俺が「ソレ」を思い出したのは、何のきっかけも前触れもない、いきなりのことで、思い出した直後は自分の
	頭を疑った。けれど、日を追うごとに「ソレ」の内容は、どんどんハッキリと詳しくなっていき、意を決して
	真偽を確かめてみることにしたのは、思い出してから二週間ほど経ってからのことだった。


						△


	「三之助、左門」
	「何だ?」
	「どうした作?」

	恐る恐る俺が声を掛けると、能天気そうにこっちを見た、保育所からの付き合いの俺の幼馴染共の名前は、
	次屋三之助と神崎左門といい、むやみやたらと古臭いのは、祖父さんが命名したからなのと、親が時代劇
	好きだからだと、いつだったか聞いた。

	「あの、な。笑わないで聞けよ。……その、お前ら、前世って信じるか?」

	俺が二週間前にいきなり思い出したのは、いわゆる「前世の記憶」というやつで、その記憶の中に三之助も
	左門も居て、今とまるきり同じ名前で、見た目も性格も殆ど同じ、方向音痴の単純馬鹿だった。だけど、
	流石の馬鹿共でも、そんな話をあっさり信じる訳が無いから、俺はこいつらに話すかどうかを悩んだんだ。
	それなのに……

	「信じるって言うか」
	「覚えてるもんなぁ、俺ら」
	「は?」

	顔を見合わせて当然のように言う二人が、何を言っているのか、俺は一瞬理解出来なかった。

	「だから、忍術学園の生徒だった頃のことなら、俺も左門も覚えてるぞ」
	「けど、作は覚えてなかったっぽいから、言わないでいただけだ」

	……。お前ら、俺の二週間分の苦悩を返せ! ああ、けど確かに思い返してみれば、初対面の時に、いきなり
	「作だ!」と指差され、何故名前を知っていたのか、親も保育士の先生も首を傾げていたような気も……

	「でさ、俺らの担任のみなみ先生って……」

	そう。本題はそっちなんだ。この馬鹿達が前世のことを覚えていて、その記憶が俺のものと合うんだったら、
	話は早い。そうやってさっさと切り替えでもしないと、こいつらと真面目に話そうとするのは、馬鹿馬鹿しく
	思えてくるからな。

	「藤内だろ?」
	
	案の定、俺の二週間分の苦悩は瞬殺された。

	「やっぱり、お前らもそう思うか? でも、確か彼氏いるって、前に聞いたよな??」

	俺らは一年の頃からずっと同じクラスで、担任は低学年の時だけ違う人だったが、三年からは変わっていない。
	いつもきっちり髪をまとめ、薄化粧にスーツ姿で、あんまり笑わないけど頭が固いわけではない、キツメの美人。
	そんな三波藤菜(みなみ ふじな)先生は、かつて俺らと同い年の友人だった可能性がある。だから俺は、
	それを確かめたものかどうか、悩んでいたんだ。

	「ん〜。作みたいに、生まれ変わりだけど、覚えてないんじゃないか?」
	「だとしたら、大人の女の人なんだから、彼氏居てもおかしくないだろ」

	確かにそうだけど、何でそんなあっさりと納得出来るんだよ! かつて自分達の男友達だった奴が、女に
	生まれ変わってて、しかも担任教師で、彼氏持ちなんだぞ!?

	「だって他にも、保健室の川西ちゃんとか、家庭科の二ノさんとか、あと今四年の土井先生んとこの奴らも、
	 何人か女だし」

	……えーと。確かに言われてみれば、うちの学校の保健医は、フルネームがそのままな1つ下の保健委員だった
	川西左近だし、家庭科の二郭いすず先生は、2つ下の二郭伊助か。

	「あと、去年までPTAの会長してたの滝夜叉丸先輩で、その娘が綾部先輩だったよな」

	前のPTA会長って、「平野」とかいう、何か偉そうで妙に若い美人で……ああ。確かにありゃ一つ上の
	平滝夜叉丸先輩で、娘は綾部喜八郎先輩だった気がしてきた。

	「それと2こ上の児童会長一味も、四人共アノ頃の先輩の筈だぞ」

	2年前の児童会……ハチヤ会長と、ククチ副会長に、書記がタケヤとフワ。字は忘れたというか、端から
	覚えてないが、確かそんな苗字で、副会長と書記の片方が女子で、よく考えてみるとアノ人達だったかも
	しれない。

	「それ言うなら、理科の池田とか図書の能勢っちとか、こないだ交通安全指導に来た警官はしろと金吾だし、
	 金吾の姉ちゃんが滝夜叉丸先輩らしいぞ」

	……何でお前ら、そんな詳しく覚えてんだよ。前世のことはともかく、その頃の知り合いがどこの誰かとか、
	よくそこまで把握してるもんだな。

	「だって、向こうは覚えて無かったり分かんなくても、やっぱり懐かしいし」
	「それに、覚えてる奴と話すんのも楽しいから」

	ああ、そうか。こいつら相変わらず馬鹿だけど、実年齢に前世の人生分が足されてるから、結構大人な所も
	あるんだな。

	「金吾としろは覚えてて、ウチのガッコの先生達とかと付き合いあるっぽいから、訊きに行くか?」
	「三波ちゃんと川西ちゃんとニノさん、よく保健室や家庭科準備室でダベってるから、覚えてるかどうかなら、
	 絶対判る筈だぞ」

	という訳で、放課後元体育委員の後輩達―二人共近所の警察署勤務らしい―に話を訊きに行くことにした。


	「もし記憶無いんだったら、彼氏は一般の、無関係な人の可能性もあるわけか」

	教室に戻りながら―実は、三波先生本人の耳に入ると厄介な気がしたんで、昼休みに校庭の隅に連れ出して
	話していた―俺がそう呟くと、左門と三之助からは

	「でも、前に『カズ』って奴と電話してるのが、聞こえたことあるぞ」
	「あ、俺も。結構何度もあるし、口調も何か違った」

	との証言が返って来た。

	「てことは、つまりその『カズ』ってのが、数馬かもしれないってことか。……ありそうだな。アイツなら、
	 記憶があるなら必死で探して落としそうだし」

	正直「カズ」がつく名前は、そう珍しいものではないんで、別人の可能性もある。けど、ここまで周囲に
	前世の関係者が揃っているとなると、確率的にはかなり高いと思うし、前世の数馬は―友情とか兄弟的な
	意味合いで―藤内に対して独占欲丸出しだったもんな。