高1お兄ちゃんs
「ハチ。チョコいるか?」
「何だ兵助。それは嫌味か?」
「はぁ? 何でそうなるんだよ」
「振られたばっかの俺と違って、お前はモテモテなくせに。
…貰いすぎたチョコのおこぼれなんか、いらねぇよ」
「確かにそこそこ貰ったけど、ほとんどが『義理』か、『お礼』とか
『お裾分け』の友チョコだし、コレは俺が作った分なんだけど」
「……。は? 今お前何つった?」
「俺が弁当作ってんのは、クラス中が知ってるだろ? で、
『菓子も作れるのか』って訊かれたから『作ったことはある』
って答えたら、家庭科室の使用許可とって作ることになって…」
「で、女子に交じってチョコ作ったのかよ」
「ああ。『交じった』というより、『教えた』側だな。集まったのは、
料理出来ないやつが多かったから。貰ったのは、その余りとか試作品。
それ以外は、近所のおばさんからとか、部活やクラスでばらまいてた
義理で、俺が手伝ったのも混じってる筈だぞ」
「え。じゃあ、姦し娘達がクラス中の男子に配ってたやつって…」
「ブラウニーとショートブレッドは、材料量るのと焼くのとラッピング
以外は俺だな。『WDには、ちゃんとお返し横流しするからv』ってさ」
「てことは、お前が作ったあまりも同じやつか?」
「いや。家用とお前んち用に、別に作ったデビルフードケーキ。あと、
誰かの持ってきた本に載ってた『豆腐のコーヒーチョコババロア』って
のも作ってみたけど、こっちは量ないんで、チビ達には内緒な」
「あー、うん。実にお前らしいオチをありがとうな」
用具さんち
その日留三郎が帰宅すると、次男平太(5歳)と三男しんべヱ(3歳)が、
何やらモジモジと照れており、その後ろで長男作兵衛(小5)もニヤケる
のを抑えた妙な顔をしていて、末の喜三太(1歳)だけが、いつも通り
ご機嫌で、ぬいぐるみ(ナメクジ)を抱いて作兵衛にだっこされていた。
「おとーさん。おかえりなさい」
「あのね、きょう『ちょこのひ』なの。だからぼく、
おとうさんに、とっといたのあげるの。はい」
部屋に入るなり、しんべヱにいきなり突進するかのように抱きつかれて
握り締めていたらしき何かを差し出され、珍しく駆け寄ってきた平太にも、
同じく何かを差し出された留三郎は、目線で作兵衛に説明を求めた。
「今日ってバレンタインじゃん。で、今日の園のおやつがチョコで、配る時に
『今日は、大好きな人にチョコをあげる日だから』って伊作おばさんが言った
から、2人とも僕と父さんのために、我慢して取っといてくれたらしいんだ」
作兵衛自身、お迎えに行った際に保育士である叔母の伊作から
聞いたことらしいが、とにかく留三郎は感激していた。
「そうか。俺にチョコくれるのか。ありがとうな。
しんも平も、我慢すんの大変だったろ。えらいぞー」
ここぞとばかりに親ばか大発揮な留三郎は、作兵衛と喜三太まで
巻き込み、4人いっきに抱きしめて、しんべヱと平太をほめた。
「でね父さん。『今日は大好きな人にチョコをあげる日』なんで、
父さんからももらえるのを、2人とも、特にしんは期待してるから」
5歳児と3歳児に、一月後のホワイトデーの認識もなければ、そもそも
バレンタインデーの意味もよくわかっていないのだから、当然のことである。
「あ。ああ! そうか。そうだよな。…作、お前はどうしたんだい?」
「ココア淹れて、藤内姉ちゃんからもらったチョコチップクッキーを分けて食べた」
従姉の藤内にもらったのは「留おじさんち用」とのことらしかったので、
分けても何ら問題なかった上に、ココアも一応チョコの系列ではある。
「……伊作おばさんから、『お助けアイテム』とかいうのを
預かって、部屋に置いてあるんで、とりあえず見てくれば?」
現役保育士にして七児の母伊作は、園児のことも身内のことも、実に
よくわかっている。そのため、ありがたく頼ることにして、留三郎が
自室に置かれた紙袋を見てみると、伊作が作ったらしきチョコ菓子と、
「とろけるチョコプリン」と書かれたプリンミックスが入っていた。
「…コレ(伊作製菓子)やって誤魔化すか、『作れ』ってことか」
牛乳と混ぜて冷やすだけの簡単な代物なので、手間も時間もそうかからない。
そしてデザート扱いにすることで、夕食を作る間で冷やす時間稼ぎも出来る。
そんな、正しい「お助けアイテム」だと、留三郎はしみじみと妹に感心した。
作法と図書のミニ女王様ちゃん達+α
伊「珍しいねぇ。兵ちゃん達もきりちゃんも
今年はチョコ作るんだ。誰にあげるの?」
伝「違います」
き「義理チョコもらえなかった男子に、『手作り』ってことで売るんです」
兵「おまけで、『藤内お姉ちゃんと左近お姉ちゃんが作ったのもあるよー』
って、プレミアつけようかなぁ。って思ってます。2人とも人気あるし」
伊「…そう。ところで、それ考えたの誰? 君達の案じゃないでしょ」
(そんなこと考える小学2年生は、流石に嫌だなぁ)
3人「三郎兄ちゃんです」
伊「ああ。そっかぁ…」(←納得した自分が悲しい)
兵「あ、そうだ。僕、三ちゃんにあげるから、1個取っといて」
き「じゃあ、俺も3つ」
伝「…誰にあげるの?」
き「たまには、父ちゃんたちにもやろうかな。って」
伝「…三郎兄ちゃんにも、『お礼』としてあげた方がいいのかな?」
兵「そしたら、ついでに庄左たちにもあげる?」
お姉ちゃん達
左近「藤内姉さんは、毎年チョコ作ってますけど、誰にあげてるんですか?」
藤内「数馬と、三之助と左門が、やらないとうるさい。で、ついでに作にも。
あと、今年は隣のクラスの木下(孫兵)に、『他の女子だと断られるから』って、
ヘビ型のチョコ作ってくれって頼まれた。…左近の方こそ、誰にあげるの?」
左近「うちの連中と、あと、一応クラスの…」
藤内「そうか。うまくいくといいね」
左近「あ、いや、そういうんじゃなくて……」
潮江ご夫婦
その習慣が始まったのは、彼女が保育園児で、兄姉が小学校に上がった
くらいの、母がまだ生きていた頃のことになるらしいが、伊作は毎年家に
身内や知り合いを集めて、バレンタインデーのチョコ作りを行っている。
そして今年も例にもれず、文次郎が帰宅すると家中に甘い香りが漂っていた。
しかし……
「あ。おかえりー。先にご飯食べる? それともお風呂入っちゃう?」
笑顔で出迎えられ、ひとまず着替えてから夕食をとり、風呂から出ても、
何故か一向に伊作も娘の左近も、チョコを渡そうとする気配がなかった。
だからといって、自分から言い出すのはガラではないので、文次郎は
晩酌用の焼酎を手に、さりげなくテーブルの周辺に目を配ってみた。
「…コレは何だ?」
「ん? ああ、それは喜八郎が暇つぶしに作った、チョコせんべい」
テーブルの端に置かれた小皿に乗っていたのは、チョコレートで
半分ほどコーティングされた、醤油せんべい(推定)だった。
「んじゃ、こっちのは」
「きりちゃんを迎えに来た父さんが、待ってる間に彫ったの。ホントは
みんなにせがまれてもう何個か彫ったんだけど、『これも売れるかも』
って、きりちゃんが持って帰ったから、残ってるのはそれ1個」
チョコせんべいの横には、製菓用のブロックチョコ製の、
見事な熊(テディベア系)のレリーフが置かれていた。
と、ここで伊作が、ようやく文次郎の意図に
気づいたのか、キョトンとした顔で訊ねてきた。
「もしかして文次、チョコ欲しいの?」
その、あまりにも意外そうな表情に、文次郎は何も返すことができなかった。
「でも、君甘いもの好きじゃないでしょ? だから、今年はチョコないよ」
当然のような伊作の口調に、文次郎はつい先日まで家出されていた
事実を思い出したが、それは解決したのではないか。と愕然とした。
そんな両親を横目で見つつ、長男数馬(中2)と長女左近(小4)は
「チョコ用意してないってだけだけどね」
「綺麗なチョコレート色のネクタイを、『コレ、お父さんに似合い
そうだよねv』って、すごく嬉々として買ってる時、僕一緒にいた」
などと囁きあっていたが、夫婦の会話の食い違いを指摘せずに放置した。
よって、この後2時間ほど文次郎は落ち込みっぱなしだったという。
体育のお母さん
中在家の次男小平太は、愛妻家であり、
妻からも愛されている自信がある。
そして本日、妻滝夜叉丸は―毎年チョコ作り大会を
行っている―姉伊作の家に出掛けている。
料理上手で凝り性な滝夜叉丸の作るチョコを、
小平太はとても楽しみにしていた。
にもかかわらず、今現在彼と息子の目の前に差し出されて
いるのは、例年通りの”お徳用チョコの詰め合わせ”だった。
「…滝。伊作姉ちゃんのとこに行ってたんだよな?」
「そうですよ」
「なのに、チョコこれ?」
一袋丸々もらえた三之助と、二人で一袋の四郎兵衛・金吾は、
それでも嬉しそうだが、小平太だけは釈然としていなかった。
「確かに、お義姉さん達とお菓子作りはしてきましたが、
作ったものはその場でお茶請けとして食べてきました。
私はお菓子作りや、『女同士』の空気が味わいたかった
だけですので。…楽しかったですよ?」
常日頃、男所帯の世話に追われている滝夜叉丸が、そういった
たまの義姉や姪達との交流を、好んでいるのは知っている。
そして、滝夜叉丸が楽しかったのなら、それでいい気もしなくは
ないが、手作りチョコを期待していたのも事実なので、そこの所を
主張してみようとすると、凄みのある笑顔で先手を打たれた。
「トリュフ4個を、一気に流し込むように食べられた上、
『これだけ?』と言われた翌年に、フォンダンショコラを
説明前に口にされた時から、貴方に凝ったものを作っても
無駄だと悟っていますから。…何か反論はありますか?」
付き合い始めの、高1と高2当時のことらしい。しかもその翌年には、
既に三之助を妊娠しており、つわりでそれどころでなかったため、
家族に相談したところ、兄タカ丸・弟三木ヱ門・妹喜八郎の全員から、
「質より量だと思う」
的なことを言われ、やむなくお徳用チョコにしてみたら、思いのほか
喜ばれたのがショックで嫌になった。というのもあるのだそうだ。
「それは、俺が悪かった。今度は、ちゃんと味わってゆっくり
食べるから、簡単なのでも、難しいのでもいいから、作ってくれ」
素直に自分の非を認め、かつ主張もする。そんな所に
オチたのだとは、口が裂けても言わないが、
「…夕食の支度が、遅れてもよろしければ」
そう答える滝夜叉丸の顔は、真っ赤かつとてもうれしそうだった。
(※子供3人、周りにいて、ばっちりこのやりとりを見てます)
戻