木下家の長男八左ヱ門は、高校入学にあたり、家計のためにアルバイトを始めようと考えた。
何しろ彼の家は、彼を筆頭に男ばかりの6人兄弟を、父親1人で養っているため、常に家計は
若干苦しい。
しかしそのことを父鉄丸に話すと、
「お前がバイトで居ない間、誰が下のチビ共の面倒を見るんだ」
と反対された。
一応、木下家には八左ヱ門と2歳違いの、中学生の次男孫兵がいる。
そして孫兵は真面目な質で、下の弟達とも決して仲は悪くない。
けれど、「面倒を見る」や「家事をこなす」能力には長けておらず、残りの弟達はまだ小学校
低学年以下がほとんどのため、父の言い分は尤もなものだと、八左ヱ門にも思えた。
そんな話を、翌日学校で同じマンションに住む友人の兵助にしてみると、彼は一言
「日給1500円で、俺が看てやろうか?」
と言った。
兵助は4人兄弟の2番目で、数年前に事故で両親を亡くして以降、家事を一手に引き受けており、
年の近い弟達同士も仲が良い。
「それは、かなり助かるかも。でも、1日1500円…」
自分勝手な言い分かもしれないが、物心ついている弟達の子守だけで支払うには、少々高く
つくのではないか。と思った八左ヱ門が言い淀むと、兵助は見透かしたように付け加えた。
「飯代。ウチのとまとめて作ってやろうかと思ったんだが、不満か?」
「え。うそ。マジで?」
それなりに年季の入った兵助の料理が旨いことは、木下家でも定評がある。但し、いささか
豆腐料理が多い傾向があるのにさえ目をつぶれば。の話ではあるが。
「7人分の弁当と夕飯代だと考えれば、妥当だろ?」
手間はそう変わらないし。と兵助は何てことなさそうに言い切ったが、4人分と11人分では、
約3倍になる。しかし、兵助が言うには「大人用」と「子供用」で味付けを変えるものなどは、
別々に作るには量があった方が楽なのだそうだ。更に、食材も使い切れてお得だ。と付け加え
られた時、八左ヱ門は、妙に所帯染みた友人を頼もしいと思うと同時に、何だか切なくなった。
更に言うと、弁当に関しては、木下家の下の子達から「多い」「肉ばっかり」「彩りが…」等の
グチが寄せられていた。というのも実はあった。
そんな経緯があり、週の半分は木下家と土井家の夕食は合同になった。そこを踏まえて、
木下家の(とある)1日の日常を見てみよう。
△
木下家及び土井家の住むマンションは3LDKで、木下家の部屋割りは「八左ヱ門・一平・虎若」
「孫兵・三治郎」「鉄丸・孫次郎」となっている。
そしてその中で一番起床が早いのは、孫兵と三治郎だが、2人共台所には立たない。というより、
三治郎は危ないアレンジをするし、孫兵は妙に凝り性なので、父と長兄に止められている。が
正しい。
次に起きてくるのは、大抵虎若以外がほぼ同じくらいで、朝食は日替わりで父か八左ヱ門が
作る。尚、虎若は誰かに叩き起こされるまで、自力では起きて来ない。
ついでに、たまに―主にバイトが連勤だった日の翌朝など―八左ヱ門も自力で起きずに、
弁当を届けに来た兵助に蹴り起こされたりしていたりもする。
ちなみにこの日の場合は…
「兵助兄ちゃん。八兄起きてないんだけど…」
「わかった。…孫次郎。兄ちゃんの上に『ぴょんっ』ってやって来い」
「いいの?」
「起きない方が悪い」
「はーい」
許可が降りた5歳児による、容赦ないフライングプレスが炸裂したのに対し八左ヱ門は、
もちろん文句を言った。しかし分は兵助の方にあった上、可愛い末っ子を叱るに叱れず、
結局は折れたのだった。
なお、木下家の弟達は、八左ヱ門よりも兵助の言葉の方に、素直に従う傾向がある。
朝食を済ませると三治郎か一平が洗い物をすることになっており、その位の時間に弁当を
届けに来た兵助共々、八左ヱ門が家を出る。続いて土井家の下の2人―伊助と三郎次―が
顔を出すと、孫兵と小学生組が登校する。
「おはよう三ちゃん。虎は起きてる?」
「まだ。…折角新作試してみたのに、起きないんだよ」
「…何作ったかは訊かないね。じゃあ、僕起こしてくるんで、三郎次兄ちゃんは、朝ご飯お願い」
まだ兄達にはおよばないが、土井家の下の二人も、かなり面倒見はいい。かつ、伊助は兵助と
似た気質を持っていて、「力づくで起こす」ことが出来、三郎次はその間に手際よく朝食を
食べ易い形(おにぎりやサンドイッチ)にするのに慣れている。
その恩恵にあずかっている虎若曰く
「おかずが全部入ったおにぎりはうまい! あと、サンドイッチは八兄の濃い味のおかずが
ちょうど良い味になる」
らしい。そしてたまにそれを、他の兄弟にうらやましがられるので、
「自分達でも作ればいいだろ」
と言ったら
「無理。意外と難しい」
と即答されたとかしないとか…
最後に鉄丸が火の元や戸締まりの確認をして、通勤がてら孫次郎を保育所に連れて行く。
日中はそれぞれ、学校や職場などの場所で、放課後は孫兵は生物部の活動。小学生達は
学童保育で夕方までを過ごす。
八左ヱ門がバイトの日は、兵助が学童と保育所まで迎えに行き帰宅するが、八左ヱ門のバイトが
無い日も、兵助が迎えに行くことが多い。
帰宅ついでに、全員に荷物持ちをさせて買い物を済ませ、着替えがある兵助以外は木下家に
帰宅する。
「一平。卵残っていたかわかるか?」
「多分ないと思う」
「そうか。じゃあ買った方がいいな。あとは…朝飯用のパンは足りそうだったか?」
「まだあるけど、僕あんまりバターロール好きじゃない」
「つまりそれしかないんだな。そうしたら、何か1〜2種類好きなの選んできな」
兵助は、前に夕飯を作った日の状況と、弁当を届けたついでのチェックで、木下家の冷蔵庫の
内容物をほぼ把握している。しかしたまに買い物中に訊く場合は、大抵一平を選ぶ。何故なら、
他に覚えていそうな奴がいないから。そして、それをわかっているからこそ、一平はなるべく
覚えておくように心掛けているらしい。
そして、兵助が夕食を作っている間に、小学生達は力を合わせて宿題を済ませ、終わると
孫次郎と遊んだりテレビを見ていることが多い。
「こら虎若。お前まだ終わってないだろ。何混じってんだ」
「だって…」
「だってじゃない。ちゃんと終わらせろ。同じ宿題が一平はもう終わってるんだから、出来るだろ」
「……俺と一平ちゃんは違うもん」
「…僕か孫兵兄ちゃんが手伝ってやるから、終わらせような」
「じゃあ、ろじ兄ちゃん」
尚、孫兵の帰宅は大抵兵助+チビ共と同じくらいで、宿題も混じってやって、たまに教えて
やることもある。という話をすると、あまり親しくないクラスメイトなどには驚かれるらしい。
夕食が出来あがる少し前に声をかけ、半数で食卓の片付けや、料理を運び、残りの半数は食べ
終えた後の片付けを担当する。その役割分担は交替制だが、後片付けに関してだけ、孫次郎が
食器を流しに運ぶ担当、孫兵が洗い物担当なことが固定になっている。
その理由は、孫次郎は「他は危ない」から。孫兵は「時間はかけるが確実に綺麗にする」から
である。
食後は、数人ずつ交替で風呂に入り、残りの連中が遊んだり翌日の学校の用意をしている中で、
兵助が自分の宿題に手をつけながら、保護者達の帰宅を待つ。
と言っても、鉄丸も半助も夕食中か、風呂に入れている最中くらいの時間帯に帰宅することが
ほとんどで、その二人だけで食卓を囲む。とかいう妙な光景になることも、よくあったりする。
その後。鉄丸か半助の食事が終わり次第、土井兄弟は自分達の家に帰宅することがほとんど
だが、たまに八左ヱ門が帰宅するまで兵助が木下家に残っていることもある。
「おかえり」
「おう。ただいま。何で兵助まだいんだ?」
「おじさんが、明日朝早いからって、早めに寝たから。…今日のは、少し説明いるんだ。
あと、宿題の見張り。お前がやってかないと、何故か俺の方に先生達が言ってくるんだ」
「…苦労かけてます」
そんなこんなで、彼らの1日は終わり、また似たような日常がくりかえされるのだった。
以下おまけ
「あー、もう。兵助マジで嫁に来て」
八左ヱ門は、たまに冗談でこんなことを口にする。
それは食事が美味かった時や、文句を言いながらも掃除を手伝ってくれたり、ためにためた洗濯物を
洗って干している時などの家事の最中に発され、当の兵助本人には、軽く流されることがほとんどである。
しかしとある日は本人よりも早く、たまたま聞こえていたらしい弟の伊助と三郎次に拒否された。
「八兄ダメ。兵助兄ちゃんは僕達の!」
「そうですよ。あげませんからね」
更に翌朝。出掛けに行き合った半助にまで
「やらんからな」
と釘を刺された。
「…なぁ、俺ってあの家の人達にどう思われてんだろ?」
「その訊き方こそ、まるで『恋人の家族にどんな印象を持たれているか』と気にしているっぽい
感じがしますけど?」
その晩。何の気なしに孫兵に相談してみると、弟にまで真顔で返され、八左ヱ門は頭を抱えた。
「うっわ。マジかよ」
「それに、あながち間違いでもないんじゃないか。って、僕達も思う」
僕「達」ということは、他の弟達にまでそんな風に思われているかもしれないのか。そう考えると、
少し頭が痛くなったが、結局その後も何も変わらなかったという。
票が入っていたのは「生物兄弟」なのに、妙に火薬(というか豆腐)がでばりました。
でも、ここはセットっぽい気もしますので…とか言ってみたり。
高1のお兄ちゃん達は、別にCPでは無いつもりですが、まぁそこはお好きに解釈して
くださって結構です。
孫兵の口調がよくわかんないです。
2008.11.1
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