親が離婚して、別々に引き取られてから、20年近く会っていなかった姉が、突然現れ翌朝姿を消した。
財布の中身を抜かれたり、金目の物を盗られはしなかったが、代わりに厄介な置き土産を残して。



「……名前何だっけ?」

朝起きたら、テレビの前に何か子供が居た。それが、昨晩姉さんが連れてきた、甥に当たる子だと
思い至るまで少しかかり、名前は聞いた筈だけど全く思い出せなかった。

「そんなもん。諸泉尊奈門、4歳。『今日からおじさんちの子になりなさい』って母さんが」
「あー。そういうこと。お父さんは?」

年の割に、妙に落ち着いた子だなぁ。この様子だと、しょっちゅう預けられたりして慣れてるんだろうな。
それが最初の印象。姉さんの意図は知らないけど、面倒見なきゃならないなら、手がかかんない子の方が
助かるしね。

「居ないよ」
「ふぅん」

死んだか別れたか、そもそも居ないか…どれでもありそうだな。アノ姉さんの場合。


「まぁいいや。置いていかれちゃったものは仕方ない。姉さんが見つかるか、戻ってくるまでは
居てもいいよ」
「ありがとうございます」

へぇ、意外とちゃんと躾られてるんだ。というより、放置され慣れて身に付いた処世術かな。



それから、朝ご飯を食べさせなきゃいけないことに気付いて、コンビニで食パンと牛乳と、お昼用の
おにぎりを買ってきて与えて、仕事に行った。仕事帰りに飲みに誘われた時、そのことを話したら、

「わざわざ買いに行ったんなら、調理パンくらい買ってやれよ」

えー。ササコちゃん、そこ?

「あと、保育所くらい通わせてやれ。あの汚部屋で、4歳児に留守番させるのは危険だろう」

保育所ねぇ。そんなものがあることを、綺麗さっぱり忘れてた。流石子持ちやもめ歴…何年だっけ?
奥さんが出てった時に、まだ物心ついてなかった子が、もうとっくに小学生だから……

「俺のところのことは、どうでもいいだろう!」



そういうわけで探してみたら、近くはないけど、割と遅い時間までやっている所を見つけたんで、そこに
通わせることにした。手続きや何かで、顔を合わせた園長らしき人は、人の良さそうなおじさんだった。
って、別に保母さんに興味があるわけじゃないけども。

……とか、思ってたのにねぇ。



尊が保育所に通いだして、1月経たない頃だったかな。普段は遅い時間になることが多いけど、その日は
たまたま早上がり出来たんで、他の子の親がいっぱい居るような時間に迎えに行った。そしたら、不審者
扱いされたんだよね。
まぁ、自分でも無理はないと思うよ。顔に酷い傷痕があるのを隠す為に、サングラス掛けてマスクまで
してたんで、あからさまに怪しかったはずだから。

でも、親達が騒ぎ出したことに気付いた尊が、「おじさん」と言って駆け寄ってくる前に、見慣れない
保母さんが

「あの! みなさん。落ち着いて下さい。この方、お迎えに来た保護者さん…の筈です!」

と言ってから、私の方を見た。

「父兄の方……ですよね? 伯父から聞いています」
「おじさん?」
「ああ、はい。園長先生のことです」

にっこり笑った、その若い保母さんのエプロンには「いさくせんせい」と書いてあった。それを確認
している間に、帰り支度を済ませた尊が足元に来ていたので、その日はそのまま挨拶だけして帰った。


その後、「伊作先生」については、夕方上がりなので、遅い時間に迎えに行くともう帰ってしまって
いること。家は保育所の近所で、休日もよく近くの公園などで園児と遊んでいたりするらしいこと。
しばらく休職していて、復帰したばかりだということなどが判った。
だからまず、なるべく早上がりが出来るように心がけ、無理なことも多いので、せめて朝送った時に
会えるように努力をした。そして、休日に尊を連れて保育所の近所の公園を巡ってもみたが、あいにく
遭遇することは出来なかった。

そんなある日。仕事を―残業を同僚に押しつけて―早く終わらせ、尊を迎えに行って帰ろうとすると、
伊作先生に呼びとめられた。


「尊奈門くんのお父さん」
「叔父です」
「失礼しました。では、尊奈門くんの叔父さん」
「雑渡昆奈門といいます」
「はぁ。それでは雑渡さん」
「何ですか?」
「これ。よろしかったら、見に来てあげて下さい」

手渡されたのは、保育所で行うお遊戯会のチラシだった。そういえば、尊が何か練習していたような
気がするかも。


「うさぎのダンス。せんせいもいっしょにおどるんだ」
家に帰ってから、一応「お前は何をやるの?」と尊に聞いた答えがコレ。

「…それは、見に行かないとな」
伊作先生を。

「衣装か何かはあるの?」
「しっぽと耳。ほんとは、みんなお母さんに『作ってください』だけど、おじさん忙しそうだから、
せんせいが作ってくれたんだ」

ほほう。それはなおさら見に行かないとね。「お礼」と称してお茶の1つ位誘ってもいいかもしれないし。



「お疲れ様です。うちの子の衣装、先生が作ってくださったそうですね。ありがとうございます」
「いえ。他にもお忙しい親御さんとか居ましたから、お気になさらず」

ごく自然に笑って答える伊作先生に、「お礼と言ってはなんですが、この後お茶でも…」と誘うと

「すいません。まだ片付けやら何やら色々ありますので」

やんわりと断られた。その理由は本当のことかもしれないので、ここでめげずに更に誘いを続けてみた。

「では、今度よろしければ食事でも」
「えっと、その、申し訳ありませんが…」
「私なんかと一緒は嫌ですか?」
「あ、いえ、そういう意味ではなくて……」

畳みかけるような私の言葉に、伊作先生は明らかにたじろいでいた。だからといって、引く気は全く
なかったけれど。

「では、どういう意味ですか? 私は『尊奈門の保護者』としてではなく、『雑渡昆奈門個人』として、
貴女に好意を持ち、誘っているつもりです」
「……こう見えても、僕は既婚者で、子供もいます。一番上の子はもう小学生で、先日一番下の子の
産休から復帰したばかりなんです」

ああ。だから残業しないわけか。なんて納得して、この場ではひとまず諦めて引き下がる振りをしてみた。
けれど、実際はは諦めてなんかいない。今結婚していて子供が居ても、いずれ離婚する可能性がないとは
限らないわけだし。





というわけで、その後すぐに保育所の近所のアパートを探して引っ越してきて、ご近所付き合いから
始めてみた。しかも近所なので、伊作先生の子供達と尊は同じ小学校。ただ1つ惜しいのは

「お前、何であと1年早く生まれてないの? 1つ上なら、伊作先生のお嬢ちゃんと同い年なのに」
「……そんな理不尽なこと言われても、困るんですけど」

本当に残念。子供同士が親しくなれば、近づきやすいのになぁ。





何だか、すごく楽しかったです。コレ書くの 現パロ雑渡さんの容姿は、とりあえず傷+サングラスで顔半分隠れてる感じでいこうかと。 七松組の方は「硫酸かけられて顔半分ケロイド」設定なんですが、こっちでそれは…… とか思いつつ、妙案がないので誤魔化してはみたけど微妙な感じ? 部下くんこと尊奈門くんはしろちゃんと同い年。ドクササコさんちの白目くんはその6歳上です。 嫁に逃げられたヤンパパ・ササコちゃん(笑)と、雑渡さんの仕事内容は特に考えておりませんが、 多分あんまり真っ当ではなさげ 2009.5.4