きっかけは、金吾の学生時代の友人かつ、三之助の友人の職場の後輩にあたる下坂部平太に、
	彼女が出来た経緯に関する話だった。

	「…近所のチビの「大きくなったらお嫁さんになってあげる」が本気で、16になったからって
	 押し掛けて来たのか。そりゃすごいな」
	「しかも、それで本当に付き合い始めたらしい辺りが、平太らしいんですよね」

	そもそもその話が挙がったきっかけは、晩酌をしていた小平太に、「最近あったおもしろいこと」を訊かれた
	金吾が、「そう言えば…」と他の友人達から聞いた話として口にし、それに小平太が食いついたからだった。

	「作の話じゃ、その女子高生、結構可愛いんだって?」
	「らしいです。けど、見た目は関係ないと思いますよ。そういう所が、年輩の方や子供受けがいい理由
	 みたいですから」

	その「彼女」本人を見たことがあるのは、告白現場に居合わせた作兵衛と、平太の実家と同じアパートに
	住んでいた幼なじみ達くらいだが、誰に訊いても「勢いのある美少女」との評価が返って来る上に
	「勢いに押された感も少し…」
	といった感じらしい。

	「あー、でもちょっと羨ましいかも。俺そういうの全然ないし」
	「俺もっス」

	酒が入って陽気になりはじめていた小平太や三之助がぼやくと、珍しく呑みに混じっていた滝夜叉丸が、
	ポツリと呟いた。

	「…私達は、お互いに『大きくなったらお嫁さんにしてあげる』でしたね」
	「私"達"って?」
	「5歳位の頃、私と喜八郎が…」
	「何それ?面白そう。詳しく聞かせて?」

	滝夜叉丸は、あまり良い思い出がないからか、七松組に身を寄せる前の、過去にまつわる話をめったにしない。
	けれど、この日は少し酔いが回り始めていたらしく、要望に応えて、すんなりと話はじめた。

えーと、何から話しましょうか。…私と喜八郎は、一応従兄弟なのですが、4〜5歳頃まで会ったことがなかったんです。 まぁうちの両親は駆落ちなので、当然のことではありますが。 けれどある日。母の姉だと名乗る方が、うちに来まして …えぇ。居場所は知っていたそうです。何しろ、歩いて20分かからない距離ですから実は。 父には某かの打算があったようですが、母が何を考えていたのかは、未だに理解不能です。 とにかく、伯母が訪ねて来て、母に 「帰って来い。今なら、別れさえすれば、許してやって、子供も連れてきていいから」 と。どうも、祖父が亡くなり、夫に逆らえなかった祖母が、娘と孫に会いたいと望んだのだそうです。 それで、大人達が話している間、子供同士で遊んでいまして。 …後から考えると、私達を親しくさせるのも、連れ戻す材料の1つにしようとしていたのだと思います。 「子供達もこんなに仲が良いのだから、一緒に居させてやりたくないか」 などといった感じに持っていきたかったのでしょうね。 結果的には、別れるか否かで双方譲りあわず、話し合いは決裂しました。…母は未だに、父の ろくでなさに気付いていませんから、反対される理由を解っていないんです。 その後も、伯母はしばしば喜八郎を連れて交渉に来て、その度私達は一緒に遊んでいました。 そんなある日。何故か喜八郎が、1人で我が家まで遊びに来たんです。先程も話した通り、子供の足でも 歩けなくはない距離ですから。 理由は、大きく分けて2つです。 1つは、喜八郎は以前は私立の幼稚園に電車で通っていたのですが、訳あって辞めた上、近所には友達が いなかったから。 もう1つは、穴掘りが大好きなのに、家では禁止されていたからだそうです。 …庭中穴だらけにした挙句、毎日泥まみれになっていたわけですから、多少仕方ないとは思いますが。 その点うちは、母は専業主婦で家に居ますし、私は元々保育所などには通っていなかったのでいつでも遊びに 来れます。しかも、初めて来た時に、泥まみれの喜八郎に母は「楽しかった?」と笑いかけながら顔を拭いて やったそうなんです。 それがうれしかったんでしょうね。以降、ほぼ毎日我が家に通ってくるようになりました。 初めの内は、私も喜八郎と一緒になって穴掘りや泥遊びをしていました。けれどいつもそれでは飽きてきて、 途中から別なことをするようになったのですが、それでも喜八郎は構わず穴を掘り続けていました。 ただし、そばには居ないとダメだったり、「泥遊び用」にと母が用意した着替えとおそろいのものを私が着て いないと、目に見えて不機嫌になったりはしていましたが。 その頃ですね。ことあるごとに、 「大きくなったら、僕は滝ちゃんをお嫁さんにするの」 などと言うようになったのは。 おそらくですが、喜八郎なりに、色々と考えてはいたんだと思います。 私があの子と結婚すれば、伯母の望みどおり「家族」になれる。そういった発想だったのではないかと。 ただ、私だってこれでも男ですから、 「僕がきぃちゃんをお嫁さんにしてあげるんだ」 などと返してはいましたが。
「…私もきぃも、幼い頃は親のことが嫌いではなかったんです。ああ、いや、違う。”母親のことは”ですね。  昔っから、アノ男のことは大嫌いですもの。きぃも、伯父さん苦手そうでしたし…」 少し眠そうになりながら、だらだらと語っていた滝夜叉丸はそこまで言うと、隣に座っていた金吾の肩に頭を預け、 寝息を立て始めた。そこで、仕方ないので小平太が担ぎ上げて部屋まで連れて行って寝かしつけ戻ると、残った二人は 「珍しいものを見たもんだ」 と、口々に話し合っていた。確かに、過去の話をすることも珍しければ、それが楽しげなこともまずめったにない。 しかも、そもそも酔うと眠くなる性質だと、金吾達が知ったのもこの時が初めてだった。 ちなみに翌朝の滝夜叉丸は、 「うっすらとは覚えているが…」 程度の記憶の残り方だったようなので、目撃者達は特に教えずに、自分達の記憶の中でのみ楽しみ、 「またその内呑ませてみよう」 となどと考えたようだった。
特に指定票が入っていない分の七松組もの。ということで 5000打の時に「滝がらみのこへと綾」を「滝と綾」と 見間違え、途中まで書いたものの再利用だったりします。 現代版の穴掘り小僧は、幼少期か土建屋か工事現場のバイト くらいしかなさげなので、泥まみれの子供にしてみました。 なお、実は平太と彼女ちゃんの話もあります。 ただ彼女ちゃんメインなので、挙げたものかどうか… (↑結局書きました 2009.2.25『せいてんのへきれき』) 2008.11.2