確かにそうだな。…体調はどうだ?」 「ん。平気。ちょっと眠いだけだよ。…この所、慢性的に妙に眠いんだ」 「何かおかしな病気とかでは…」 伊作のことに関して“のみ”過保護で心配性と化す仙蔵の姿を知っているのも、おそらくは 同期と新野先生を含む保健委員の一部だけだろう。 「ないない。平気。そこの辺りは、誰よりもよく解っているから。……そろそろ、本気で 身の振り方を考えないといけない。っていうのは、自分でも解っているんだけどね」 卒業まではもう何ヶ月もなく、一部の者は既に進路も決まっている。 というより、未だ決まっていない者の方が少数。と言った方が正しいやも知れない時期に差しかかっていた。 一部家督や家業を継ぐ者もいるが、それ以外の殆どの者は何処かの城の雇われ忍者となる。 しかし、伊作はそのいずれも選ぶわけにはいかなかった。 「忍びの世界からは離れないと、いずれ本家には露見する。だから、出来得る限りは 学園の関与もない方が安全。…かといって、他に伝手はない」 実を言えば、薬師見習いとして知人に紹介することも出来ると、校医の新野からは申し出があった。 「…死んだことにして、その先は自力で生きていく。って言ったら、協力してくれる?」 結局、伊作に思いつける道は、それしか無いのだ。 「死亡を装うことに関しては、手を貸してやっても構わん。しかし、その後に関しては 全員で話し合うべきだな。皆何かしらの案は考えてあるだろうし、具体的な計画も 立てねばならんだろう」 信用していないわけではなく、これ以上手を煩わせたくない。と伊作が考えていることは、 仙蔵も留三郎も良く解っている。けれど、彼らとしてはむしろもっと積極的に頼って欲しい とすら思っているのだ。 「言って置くが、生死も安否も分からん方が迷惑だ。だから気を使うつもりなら、 私達の誰かしらの目の届く所にいろ」 実を言えば、これまでにも似たような問答は何度か繰り返されてきていた。 そしてその度に伊作が黙り込み、邪魔が入ったり時間切れになり有耶無耶になっていたのだった。 しかしこの日は、時間もたっぷりある上に、仙蔵側に援護者が居た。 「俺も立花と同意見だ。…散々嫌な目には遭ってきただろうが、それ以外の経験値は低いんだから、 一人じゃすぐにぼろがでるぞ」 「お前は、いい加減“己が女子(おなご)である”ということを、前向きに考えるようになれ。 でないと、どのような道を選ぶにせよやっていけないぞ」


まだ色々ぼやかした感じですが、今後どんどん暗く重くなっていきます。