小さい頃から「何処を見ているのか分からない」「何を考えているんだ」などとよく言われ、気味悪がられた。
	けど、別に僕が何処を見て、何を考えていようと他人には関係無いし、僕を気味悪く感じるのは、何か疚しい
	所があるから勝手にそう感じるだけだと思う。

	「実際は何も考えていないのだろう」
	そう見抜いたのは、立花先輩。
	「何処を見ていようが、何を考えていようが構わんから、迷惑をかけるな!」
	などと、くどくど説教をしてきたのは滝。 
	「多分、目力が強すぎるんでしょうね」
	そんな風に分析したのは藤内。
	その他の人は、大抵気味悪がるか気にしないかのどっちかで、わざわざ理解しようとする変わり者は
	居なかった。――タカ丸さん以外には。

	自分に無頓着な所為で、
	『くのいち教室の綾部喜八郎は、申し出れば誰とでも容易く寝る』
	とかいう、下世話で根も葉もない噂が立っているのは知っていた。でも、自分から否定するのはめんどくさい
	から、滝や先輩方が手を打って下さるのに任せていた。それでも完全には噂を打ち消しきれていないと解って
	いたけど、気にせずに放って置いた。

	だけど、その噂を聞いたっぽいタカ丸さんから告白された時。何故か厭な気分になったというか、無性に
	傷付いて、そんな自分に驚いた。その理由は、どれだけ穴を掘りながら考えても解らなくて、そのことにも
	少し苛ついていたある日。食堂で昼食を摂っていた僕の前に座ったタカ丸さんは、食べ終わって席を立とうと
	した僕を引きとめて、ニッコリ笑って話しかけてきた。

	「ねぇねぇ、綾ちゃん。綾ちゃんこの後、何か用事あって忙しい?」
	「……。いえ、別に」
	「じゃあ、ちょっとおしゃべりしない?」
	「話すことなんか、ありません」

	タカ丸さんの話術が巧みなのは、誰かに聞かなくたって知っている。だけど僕はあんまりだらだら無駄なことを
	話すのは好きじゃないし、丸めこまれてたまるか。なんて意地も、ほんの少しだけどあった。だから普段以上に
	つっけんどんな口調になってしまったのに、タカ丸さんは一向に気にすることなく、先を続けた。

	「あのね、綾ちゃんの、好きなことでも嫌いなことでも、楽しいことでも厭なことでも、好きな人でも苦手な
	 人でも、お気に入りの場所とかでも、何でも構わないから、1つ教えて?」
	「1つだけですか?」
	「うん。1つだけで良いよ。明日また1つ訊くし、明後日も明明後日もそのまた次の日も、1つずつ聞かせて?
	 そしたら、少しずつだけど、綾ちゃんのことを知れるでしょ? そうやって俺に、綾ちゃんの見てる世界を
	 見せて」

	この時不覚にも、「うまい」と思ってしまった。「僕のことなんか何も知らないのに」と、告白を断ったことが
	あるのを逆手に取られて、しかも僕が話をするのが好きじゃないのも計算済みで、おまけに短い時間とはいえ、
	毎日口を利く口実にもなっている。でも、その申し出はあんまり悪い気がしなくて、それが何だか悔しかった。
	
	「好きなことは、穴を掘ることです。……コレで気は済みましたね?」

	だから、せめてもの抵抗として、間違いなく知っているだろうことを答えて、その場を去ろうとした。すると
	タカ丸さんからは、思いがけない言葉が返ってきた。

	「うん。ありがとう。穴といえば、最近オレ、綾ちゃんの掘った穴は判るようになったんだよ。えっと、でも、
	 場所とか掘ってあることじゃなくて、落ちた時に、『あ。コレ掘ったのは綾ちゃんだな』みたいに判るんだ。
	 ……綾ちゃんの穴はね、滑らかで、無駄が無くて、綺麗な感じがするんだ」

	後でこの話を滝や立花先輩にしたら、「あの人、頭は大丈夫か?」みたいなことを言われたけど、僕はすごく
	嬉しかった。どこぞの委員長の塹壕とか、そこらの生徒が予復習で掘った穴と、僕の穴を一緒くたに扱われる
	のは厭で、だけど誰もそんなこと解ってくれなかったから。

	その後も、
	「滝のことは好きです」
	と言えば、
	「滝ちゃんも、綾ちゃんのこと好きだよねぇ」

	「立花先輩も好きです」
	には
	「うん。こっそり尊敬してるの知ってるよ〜」

	「藤内は可愛いです」
	にも
	「作法委員会の後輩さん達のこと、意外とお気に入りだよね綾ちゃん」

	とにかく何を言っても、ニコニコ頷いているか、「へぇ、そうなんだぁ」と目を丸くし、忘れないように
	書きつけるかのどちらかで、何となく余裕が感じられた。だから、別の反応も見てみたくなって、試しに
	「久々知先輩も好きですよ」
	と言ってみたら、一旦固まってから、気を取り直したように
	「どんな所が、どういう意味で?」
	と訊かれた。
	
	「……質問は、1日1つの約束じゃ無かったですか?」
	「あ、うん。そうだけど、じゃあ、明日の分ってことで」

	その、ちょっと慌てた感じに、―顔には出さなかったけど―満足したので、今まで滝にも話したことの無い
	理由を教えてあげた。

	「僕の勝手な印象かもしれないですけど、久々知先輩は、目力が強くて、考えが読み取り難い辺りが、僕と
	 似ていると思うんです。だから、久々知先輩なら僕の気持ちを解ってくれるような気がして、でも、よく
	 考えてみると、兄に欲しい感じかもしれませんが」

	「兄に」の辺りで、タカ丸さんが安堵の息を吐くのが聞こえた。そこでようやく、「ああ、この人は、本気で
	僕のことが好きなんだな」と納得し、その途端に、別の問題が生じてきた。



							●



	「どうしよう滝。タカ丸さんを、好きにならない理由が見つからない」
	「ならば、タカ丸さんの想いに応えて、付き合うなり何なりすればいいだろう?」

	夜。部屋で滝に相談したら、思い切り呆れた顔をされた。でも、そんな簡単な問題じゃ無くて……

	「でも、もし万一、心変わりをされたり、飽きられただけでも、僕は多分耐えられない」

	今は僕のことを好きかもしれないけど、いつかそうじゃなくなるかもしれないし、僕のことを全て知ったら、
	そこで興味が無くなるかもしれない。それでもタカ丸さんは優しいから、僕を捨てずに、我慢して側に居て
	くれるかもしれない。でも、どう転んだとしても、僕はタカ丸さんの心が、僕から離れたと気付いた瞬間に、
	正気を失って何をしてしまうか分からない。そう零すと、滝は僕を落ち着けるように、彼女にしては珍しい
	表情で、優しく笑った。

	「安心しろ。もしもそうなった時には、お前よりも先に、私が制裁を下してやる」
	「……。立花先輩の受け売り? でも、ありがとう滝」

	2年位前に、善法寺先輩が潮江先輩と付き合いだした頃、そんな感じの宣言を、立花先輩がしているのを
	聞いたような覚えがある。ただしアレは、「泣かせたら」だか「傷つけたら」だった気もするけど。

	「ああ。立花先輩が善法寺先輩を想うのと同じ位、私にとってもお前は、その、大切な…親友だからな」

	そこで照れる辺りが、まだまだだよね、滝。でも本当にありがとう。言ったこと無いけど、僕にとっても滝は
	多分親友だよ。

	「で、だな。私が今のお前にしてやれることは、精々がこうして話を聞いてやることと、力を貸すという
	 約束程度なのが歯痒いが、先輩方ならば、おそらくもう少し具体的な打開策なり、助言を下さるのでは
	 無いかと思うので、相談してみたらどうだ」

	それは僕も考えたけど、立花先輩は本当はただの耳年増だし、善法寺先輩も参考になるとは、あんまり思え
	ないんだけど。

	「それでも、聞かないよりはマシだ」

	まぁ、確かにね。……ってことで、お二人の部屋を訪ねて相談を持ちかけたのは、次の日の放課後。
	結果から言えば、経験者は凄いというか、善法寺先輩は意外と偉大だったというか、とりあえず相談して
	みて正解だった


	
	「大丈夫。人は変わるものだから、一生掛かっても、相手の全てを知ることは出来ないよ」

	僕の話を聞き終えた後の、善法寺先輩の第一声はこんな感じだった。

	「私なんか、下級生の頃は、乱暴で煩いから文次郎のこと苦手だったし」

	立花先輩に言わせると、下級生の頃の潮江先輩は、「好きな子ほどいじめたい、典型的な馬鹿ガキ」だった
	らしく、じゃあ何がきっかけで見方が変わったのかと訊いたら、

	「別に大したきっかけは無いよ。単に、お互い成長して、ちょっとずつ慣れたり、歩み寄っただけ。ぶっちゃけ
	 ちゃんと意識してみたのも、告られた後だし」

	それが今や、「七不思議のひとつ」と言われる位、仲睦まじいとは、凄いですね。
	とか言ったのは滝。確かにそのことも、アノ潮江先輩を手玉に取っているのも凄いけど、あんまり参考には
	ならないような。そんな風に思っていたら

	「最初はどうであれ、今の私は文次郎のことを好きで、彼の隣にいられるように努力もしたし、これからも
	 努力していくつもりもある。それと同時に、文次郎の方も私に愛想を尽かされないように頑張っている
	 みたいだし、お互いに前とは変わったって、よく周りにも言われる。つまりは、お互いの心掛け次第だよ」

	ニッコリと笑うその笑顔は、何だか余裕と貫禄に満ちている感じがした。

	「飽きられるのが嫌なんだったら、興味が尽きることが無い位、新しい面を見せていけばいいんだよ。で、
	 それは無理に変わろうとなんかしなくても、自然に変わっていくものだし、自分の為に、自分の好みに
	 合わせるように変わっていったら、より一層惚れることはあっても、愛想を尽かすことは、多分無いから」

	更に「焦らしたり、試してみるのも手だよ」なんて付け加えられた辺りで、完敗だと思った。そういえば
	兵太夫や伝七が信じている「告白させた方の勝ち」は、善法寺先輩発だって、誰かが言ってたような。


	「後はね、一回しっかり話し合って、確認取ってごらん。多分君達の場合は、それが大事だと思う」
	「……はい。ご教示ありがとうございます」

	穏やかな声での有益な助言に、僕が素直に謝辞を述べて頭を下げると、
	「うわー、素直な綾部可愛いー。いいなぁ、仙蔵。こんな可愛い後輩居て。でも、うちの左近や数馬も
	 可愛いけど」
	とかいう、はしゃぎ声が聞こえた。……どっちが素なんだろう、この人。滝も何か引いてるし。

	「おっと。ごめんねぇ、つい。でもまぁ、とにかく、自分に素直になって、頑張ってねv」

	照れ笑いを浮かべてから、ふんわり笑った善法寺先輩は、同性の僕の目から見ても可愛くて、どことなく
	タカ丸さんと似た雰囲気がした。……多分、どう頑張っても、僕はあんな風には笑えない。それどころか、
	下手したら、下らない独占欲で束縛して、タカ丸さんからアノ笑顔を奪ってしまうかもしれない。そんな
	風に不安になっていたら、顔に出していないのに気が付いて、

	「だから、そこの所も含めて、話をしておいで」

	と言ってくださった。



	「そこまでオレのこと好きになってくれて、ありがとう綾ちゃん。でも安心して。俺これでも、結構
	 しぶとくて執念深いから、そんなに簡単には諦めてあげないから」

	意を決して話してみたら、タカ丸さんはそう言って、ほんの一瞬ニヤリと笑った。……もう、「遊び」だとは
	思わないけど、この、町育ちの元髪結いの人を舐めていたかもしれない。その表情を見た瞬間「捕まった」と
	感じたのは、多分気の所為じゃない。だけど、それはそれで悪くないとも思ったし、この人なら、良い意味で
	変わらないだろう。


	「……覚悟しておいて下さいね。自分でも初めて気付いたんですが、僕、結構重いですから」
	「喜んで。望む所だよ、綾ちゃん」


	先のことなんか分からないけど、きっと大丈夫。そう思わせてくれる、この能天気な笑顔に、多分僕は
	救われたんだろうな。




以前参加させていただいた女体化アンソロのに、 「続き書かないんですか?」 と言ってくださった方が居たので書いてみましたが、コレ単体でも大丈夫……な筈です。 アンソロの時は、綾部目線は難しいし、タカ丸目線も思い付かなかったので何故か滝目線。とかいう妙なことに なっていましたが、今回は試行錯誤の結果綾部目線で。やっぱり、難しかったです。(オチも何か変だし) そしてゲストキャラな伊作姉さん最強(笑) さて、姫様。こんな代物でよろしいでしょうかね? 2009.12.31