「ねぇ。仙って、どうして留兄の所のチビちゃん達嫌いなの?」
とある休日の昼下がり。珍しく子供全員がよそに遊びに行ってヒマな伊作は、姉仙蔵の家で
くつろいでいた。
そして、常日頃から何となく気になっていたことを訊いてみると、仙蔵は甥っ子達の顔を
思い浮かべて眉をしかめると、一言呟いた。
「あの、鼻水やらよだれで、ヌルヌルベタベタなのが嫌なんだ」
「でもそれは、基本的には小さい子なら、みんなそうだよ?」
七児の母にして、現役の保育士でもある伊作は、日々そんな幼児達に囲まれて暮しているが、
特に不快感は覚えないという。
「…うちの娘達は違った」
現在は中学生と小学生の、三人の娘達の幼少期を思い返して仙蔵が反論しかけると、伊作は呆れ顔で
ソレを否定した。
「そうでもなかったよ。単に、それ位の時期にあんまり傍にいなかったり、懐かれてなかっただけ」
今は一応母として慕われてはいるが、長女の藤内は潮江家の長男である数馬と双児同然に伊作に
育てられ、下の双児も伊作と藤内が育てたと言っても過言ではないくらいほったらかしにしていた
自覚のある仙蔵は、これには何の反論も出来なかった。
「それから、しんちゃんが食べかけのおやつくれるのも、きーちゃんがあんなに懐いてるのも、
留兄と作ちゃん以外では、仙だけなんだよ」
兄留三郎の三男しんべヱ(3)は、仙蔵に向かってよだれや鼻水まみれのせんべいなどをよく差し出して
くるし、末の喜三太(1)もベタベタの手で触ろうとしてきたり、よだれまみれのぬいぐるみを貸して
くれようとする。
ソレが仙蔵にとっては嫌でたまらないのだが、伊作に言わせると「それだけ好かれているんだよ」との
ことらしい。
「そうなのか? 嬉しくはないが」
「そうなんだよ。僕なんか、『ちょうだい?』って頼んでも、別のを取ってきてくれるだけ
なんだから。…まぁ、それはそれで可愛いけど」
子供好きの伊作にしてみれば、正直どんな態度や仕草でも、結局は可愛くて仕方ないようだが、
その辺りの感覚は仙蔵にはよく解らない。
「…なら別に構わんだろう」
「まぁね。お互いに独り占めしようとして、取り合いのケンカされるよりは、よっぽど楽だし」
「それは、うちの双児か?」
仙蔵の下の娘達は、好みが似通っている上に我が強く、お揃いは嫌がるくせに、同じものを選び、
未だにしょっちゅう奪い合いのケンカに発展している。
「うん。2人共、僕が叱ってもグズるだけなのに、お姉ちゃん藤ちゃんの言うことは素直に
聞くのが、ちょっと悔しかったなぁ」
「ああ。その点は私も楽だったな」
何故かは良く解らないが、双児が唯一素直に従うのは姉の藤内で、時には母である仙蔵よりも強い
発言権を持っているような気すらする。
「本当に、藤ちゃんは手が掛からない良い子だよね。アトピーでかゆくても、『かいちゃダメ』って
言ったらちゃんと我慢してたし、数くんが嫌いなものを代わりに食べたりしてくれてたよね」
「その所為で、アトピーが悪化したこともあったな」
今は殆ど完治しているが、乳児期の藤内はアトピー体質で、軽い食物アレルギーも持っていた。
そのため伊作は、なるべく気を使うようにしてはいたが、数馬が「コレ嫌い。あげる」といって
藤内に押し付けた中に、アレルギーの原因の食材が混じっていることもあった。
「それは僕の、監督不行き届きでゴメンね」
「いや。お前は良くやってくれていたさ。私こそ、任せきりで済まぬな」
伊作とて、当時はまだ母親としても保育士としても新米だったのだから、完璧を求めるのは酷な話だった。
「ううん。いいよ。半分仕事だし」
とは言うが、末の双児がまだ乳児の頃に、育児疲れで寝過ごして夕食を作り忘れた際に
「お前は、子守が仕事だろ」
と夫文次郎に言われたのにキレて、3日ほど家事を放棄して引きこもった前科を伊作は持っている。
「それにしても、うちのもお前の所のも、留三郎や小平太の所のも、クセが強いのばかりで大変だろう」
「裏を返せば、『良い練習になる』とも言うし、慣れてくれば意外に楽しいよ」
強烈な残る甥達を思い浮かべて仙蔵が苦笑すると、伊作はケロリと笑って、貫禄のある発言を返してきた。
それに対し仙蔵が、何の気なしに
「そこまでいくと見事だな。ちなみに、誰が一番手が掛かった気がする?」
と問うてみると、伊作は少し考えてから、半分独り言のように子供達の幼少期の特徴を挙げ始めた。
「誰かなぁ。…数くんはちょっと我侭持ちで好き嫌いが多かったけど、藤ちゃんといればご機嫌
だったし、さもくんと三くんは、目を離すとすぐどこか行っちゃうのは、2人を繋いじゃえば
良いって途中で気付いたでしょ。さっちゃん(左近)はコップで飲むのが苦手で、ほとんど自分が
被っちゃってたけどそれ位だし、久くんがうまくいかないと癇癪を起こすのも、きりちゃんの
何でも拾って集めてるのも、それを取り上げると泣き出すのも、大体傾向は読めたからなぁ。
それから、さきちゃんのお外への演説は面白かったし、乱ちゃんがいつの間にか机の下に避難
してるのは、結構自然な流れな気がしたし、出来ないのにお兄ちゃんぶろうとするしろちゃんの
気持ちは解るし…あー、高速ハイハイで激突する団くんとか、何でもお口に入れようとしたり指を
突っ込もうとする伏ちゃんは危なっかしかったかな。あと、お母さんがいないと大泣きする
金ちゃんとか、とにかく人見知りがすごい怪ちゃんや、引っ込み思案で甘えん坊な平ちゃんは、
まとめて看るには少し大変だったかも」
実子7人+甥姪9人+異母弟妹3人の、計19人を指折り思い出しながら検討する伊作に、仙蔵は
感心と呆れが半々で
「…話をふったのは私だが、よくそこまで細かく覚えているものだな」
との素直な感想が口をついて出た。
「僕なんか、洋おじさんに比べたら、まだまだだよ」
伊作達の伯父であり、保育所の園長でもある新野洋一は、かつての教え子の殆どを、未だに覚えて
いるらしい。
確かにそれに比べたら、大したことないようにも思えるが、おそらく伊作も身内以外についても
覚えているのだろうから、凄いことに変わりない。と、仙蔵は思ったが、口には出さず別の話題に
移ることにしたのだった。
赤ん坊〜幼児期のお子達の特性を書きたかっただけの代物です。
半分くらいは、カノウ本人及び弟や従姉妹達の実話だったりします。(どれだかは内緒ですが)
作兵衛だけないのは、再婚時すでに4歳近かったので、伊作さんが
幼児時代をあまり知らないからです。
2008.12.17
2011.1.30
一部修正
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