夏休みに入ったばかりの、とある日のお昼前。6人で宿題をしている最中に「暑い!」と苛立たしげに叫んだのは
	仙蔵だった。

	「そりゃ、夏だからな」
	「という訳で伊作。海と川とプール、どれが良い?」
	「え?」

	数学の問題を考えている所に、いきなり訊かれた伊作が目を丸くしていると、仙蔵は

	「海ならプライベートビーチ。川ならキャンプ場。プールも各所の優待券を持っているから、泳ぎに行くぞ」

	と続けた。


	「すげー、さっすが仙ちゃん」
	「絵に描いたような、典型的な良い所の坊ちゃんだからなぁ」

	感心する小平太に、しみじみと相槌を打ったのは、仙蔵の実家についてよく知る留三郎で、仙蔵は地元の名士で
	代議士などもわらわらいる家の次男坊だったりする。

	「いや、でも、水着持って無いから……」
	「そんなもの、いくらでも買ってやる。という訳で、まずは水着選びだな。……お前らも選びたければ、
	 ついて来ても良いぞ」

	性別を偽って大川学園の男子部に在籍している伊作は、医者である父親に「塩素アレルギー」という診断書を偽造
	してもらって水泳の授業には不参加だが、別にどこかに出掛けてまで泳ぎたいとは思っていなかったので、水着を
	買う気は無かった。しかし仙蔵が、一度決めたことを撤回することは殆ど無い性格なのはとてもよく知っている為、
	大人しく従う―というか、好きにさせる―ことにしたようだった。
	
	「……男5人で、水着選び」
	「案ずるな長次。私も女装で行けば、女子2人に男4人ならば、そうおかしくは見えない筈だ」
	「そうかなぁ……」

	学園の生徒に会わないよう、多少遠出をして買い物をするにしても、男女比5:1はただでさえ目立つ上に、女物を
	男ばかりで物色するのは少々異様に見えかねない。しかし4:2ならば、多少マシに見えなくない。という仙蔵の
	主張は間違ってはいなくもないような、やはり少々不自然なような気が伊作はしたようだった。


							△▼△



	「いさっく……じゃなくて、いさちゃん! こんなのは?」
	「ごめん、こへ。そういうのは、胸無いと無理だから」
	「そっかぁ」

	結局いつも通りの中性的な服装の仙蔵率いる一同が、ひとまずそれぞれ好き勝手に物色し始めた中で、小平太が
	掲げたのは、デザイン的にも色的にも伊作にあまり似合いそうにない、鮮やかな赤のビキニだった。


	「やはりここは、清楚なワンピースタイプか」
	「いや。それよりも、キャミソールとパレオが付いたやつの方がいいだろ」
	「それもそうだな。では、そうすると、この辺りだな」

	そんな風に検討しあっていたのは、仙蔵と留三郎で、仙蔵が目をつけるもの方が、留三郎が選ぶものより、少々
	可愛らしいデザインのものが多かった。

	「……お前は、好みを主張しなくて良いのか、文次郎?」
	「俺は、無理矢理連れて来られただけだ」
	「そうか」

	特設の水着売り場の脇のベンチに1人座って、水着選びに参加していなかった文次郎に声を掛けた長次も、自分から
	選んだ物を伊作に勧めることはしていなかったが、

	「長次! コレとコレなら、どちらが良い」
	「その2つなら右だが、それなら、色は白よりも茶色の方が似合うように思う」

	などと、他の3人に訊かれると、はっきり自分の趣味を答えていた。

	「……。お前は好み主張すんのかよ」
	「ああ。その為に来たんだろう?」


	そんなやり取りから、しばらく経った時。不意に伊作が文次郎を呼び、手にしていた数着の水着を見せた。

	「ねぇ、文次。この中ならどれが良いか、選んでくれる?」
	「何で俺が」

	申し訳なさそうに頼む伊作に、文次郎が面倒くさそうな反応を返すと、予想通りの

	「コレ、全部みんなのイチオシなんだけど、みんながみんな譲らないから、決着つかなくて」

	という答えが返ってきた。

	「んなの、お前が好きなのにすりゃいいだろ」
	「そうなんだけど、どれもイマイチピンと来なくて」

	伊作が持っていたのは、仙蔵イチオシのフリルが付いたピンクのワンピースと、留三郎の勧める緑のボーダーの
	タンキニに、長次が選んだ花柄の茶色いAラインのワンピースで―流石に小平太の選んだものだけは、色も柄も
	派手過ぎて断ったそうだが―、どれも悪くは無いが決め手に欠けるのだという。
	
	「なら自分で選べよ」
	「まぁ、そうなんだけどねぇ……一応、参考までに文次のおススメも訊いていい? 色とかだけでも良いんだけど」
	「……んじゃ、そこに飾ってあるやつ」

	売り場を軽く一瞥した文次郎が指したのは、マネキンが着ていた、水色を基調にしたチェックのホルターキャミと
	スカートのセットだった。

	「あ。結構良いかも。じゃあ、みんなにも訊いてみるね」

	売り場に戻った伊作が、文次郎が選んだことは言わずに意見を訊いてみた結果。可愛らしいが甘すぎず、色も
	似合いそうで、露出もさほど高くなく、海の波や川で流されることも少なそうだ。ということで、各々の条件も
	概ね満たしていた為、その水着を購入することになった。
	
	けれど仙蔵様は、その他の水着も一応買っておいたり、その後も毎年1着以上新しいものを買い与え、それらを
	着せて色々な所に連れ出した。それでも、新しく買った後や誰かのリクエストがあった時以外は、最初に買った
	ものを着ることが一番多かったのは、伊作が本当にその水着を気に入っていた証拠なのかもしれない。



元拍手お礼小話版(加工ナシ版はこちら)。時期は、中2か中3辺りかと それぞれの水着のイメージがうまく伝わったかがちょっと心配ですが、一応雑誌や売り場を見に行って 似合いそうなのを考えてみました。 2010.8.19