今を遡ること5年前。当時の1年は組に所属していた生徒達が、
		「善法寺ってさぁ、意外に可愛くね?」
		などと気がつき口にしだしたのは、入学から3ヶ月程経った初夏のことだった。


		善法寺伊作は、入寮日の騒動の所為で、それなりに目立つ生徒ではあった。しかしその
		騒動のもう1人の張本人である立花仙蔵は、あらゆる意味で伊作よりも遥かに目立つ
		存在だった上、他の友人達もそれぞれ強烈過ぎる個性を持ち合わせているため、その中に
		埋没してしまっていたのだった。

		何しろ仙蔵は、そんじょそこらの女子よりも整った顔立ちで、入学式の新入生代表を務め、
		口説いてきた先輩をこっぴどく振り、おまけに逆上して殴りかかってきたのを軽く返り討ちに
		したとかいう噂が、まことしやかに囁かれていた。しかも実はその噂が、脚色無しの事実で
		ある辺りが恐ろしい。と、彼を知る者皆が思っていたりもする。

		そして他の連中は、有名スポーツ一家の息子であり、本人も化け物並の身体能力を持つ
		七松小平太。大御所時代作家である父に似たのか、中学生とは思えない落ち着いた風格の
		中在家長次。何故かは知らないが、顔を合わせる度につかみ合いのケンカになる馬鹿共の
		ようで、成績の上位争いまでしている潮江文次郎と食満留三郎。
		伊作は、大抵その5人と行動を共にしており、
		「その連中の後ろを、救急箱を持ってパタパタとついて回っては、手当している奴」
		程度の認識しかされていないことがほとんどだったのだ。


		では、何故3ヶ月も経ってから、クラスメイト達が気付いたのか。

		1つは、暖かくなって来てブレザーをあまり着てこなくなったことで、その下のパステルカラーの
		カーディガンやらセーター姿が目に付き易くなったから。
		もう1つは、保健委員としての彼に、保健室や通りすがりに手当されることで、直接接した生徒が
		増えてきたため。
		そして最後に、体育の授業の邪魔になるので、野暮ったい眼鏡を外したから。
		の3つが主な理由がとしてあげられる。

		入学当初の伊作は、邪魔そうな前髪と野暮ったいメガネで顔を隠していた。しかし体育の授業が柔道に
		なってからは、その時間だけ外すようになり、ついでに理科の実験中に焦げて前髪を切り、挙句の果ては
		中等部の3年間で5回メガネが壊れて―壊されて―買い替えたので、高等部から開き直ってコンタクトに
		変えた。その頃には、すっかり「不運小僧」として有名になっているのだが、この時点ではまだ「何か
		ちょっと運が悪そう」程度にしか思われていなかったという。



		一応女子部はあれど、校舎も校庭も寮も完璧に隔てられ、しかも
		「文武両道って言えば聞こえが良いけど、アイツら俺らより強くて何か怖いんだけど」
		な女子生徒が大半を占め、全寮制で片田舎。
		そんな所に押し込まれた血気盛んな小僧共は、大抵において欲求不満気味である。
		しかし、かといって犯罪に走る程、餓えてもいないし馬鹿でもない。…と思う。

		が、そんな野郎共の中に、見た目や性格が―いっそ女子部の生徒よりも―大人しそうで可愛らしいのが
		居たら、愛でるしちょっとよろしくない妄想の一つや二つ抱いてみちゃったりする。それが男子中高生
		というものである。	


		というわけで、自分のクラスにアイドル候補を見つけた当時の1‐はの馬鹿連中は、どうにか伊作に
		近づこうとしたが、普段は同じクラスで寮でも同室の留三郎を初めとする鉄壁の友人達が居て無理だし、
		伊作自身が保健委員の仕事をしている時以外は、少々人見知りするタイプなことも見えて来ていたので、
		今一つ良い口実をでっち上げることも出来ずにいた。

		そんなある日の体育(柔道)の授業中。馬鹿共に絶好のチャンス―総当たりで模擬試合をすることに
		なった―がやってきた。しかし、「これで堂々と触れる☆」と内心浮かれたのもつかの間。組んだ
		端から投げられていき、ついには先生から待ったがかかったのだ。

		「善法寺。お前、白帯のようだが、柔道経験あるのか?」
		「あー、えっと…はい。小学生の時に習ってたんですけど、昇段試験の時に限って、調子が悪かったり
		 怪我しちゃってて、それで段は取れてないんです」
		「てことは、実力だけはそれなりにあるということか。それじゃ、なるべく他の経験者と組むようにしろ。
		 誰か居たよな?」

		結局、クラス内で黒帯だったのが、留三郎だけだったため、おいしい思いのできた奴はいなかったという。




		「ま、本当は柔道習ってたのはお兄ちゃんの方なんだけど、たまに『行きたくない』って駄々こねた
		 時に入れ替わって僕が行ってたんだ。師範は気付いてて見逃してくれてたけど、流石に試験の日は
		 本人が行かないと駄目じゃない。…ってことで、経験はあるけど白帯なんだ。本当は、僕も一緒に
		 習いたかったけど、あの頃の母さんは『女の子にそんな危ないことさせられません!』の一点張り
		 でね。今の状況になってからは、護身術の一つも覚えておかないと逆に危険だからって、2年だけ
		 だけど少林寺習ってたよ」

		とは、伊作が仲間内にだけ語った真相だが、何にしろ武術の心得があることは判明したので、
		不埒な行動に出ようとする輩は、その後もほとんどいなかったという。



続く


中1時だけど、以降も周囲の認識はこんな感じ。 直接どうこうするのは諦めたけど、事あるごとに観賞用として、女装させたり姫さん扱いする お祭り馬鹿が多い、現1はノリに近いクラスだと思われます 2009.4.8 (2010.7.13 少し加筆)