これは、私の友人の話である。
	という前置きの元、実は自分の話であることも珍しくはない。しかし本当に私の友人―親友と呼んで
	やっても構わない―の話であり、何故それをこの私がしてやるのかというと、見ていてもどかしく
	じれったくて、ついでに相手が少々不憫に思えて仕方ないからに他ならない。

	奴の名は綾部喜八郎。学園一の美少女で成績も優秀な才色兼備のこの私―平滝夜叉丸―とは系統が違うが
	整った顔立ちで、何を考えているのかよく解らない所が魅力だ。などと周囲には言われているが、私から
	すれば手のかかる猫のような娘である。
	趣味は穴掘り。特技はタコ壷作りと、罠の解説。学園中の至る所に穴を掘りまくるのが日課と化しており、
	その泥まみれになった顔を拭いてやり、風呂に連れて行ってやるのが私の日課にもなっている。
	喜八郎は、美少女のくせに己の容姿に無頓着なので、少しくらいの土汚れなら、そこらの井戸で水浴びをする
	だけで済まそうとするし、多少衣服が乱れていても気にしない。それを見兼ねた私が世話を焼いてやるように
	なり、いつしか喜八郎は、私が迎えに来るのを待つようになったように思うのは、おそらく私の錯覚ではない
	だろうが、私以外の者は気付いていない可能性もある。
	何しろ奴は、基本的に無表情で口数も少なく、他者への興味も、ほとんどと言っていい程無い。しかも、常に
	あらぬ方向を見ており、人と滅多に目を合わせず、話も聞いていないことが多い。それ故、奴に苦言の一つも
	呈してやる者など、私か、奴の所属している作法委員会の立花仙蔵委員長や、同じく作法委員の一級下の浦風
	藤内程度しかいないだろう。

	作法委員会は、そもそもの委員会の活動内容が戦の作法から礼法まで、幅広いありとあらゆる作法に関する
	ことであるのに加え、所属している委員に見目麗しく好奇心旺盛な者が多い為、「経験豊富らしい」などと
	いう噂が、男子生徒の間でまことしやかに囁かれているという。しかし、少なくとも私が知る限りでは、
	立花先輩はあれで案外純情らしい(と、彼女の親友である、善法寺伊作先輩が仰っていたのを聞いたことが
	ある)し、下級生達は単に少々情報通で耳年増なだけである。
	更に言えば、立花先輩は御自分の容姿に自負があり、自身の価値も下世話な噂もご存じで、その上であえて
	高嶺の花として振舞われている節があり、下級生達もいずれ同じ様な、高値の花然とした態度の者に育つ
	だろうことは明白だ。……故に、問題は喜八郎だけと言えるだろう。
	奴は、ここまでで話した通り、己の容姿に全くと言って良い程無頓着で、何を考えているか余人には到底
	解らない。その為、何時の頃か囁かれるようになった、愚かな男共の下世話な噂の最たるものが、
	『くのいち教室の綾部喜八郎は、申し出れば誰とでも容易く寝る』
	という、根も葉もないものだった。この噂を、私に初めに教えてくださったのは、委員会柄その手の噂を耳に
	し易い、保健委員の善法寺先輩で、ご自身の親友であり奴の直属の先輩でもある立花先輩ではなく、私に先に
	伝えてくださったのは、私の方が、その噂の真偽についてよく知っているのではないかと考えたからだという。
	その時は、勿論私はそれを即座に否定し、善法寺先輩も同期などの親しい男子生徒を通じて噂を打ち消すよう、
	働きかけようとしてくださった。けれど未だ水面下で囁かれ続けていると知ったのは、つい最近のことになる。