「仙蔵! 後で、ちゃんと説明するから、今ここではやめて。言わないで!」
善法寺伊作が、大川学園に入学してまず始めにしたことは、再会するなり爆弾発言をかまそうとした
幼なじみの口を、文字通り物理的に「ふさぐ」ことだった。
必死な様子に気圧されたのか、その場では割合すんなりと引き下がってくれた立花仙蔵が、もう一人の
旧知と共に次に伊作の前に現れたのは、自室として割り振られた部屋に荷物を置き、同室者も幼なじみ
にあたる食満留三郎だと判明して、胸をなでおろしている最中だった。
「…いらっしゃい。仙蔵と、長次と、あと後ろの2人は誰?」
「私達の同室者だ。先程の騒ぎを見ていたらしく、ついてこようとしてな。後々のことを考えると、
まとめて聞いておいた方が楽かもしれんと思ったので追い返さなかったのだが、マズかったか?」
寮の前で騒いでいた自分達が、かなりの注目を集めていたことは、留三郎から聞かされていた。なので、
伊作はしばし逡巡してから、腹をくくることにした。
「う〜ん。……いいや。下手に隠すより、確かにその方がいいかもしれないし」
ひとまず4人を部屋に通し、ダンボールまみれでまったく片付いていない共有スペースに、どうにか
場所を開けて座ると、
「とりあえず各自名乗れ。お前から」
上から目線で仕切り始めたのは仙蔵だった。
「は? 俺? 何でだよ!?」
いきなり命じられて、不満げな声をあげたのは、仙蔵の同室者だった。
「いいから、早くしろ。別に順番などどうでもいいだろう」
どこまでも高飛車な仙蔵の態度に、言い争うだけムダだと早々に悟ったのか、
「潮江。潮江文次郎。クラスは1−い。この、ムダに偉そうな奴の同室だ。…他に何か言うべきか?」
しかめっ面で最低限の自己紹介をした。
「いや。別にいらん。…次、お前」
「俺? えーと、七松小平太。こっちの、『ちょうじ』? の同室」
文次郎とは対照的に、明るく能天気に名乗った小平太の名に、伊作が
「僕、その苗字に聞き覚えがあるかも」
と呟くと、残りの4人も「あぁ!」と何か思い出したような声を上げた。
「やっぱり、そうだよね。確か、サッカーの…」
賛同を得られたと思った伊作が、確認を取ろうとすると、全員から違う答えが返って来た。
「アーチェリーではなかったか?」
「確か、ボクシングの」
「プロレスラーで」
「…柔道」
「全員アタリ。でも、よく祖父ちゃんのこと知ってんね」
曰く、上の兄がプロサッカー選手。姉がアーチェリーのオリンピック候補。下の兄が注目株のボクサー。
父がレスラーで、祖父が柔道の元日本代表らしい。
「ああ。長次は親御さんが時代物の大御所作家だからか、最近のことよりも、昔のことの方が妙に
詳しいんだ」
感心する小平太に、本人に代わって理由を述べたのは、留三郎だった。
「へぇ、そうなんだ。ところで、他のみんなは顔見知りなわけ?」
「だからお前らに、先に名乗らせたんだ。…長次は、今留三郎が言ったから省いていいな」
それた話題を元に戻して仕切りだしたのは、やはり仙蔵だった。
「ああ」
「んじゃ、次は俺だろ? 食満留三郎。実家は旅館で、ここに居る3人の家はお得意さん」
付き合いが長いため、言われずとも自分の順番を把握してさっさと名乗った留三郎に、満足そうな態度を
とってから、仙蔵は
「立花仙蔵。そこの2人とは、旅館で顔を合わせる程度の知人で、伊作達とは小学校の途中までは
同じだった」
伊作達を強調して端的に名乗り、伊作をうながした。
「善法寺伊作。実家は病院で、小四の一学期までは仙蔵と同じ小学校に通っていたけど、夏休みに
双児の妹が事故に遭って、傍にいるために家庭教師に教わっていました」
ひとまずそこで言葉を切り、皆の顔を見渡し、ひとつ溜め息をつくと、伊作は先を続けた。
「…ってのが、表向き。実際は、事故に遭ったのは兄の方で、僕…私は、身代わりなんだ。うちの病院、今
派閥争いが凄いことになってて、跡取り息子が昏睡状態だなんて、あっちゃいけない。って感じでさぁ」
わざと、ことさら軽い調子で言ってはみても、顔が引きつり、泣きそうになるのを、伊作はこらえ
きれなかった。
「元々、男女の割りに一卵性並みによく似た兄妹ではあったが、それでも見分けはつくと思うんだがな」
それなのに何故こんなことに。と仙蔵が呟くと
「知らないよ。いっぱいいっぱいだったんでしょ。ウチの親も。…折角、知り合いに会わないように
大川に入れられたのに、キミらが居たことが予想外だもん」
泣きそうなのを通り越して、伊作は完全にふてくされた。何しろ、すべて自身で選んだことではなく、
親の指示によるもので、逆らう術などなかったのだから。
「…一人では秘密を隠し通すのは困難に違いなかったのだから、逆に、味方が居て良かったと思え。
我々は、全力を持ってお前のフォローをしてやるさ。…なぁ?」
内容こそ強気だが、若干弱い声で仙蔵が言い聞かせながら他4人に同意を求めると、全員から「勿論だ」
という声が返ってきた。
こうして、彼ら6人の秘密を共有した学園生活は始まったのだった。
続く
ほとんど、設定説明みたいなもんですが、基本はこんな感じです。
とりあえず、仙様はひたすら伊作に甘く、他連中はあごで使い、仕切りまくります。
2008.6.14
(2010.7.13 少しだけ修正)
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