大川学園に在籍していた頃、6人の中で他の5人全員の携帯番号およびアドレスを知っていたのは、実は
		伊作・仙蔵・長次の3人しか居ない。
		何故なら、文次郎と留三郎はお互いの情報を登録しておらず、小平太は一応携帯を持ってはいたものの
		基本的に携帯しておらず、おまけに自分から掛けることはまずないので、掛けて来る可能性の高い長次・
		伊作・実家・滝夜叉丸・厚着辺りの番号だけは、長次が登録してやったような体たらくで、ついでに
		文次郎と仙蔵がお互い登録してあったのは、同じクラスだったので連絡を取らなければいけない状況が
		あった為で、卒業後消去しなかったのは、ただの気まぐれでしかなかった。



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		「……文次郎か。何の用件だ」

		大川を卒業し、進路が別れて以降一度も連絡を取ったことの無かった相手から、3年半ぶりにいきなり
		電話が掛かって来ても、長次の声には特に驚いた様子も訝しがる様子も無く、かつて些細な用で電話を
		掛けた時と同じように端的に用件を訊ねて来た。

		「一昨日、伊作……兄貴の方な、が俺の所に来た。んで、妹が結婚するって話を聞かされたんだが、お前は
		 知っていたか?」
		「ああ。本人から聞いているし、相談もされた」
		「……どの、本人だ?」

		文次郎と小平太以外の4人は、元々旧知だったとはいえ、留三郎の実家の旅館で顔を合わせていただけ
		なので、仙蔵と伊作兄妹以外は地元が違う。その為、近況はお互いに話していなければ知らない筈だと
		文次郎が気付いたのは、長次の最初の返答を聞いている最中で、「兄から聞いた妹と友人の結婚話」の
		当事者は3人居て、その中の誰から聞いたかで随分と印象が変わることにも、同時に気が付いた。

		「3人全員と、留三郎からもだ。……兄の方の伊作と留三郎から聞かされたのは、諦め半分のグチだが」

		長次にしては珍しいような、勿体ぶった話し方とその内容から、文次郎は彼が自分からの電話も用件も
		予測していたのだろうと感じ取った。そして兄と留三郎のグチは、単なる「妹の結婚を祝福しきれない
		シスコンな兄の心境」だろうからどうでもいいが、残る当人達が何をどう相談したのかが、自分の最も
		知りたい内容に違いない事を確信した。そのことを長次も分かっているようで、文次郎が訊く前に

		「……当人達からは、要約すると、仙蔵には『素直に喜んでいいのか分からない』、サヤからは『これで
		 いいんだよね』と訊かれた」

		との、簡潔で解り易い答えが返ってきた。それだけでも、充分兄の推論が正しいことの証明になるように
		思えなくもなかったが、更に詳しく訊いてみた所、仙蔵は婚約話が両家の間で持ちあがった時点から、
		「妥協案のように思えて仕方ない」
		「こんな形で手に入れても、あまり嬉しくない」
		などと、グチなのか相談なのかよく解らない電話を掛けてきて、サヤこと伊作の妹は、報告の電話の声が
		空元気にしか聞こえなかった上、
		「これが一番良い道だって、長次も思ってくれるよね?」
		と問い掛けて来たり、最後にポツリと
		「いつまでも引き摺っている訳にいかないしね」
		と零したのだという。

		「各々、自分にコレで良いのだと言い聞かせ、納得しようとしてはいるが、腑に落ち切っていない。
		 それが、俺の所見だ」

		それも、あくまでも長次の私見に過ぎないとはいえ、おそらく正しいのだろうと文次郎は感じた。本人に
		訊かない限り理由までは解らないが、文次郎が未だに彼女のことを割り切ることも忘れることも出来ない
		ように、彼女の方も文次郎を忘れられないないしは、整理がついていないのだろう。


		「……兄貴の方に、仙蔵と話しさえつけりゃ好きにして構わねえと言われたんだが、お前はどう思う?」
		「葛藤を抱えたままでいるよりは、決着をつけた方が良いだろうな。……ただし、サヤを泣かせるような
		 結果になった場合は、俺もお前の敵に回るので、覚悟はしておけ」
		「……胆に銘じとく」

		ただでさえ低音の長次の声が、更に下がった瞬間。文次郎は背筋に寒気を覚えたが、その程度で怖気づく
		ようでは仙蔵と対峙することは無理だろうし、それだけ彼女が友人達にとって大切な存在なのは解って
		いるので、覚悟を決めるように―電話越しでは見えないのは解っているが―頷き、情報提供の礼を述べて
		電話を切った。
		そして、そのまま続けて仙蔵に掛けようとしたが、誠意を表わすためにも、直接会って話した方が良い
		だろうと思い直し、

		”いさの件で話があるんで、日時と場所を指定しろ”

		という、単刀直入なメールを送ってみた。すると、すぐさま

		”今週末 13時 ○○駅西口”

		との簡潔にも程がある返信に続いて、

		”覚悟は出来ているのだろうな?”

		との問い掛けが返ってきた。それに対し、文次郎は「でなきゃメールするかよ」と返したが、仙蔵からは
		それ以上の返信は来なかった。



続く


「短期集中」と銘打っておいて、半月ぶりでスイマセン 残りは多分あと2〜3話で、今度こそ集中的に書く予定です 2010.8.17