それは、14年前の雨の日のこと。

	「ただいまー。誰かタオルー」

	夕方過ぎ。高校から帰宅したばかりの滝夜叉丸が制服から着替えていると、玄関から小平太の声が聞こえた。

	「何ですか。傘をお忘れになったんですか? 今日は午後から土砂降りになると何日も前から予報で…」

	この場合「誰か」とは言っているが、自分以外の人間は動かないことを承知している滝夜叉丸は、手早く
	着替えを済ませると、まず洗面所に向かった。

	「わかってたから、忘れてないよ」
	「では、また犬猫でも拾ったんですか?」

	小言を言いながらも、タオル数枚を手に玄関まで行くと、

	「ううん。動物じゃなくて…」
	「……どこの女に生ませた子ですか」

	小平太はびしょ濡れの幼児を抱きかかえていた。



	「見たところ、2〜3歳といった所ですよね。そうすると、私がここでお世話になり始める前後だから…
	 お店の若い子何人かと付き合っていた時期か?」

	幼児を小平太から受け取って、拭いてやりながら滝夜叉丸が分析を始めると、すぐさま弁解の声が飛んできた。

	「違う! 違うから!! この子は(多分)俺の子じゃなくて、拾ったの!!!」
	「どこでですか」
	「えーと、パチンコ屋の裏で泣いてた」

	小平太の目が若干泳ぎ気味なのは、やましいことがあるからなのか。

	「それでは、今頃親が探しているかもしれませんね。調べさせましょう」

	組の若手を使い、商店街メンバーと町役場と、ついでに警察まで頼れば、大抵の情報は容易に手に入る。


	「姐さん。何すかこのガキ」

	若手に使いを命じるために二人が居間に顔を出すと、そこに混じっていた次屋三之助が、滝夜叉丸の
	腕の中の幼児を指して問うて来た。

	「姐さんと呼ぶなと言っているだろう! …若の隠し子だ」
	「だから違うってば!」

	本来の目的と、ついでに手の空いている者に風呂を沸かすように命じながら滝夜叉丸が適当に返すと、
	またも小平太が反論した。すると

	「若ぁ、往生際悪いっすよ」
	「そーですよー」

	三之助だけでなく、最近しょっちゅう遊びに来ている金吾までが、便乗して小平太をおちょくるような
	声を上げた。


	「ああ、金吾居たのか。ちょうどいい。お前の家に、小さい頃の洋服がとってありそうかはわかるか?」

	びしょ濡れの幼児を、ひとまず風呂に入れてやろうとは思ったが、着替えが無い。現在着ている服が乾く
	までの間なら、自分のシャツ(一応組内では一番小さめ)を着せておくことも出来るが……
	そんな風に考えていた滝夜叉丸は、ふと金吾の母なら息子の服を残しているのではないかと気が付いた。


	「たぶん、あると思います」

	そこで確認の電話をかけてみると、「ありますよ〜」との返事が返ってきたので、金吾に取りに行かせ、
	その間に小平太に幼児を風呂に入るよう言って、滝夜叉丸は通常業務である夕食の支度にとりかかった。


	その後。風呂から上がり、金吾のお下がりを着せて夕食をとらせて滝夜叉丸が自室で寝かしつけるまで、
	幼児は一言も口を利かなかった。


若:20歳 滝:高1(16) 次:中2(14) 金:小4(10) 幼児ことしろちゃんは小さめの3歳児です。 「お店」は七松組が経営している風俗店。 高校生な頃は結構遊んでましたので


翌日につづく