土井ときり丸の共同生活が始まって1週間。
珍しくお互い1日中何の用事もなく、土井監視の下で午前中は宿題をこなし、
午後は、きり丸は乱太郎たちと遊びに行く約束を取り付け、土井は買って読まずに
いたいくつかの本をじっくり読もうかと思っている。などとお互いの予定を
話しながら昼食の支度をしている最中、不意にインターホンが鳴った。
「あー、はいはい。今出ます。…悪いがきり丸。アラームが鳴ったら」
「火を止めてザルにあけて流水でしばらく冷やす。でしょ? わかってますって」
「ああ。頼む」
そうめんを茹でていた土井は、薬味を用意していたきり丸に後を任せ玄関へと向かった。
そこから、戻ってくるまでの会話はきり丸には聞こえなかったが、どうも勧誘や
集金ではなく、来客であるらしいことだけは、何となく察することが出来た。
「…で、兄さんのことだから、インスタントやレトルトに頼るようなことはしない
だろうけど、『茹でたそうめん。副菜なし』とかで何日も済ませそうだからって、
お袋から差し入れを持たされてきたんだけど」
土井に話しかけている来客の顔に、きり丸は見覚えがあった。
「えーと、裏方委員の…」
「”舞台委員会”の、久々知だ。お前は、半助兄さんの組の”摂津きり丸”だろ?
…伊助から聞いてはいたけど、兄さん本当に受け持ちの生徒預かってたんだな」
土井が顧問をしている「裏方委員会」こと「舞台委員会」は、学校行事や部活動の
発表などの際の音響・照明を一手に引き受ける、半ば専門職的な委員会で、かなり
重要な存在なのだが、いかんせん影が薄い。
しかも「委員会」と名が付くのに、各クラス「1人以上」などではなく「任意」なので、
慢性的に人手は足りておらず、5年(高等部2年)の久々知兵助が実質上委員長を務めている。
「…土井先生。弟さんは”俺と同じ位の年”で、”会った事はない”って言いましたよね?」
この位の年頃の4歳差は、かなり大きい。そして土井に対する兵助の口調は、明らかに
親しい者に対するソレだった。したがって、「話が違う」ときり丸が怪訝そうな顔を向けると
「兵助は従弟だ」
との答えが返ってきた。
「少し年が離れているから、”兄さん”呼びが一番しっくりくるんだ」
8歳差だと、「くん」も「ちゃん」も違和感があり、かといって「さん」だと
余所余所しすぎると感じたらしい。
その後は、とりとめの無い話をしながらそうめんと兵助の母の煮物で昼食を済ませ、
きり丸は予定通り遊びに出かけていった。
「…俺は写真でしか知らないけど、伯母さん似?」
きり丸が出て行った後、他の誰が聞いているわけでもないのに、兵助は主語を伏せた形での
問いを土井に投げかけた。
「いや。目元辺りは、案外向こうのお父さんに似ている」
返す土井も、主語は伏せたままだった。
「兄さんは相手の人のこと、知っているのか?」
「元々父さんの学生時代の友人だったらしく、一緒に写っている写真が結構残っているんだ」
家を出る際に持ち出したアルバムには、「3人」で写っているものも、何枚かあったという。
「会った事なかったのは、やっぱり祖母さまが反対していたから…」
「それもあるが、色々ごたごたしていてチャンスがなかったんだ」
当時の土井は無力な学生に過ぎず、ある程度の自由と力を手に入れた頃には、もう何も
手出しが出来ない状況になっていた。だから「今」はこの上ない好機なのだ。
たとえ真実を告げることは出来なくとも、これはこれで「悪くない」と、土井は感じていた。
続く
まだ若干ぼやかし気味ですが、ある程度は察せるのではないかと。
詳細は次の話かその次辺りになるはずです。
つじつま合わせに設定作ったら、結構細かくなったので独立させてみたのがこっちサイド。
公私を使い分けられる従兄弟さん達がこっそりお気に入りです。
以下どうでもいい感じのこと
設定ページにも書きましたが、舞台委員会のモデルは叶の母校の「照明委員会」と「放送部」です。
照明委員会は本当に任意(途中で人手が足り無すぎて「クラスから最低1人」になりましたが)で、
放送”部”は放送”委員会”より立場が上でした。(うん。改めて考えるとやっぱり変な高校だな)
この両方と演劇部に所属していた先輩は、マジでセミプロ級の技と知識をお持ち合わせでした。
その先輩と、うちの代のたった一人の放送部員くん(1年時に3年生が引退した後、自分が3年に
なるまで1人きりだった)が久々知のモデルなつもりです。特に、放送部くんの方が。
「放送といえば彼の声」なイメージがあるくらいの人で、たまに手伝いにくる演劇部の裏方な
悪友とか、大変優秀な変人の友達とかがいました。その友人達が鉢や竹っぽいかも。
ついでに、その劇部の裏方とよくつるんでいた図書委員が叶です。とかほざいてみたり。
叶も一応演劇部員だったんですよ。で、放送部くんとはクラス一緒。(ホントにどうでもいいことですがね。ここまでくると)
2008.7.8
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