相変わらず詰めが甘いな、作。俺本人に聞こえないように、教室と職員室の傍で話すのは避けたんだろうが、
	お前らが今居るのは、印刷室の窓の真下だ。だから全部聞こえてるよ。でもって、やっぱりそういう風に
	勘違いしていたか。まぁ、そうだよな。


							▲


	三波藤菜。二十七歳。女。職業は小学校教諭。それが今の「俺」で、「浦風藤内」だった前世のことは覚えて
	いるが、あくまでも「過去のこと」として割り切っている。
	同居人というか同棲中の彼氏というかは、一応高校からの付き合いで、義妹の話をしたら

	「ああ。『三は』で『三波』か」

	と納得した、記憶持ちの前世での友人・伊賀崎孫兵。ついでに、小四の時に親が再婚して出来た義妹は、俺と
	同じく女に生まれ変わった元三反田数馬―今の名は「かずみ」といい、俺は「カズ」と呼んでいる―で、俺が
	初めて再会した前世の関係者だった。


	今世の俺を産んだ母親は、俺が四歳の時に病死して、その母親にベタ惚れで仕事馬鹿だった弁護士の父親は、
	遺された幼い一人娘―俺―をほったらかしにして、より一層仕事に打ち込むようになった。そしてある時、
	DV夫から娘を連れて逃げていたカズの母親と知り合い、何か気が付いたら良い感じの関係になったらしい。
	そんなわけで
	「これは母さんへの裏切りではない」
	と、責めていないのに再三言い訳する父親に、初めて新しい母親候補達に引き合わされたのは、小三の時のこと
	だった。

	生まれた時からおぼろげにあった前世の記憶が、はっきりしたのはカズと初めて顔を合せたその瞬間で、つい
	「……数馬?」
	と呟いてしまった俺に、カズは訝しげな顔をする事なく、ふんわり笑って

	「ううん。今は『かずみ』」

	とだけ答えた。それ以上は、親達の前でだと不審がられるだろうと考え、無邪気な子供を装って遊びに誘う
	振りをして、親達から離れた所まで連れて行き

	「……数馬の、三反田数馬の、生まれ変わりなんだな? 俺のことは、わかるか?」

	と尋ねると、カズは自信無さげに

	「うん。多分ね。えーと……」

	と首を捻り、記憶を辿りだした。

	「藤内。浦風藤内だ。覚えているか?」
	「何となく。全部覚えてる訳じゃないというか、覚えてることの方が少ないけど、親友だった気がする」

	その後再会した記憶持ちの中には、最初から全て正確に覚えている奴も居れば、おぼろげだったり覚えて
	いなかったのが、何かのきっかけではっきりした奴も、徐々に明確になっていった奴も居る。その一方で、
	ずっとおぼろげなままの奴も居て、カズは「自分が室町の世に生きていた、三反田数馬という男だった」と
	いう基本情報以外は、時々チャンネルが合うと

	「あ。それは覚えてる」

	などと返ってくる程度で、ついでに孫兵は、全体的にうっすら覚えているが、細部は思い出せないらしい。
	だから俺は、前世は前世として、それを踏まえた上で、また新しく関係を築いていくことに決めた。そういう
	考え方は、結構稀らしいけど、前世に拘り過ぎていたら今の自分や相手に失礼だろうから、当然のことだと
	思うのは、俺だけか?
	そう言ったら、
	「中々そんな風には割り切れません」
	と返してきた奴も居れば、
	「お前らしくて悪くない」
	と笑った人も居た。けれど俺からすれば、他の記憶持ちの旧知の連中も、それなりに割り切って、折り合いを
	つけながら今の人生を送っているように見えるから、程度の差だと思うんだけどな。

	それはともかく、カズは―お互いに前世の記憶があることが関係しているのかは判らないが―再会した時から
	俺べったりで、周囲には「度を越したシスコン」として認知されている。何しろ今のアパートに引っ越した時
	には一緒に隣に越してきて、ほぼ毎日俺らの部屋に入り浸っているし、二日に一回は

	「藤ちゃ〜ん」
	「あー、はいはい。今日はどうした、カズ?」
	「あのねぇ」

	なんて、些細なグチや泣き言から、時には下らない報告だの雑誌やテレビで見た話題などの電話を、仕事の
	合間―カズは近所の薬局勤め―に掛けてくる。多分、それを聞いたことがある誰かが、「カズ」を彼氏の名前
	だと勘違いしたんだろうな。
	それを否定する気はないし、確かに孫兵よりカズの方が言動だけだと恋人っぽいけど、前世に付き合いがあって、
	現世で再会した記憶がある知人には、概ね本当のことを話してあるから、左近とか伊助……じゃなくて、いすず
	ちゃんもしくはニノさん。や、左近の彼氏(偽装)の元時友四郎兵衛―現世名は「司郎」だから、相変わらず周囲
	には「しろ」と呼ばれているようだ―は知っている。ちなみに俺らは、左近達と違ってガチで付き合っていて、
	来年辺りに結婚する予定で準備を進めているし、子供を作る気もある。と話したら、本気で驚かれた。……その
	辺りが「割り切ってる」ってことなんだけどな。

	今の小学校で最初に顔を合わせた時から、元ろ組の三人は判ったし、作以外の二人は記憶があるのにも気が
	付いた。それでも黙って、何食わぬ顔で接していたのは、騒がれたくなかったから。アイツらもそこまで馬鹿
	ではないだろうが、左近経由で時友達の話を聞いたりすると、前世と現世をごちゃまぜにしたような態度を
	とっているらしいので、仮にも担任教師としての示しが付かないのは嫌だと思ったし、やはり孫兵とのことは
	アイツらには色々衝撃がデカイだろうから、バレたらそっとしておいてはもらえないだろう。という思いもあった。
	だから、毎日約一時間掛けて髪をまとめ、三十分掛けて「薄化粧に見える特殊メイク」の異名―そう評したのは
	カズだ―を持つ化粧を施しているので、パッと見では判らない筈だが、気付いた迷子共は流石だと思う。作は、
	直感ではなく連想だろうな。ここの所、妙に視線を感じたし。
	さっきも言った通り、結婚するとしたら来年以降なのは、全て作対策。記憶は多分無いだろうと思っていたけど、
	アイツの場合、色々グルグル考えた挙句言わないようにしていた可能性も有り得そうだと考えたから、孫兵が
	納得したような、カズを併せて連想をしないと解らないだろう「三波」はともかく「伊賀崎」はアウトな気がした
	ので、奴らが卒業するまでは……。が一番大きい要因だったりする。
	けど、作の記憶が最近甦ったってことは、バラす潮時なのかもしれない。……近い内に、ちょうど良い機会も
	あることだしな。



2010.3.28 一部加筆修正


   一覧