文次郎の知る立花仙蔵という男は、中等部に入学したての頃から誰よりも偉そうで、しかし一応態度に
		見合うだけの才能や実力も持ち合わせており、女顔はコンプレックスだったようだが、状況によっては
		最大限に活用し、趣味は護身具―特にスタンガン―の改造という、過激で俺様かつ女王様な奴だった。
		そして、教師などの目上の人間にはキチンと敬意を払うし、基本的に礼儀正しいが、その他に対しては、
		伊作以外で対等な扱いを受けていたのは長次位のもので、概ね下僕扱いで、特に文次郎に対する態度は、
		私怨もあって、かなり高圧的で酷かった。
		大川時代は、そんな扱いに抵抗し文句も遠慮なく言いまくってきたが、今回はそうもいかないことも、
		文次郎にとっては、交渉内容と同じ位気が重い要因の一つだった。更に、仙蔵が元々時間にも相当煩い
		性質なのを知っていたので、指定された時間より優に30分は早く着いたが、以前なら遅くても5分以上
		前に現れる筈の仙蔵は、時間になっても姿を見せず、「まさか場所を間違えたか」と文次郎がメールを
		確認しようとした矢先。

		”向かいのカフェ”

		というメールが仙蔵から送られてきたので、その店がある方に目を向けると、テラス席で優雅にお茶を
		飲んでいる仙蔵の姿が目に入った。


		「……てめぇ、いつからそこに居た」
		「1時間程前だな。この店のランチセットが気に入っているからこそ、待ち合わせ場所に指定した」

		つまり、自分が到着する前から、昼食を摂りながらそこに居て、時計や携帯を気にする様を眺めていたの
		だと、一切悪びれることなく答えた仙蔵に、文次郎は文句の1つや2つや3つも言いたかったが、ここで
		すぐさま機嫌を損ねられては話にならないので、ぐっと飲み込み、
		「この先も、こういう些細な嫌がらせが続くんだろうな」
		と、自分の忍耐がどこまで持つか早くも不安になりつつ、向かいの席に腰を下ろした。



								△


		文次郎は、自分が大川に在籍していた頃、「伊作」と呼んでいた少女に惚れていたことも、未だに忘れる
		ことが出来ていないことも事実だが、いつだったか「付き合った理由は、一緒に居て楽だから」だと本人
		から聞いた覚えもあるため、彼女の側から想われているとは、これっぽっちも思っていなかった。だから
		こそ、彼女が自分からのメールや着信履歴を心の支えにしていたらしいことや、ずっと連絡を待っていた
		と兄から聞かされた時、その推測が信じられなかった。
		それでも、事故前の話を聞く限りだけでも手の施しようのないシスコンだった兄が、その手のことで嘘を
		吐く―というより、最愛の妹が恋をしている可能性を認める―とは思えなかった上、試しに意見を訊いて
		みた長次からも、それを裏付けるような証言を聞いた。
		しかし、兄が訊ねて来たことや、彼が語った内容をかいつまんで話した時点で、仙蔵は

		「彼女がこの3年半で、お前への想いを口にしたことは、私の知る限りでは一度もない」

		と、バッサリと切り捨てた。

		「ただ、お前のデータの入っている携帯を親に見つかりかけて、自ら壊したことは知っている」

		文次郎の、複雑そうな「……そうか」という答えの後、仙蔵は少し間を置いてからそう付け加えた。

		「どういう、ことだ?」
		「親に取り上げられて中を見られそうになった携帯を、窓の下に投げて大破させた。と、兄の方から
		 聞いた。基本的に親に逆らえない彼女の行動としては大分異様だが、関係や素性がバレて、お前に
		 累が及ぶのを防いだ。といった所だと、解釈出来なくもないな」

		淡々とした口調を保とうとしつつも苦々しげな仙蔵の証言に、文次郎は耳を疑いかけた。

		
		「本心が知りたくば、直接訊け。ただし、恋敵への橋渡しなど真っ平御免なので、一切協力はしてやらん。
		 ……私にとって、彼女の、サヤ自身の意思を尊重し、その望みを叶えることが最重要だからな。サヤが
		 自分で選んだ道ならば、異論は唱えん」

		文次郎は、仙蔵も彼女に想いを寄せていたことは、付き合うことが決まった頃に仙蔵本人から脅し付きで
		聞かされたので知っていた。だからこそ兄から結婚の話を聞かされた時、不本意ながら納得し、対決なり
		交渉をしろとけしかけられはしたが、無理だろうと半ば諦めかけてすらいた。しかし仙蔵は、ハッキリ
		明言はしないまでも、「彼女が文次郎を選ぶのならば、黙認し、諦める」との意味に取れそうなことを
		口にした。そのことにも驚いたが、
		「……良いんだな?」
		と念を押すように問うと、

		「好きにしろ。ただし、以前も言った通り、生涯私はお前を許しはしないし、万一少しでも不幸にした
		 日には、死ぬよりも辛い責め苦を与えてやるからな」

		との、脅しめいた―ある意味捨て台詞の如き―答えが返ってきた。そして、「コレ以上はもう何も話す
		ことは無い」とばかりに仙蔵は席を立って去っていった。―飲食代の伝票を残して。
		こじゃれた駅前のカフェとはいえ、ランチセットとお茶数杯では大した額では無かったが、それでも
		嫌がらせの一環としては充分な金額を払って自分も店を出てから、文次郎は少し考えて、以前渡された
		兄の方の伊作の携帯に、メールを送ってみた。


		”お前らの地元まで来ていて、仙蔵と話した 潮江”

		ひとまずそれだけ送ると、数分後に所在地を確かめるメールが返ってきたので、駅周辺をぶらついている
		ことを伝えると

		”西口のカラオケボックス 先に入ってて”

		との指示が返ってきた。そこで、駅から一番近いカラオケボックスを探して入り、店名と部屋番号を
		メールしてから、20分程経った頃。戸を叩く音が聞こえた。






続く


前に書いたものを再利用しつつ、チマチマ変えているので、自分でも展開がどうなるか解らなくなってきました。 とはいえ、一応大まかな流れは考えてあるので、多分あと1〜2話で終わる予定です。 2010.8.21