昔から私達は、よく似てない兄妹だと言われ、私以外は日本離れした容姿だと言われることも多かった。
特にそれは髪の色について言われることが多かったが、長じてタカ丸兄さんが美容師となった頃から、
それを理由に多少の誤魔化しが効くようになったが、実際私以外は地毛が明るい色をしている。
また、長男の三之助が乳幼児の頃。お義姉さん達から
「何か、やけに赤ちゃんのお世話上手だね」
などと感心されるたび
「喜八郎で慣れていますから」
と答えていたが、「よく子守りをしていた」レベルではなく、「殆ど私が育てた」と言った方が正しい
ことは、誰にも話したことがない。
端的にまとめてしまえば、「上3人の母親が違い、3番目の母親は末の児を産んですぐに出ていった」と
いった話なのだが、実際はもう少々根が深くややこしい事情がある。それをこれから少し話そうと思う。
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今を遡ること30数年前。父さんは留学中に、現地の女性と付き合っていたらしい。そして、帰国間際に
子供が出来たと判明したが、相手は国を離れる気はなく、父さんもその国に留まるつもりがなかった上、
お互い「国際結婚は面倒臭い」という結論に達したという。しかし事実婚という形で子供を産むと決め、
その後も頻繁に連絡を取り、生まれた子とも時折会っていたのだそうだ。更に、帰国後別の女性との
結婚を考えた際に、一応話を通したら祝福されたという話も、後になって聞いた。
それが果たしてお国柄なのか、相手の方の性格からなのかは知らないが、おそらく性格なのだろうと、
私は考えている。何しろ、そういった経緯で生まれ、12歳まで母方の国で育ったその子供こそがタカ丸
兄さんであるというだけで、何となく納得出来てしまうのだから。
そして、帰国後出会い結婚したのが私の実の母で、タカ丸兄さん達のことは聞いていたらしい。しかし
私が物心付く前に母は亡くなり、「遺された子供を育てたいから」と申し出て来た自称私の母の親友と
再婚した。それが三木ヱ門の母で、彼女は実際は母と父さんを巡って争ったライバルだったようである。
義母は世間体を気にする人だったようで、表だって私を虐待したり、育児放棄をしたりはしなかったが、
三木ヱ門だけを溺愛し、私のことを疎んでいた。
幼い私は、義母のことを実の母だと思っており、彼女に愛されようと必死で努力したが、周囲の人達に
褒められるようなことをすればする程、
「あの女そっくり」
「可愛げのない子」
などと、より一層憎まれるだけだった。
その義母に三木ヱ門は、「滝夜叉丸と親しくしないように」と幼少期から刷り込まれて育った。けれど
幼い私は三木ヱ門を可愛い弟だと思っていたので、義母の目を盗んで接触を図ったし、三木ヱ門自身も
根底では私を嫌ってはいなかったようなので、お互い上手く距離感がつかめないだけで、今も決して仲が
悪いわけではない……と、私は思っている。
三木ヱ門が生まれた頃から、父さんは仕事が忙しくなってあまり家に帰って来ないようになり、義母の
勘違いなのか、実際に何かあったのかまでは解らないが、女性問題などで揉めることが増えたからか、
より一層父さんが帰って来なくなっていく中で、喜八郎が出来た。義母は
「これで幸隆さんを引き戻せる」
などと考えたようだが、実に間の悪いことに、ちょうどそれと同時期に、タカ丸兄さんを日本の中学校に
進学させる為に引き取るという話を聞かされた。
父さん曰く、兄さんは小さい頃から日本で美容師になって父さんの跡を継ぐと決めていたらしく、中学
からは日本で暮らすということで話がまとまっていたが、その話どころか、兄さん達の存在さえ義母に
伝え忘れていたのだという。
その結果。義母は生まれたての喜八郎と、離婚届を置いて家を出た。そのこと自体は、今となっては
「根本的に父さんとは合わなかったのだろう」
と片付けることができるが、問題は僅か10歳で、一緒に暮らし始めたばかりの外国育ちの呑気な兄と、
接し方のよく解らない2歳下の弟と、乳児の世話を全て私がしなければならなくなったことだった。
義母に蔑ろにされていたせいで、自分の身の回りのことや、おおまかな家事は出来なくもなかったし、
周囲の協力がなかったわけではない。けれど、それでもかなり頑張って、無理をした覚えがある。
けれど弱音を吐くことは性に合わないので、苦労話をしようとは思わない。
あの当時の私を突き動かしていた想いは、
「私がしっかりしなくてはいけないのだ」
と
「喜八郎には私のような思いはさせない」
だった。それ故、私は喜八郎と家族を何よりも優先し、愛しんできた。その想いが、僅かでも伝わって
いればそれで良い。そう思っている
今後出てくることは無さ気ですが、斉藤兄妹の設定は一応こんな感じということで。
ちなみに下2人の母親はハーフな設定なのを入れ損ねました。
タカ丸母が何人なのかは、ご自由にご想像下さい。多分欧米のどこかです。
2009.8.19
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