俺―諸泉尊奈門(小3)―は、4歳の時に母親に叔父さんの所に置いていかれ、それ以降
ずっと叔父さんと暮らしているけど、「育ててもらっている」とは言い難い。
何しろ叔父さん―雑渡昆奈門(36)―は、見た目は怪しいし、気まぐれでちゃらんぽらんだし
ストーカーだしと、ろくでもない人だから。
(ただ、見た目に関してだけは、昔事故で負ったとかいう、酷い火傷と怪我の痕が顔と身体の半分を
覆ってるのを隠すためらしいんで、仕方ないけど)
性格とか生活態度の方は、正直もう、今更どうしようも無さそうなんで諦めた。一応ちゃんと
稼いで養ってくれているだけ、あり難い。そう思うことにしている。
だから直して欲しいのはストーカーなことだけで、その対象が俺が預けられていた保育所の
伊作先生(7人の子持ち)で、俺の友達の伯母さんでもあるのが、色んな意味で嫌で仕方ない。
……クリスマスだの先生の誕生日だのバレンタインデーだの、イベントの度にプレゼントを
届けに行かされたりするのは、もう嫌だ。あと、バレンタインデーの場合はチョコを手作り
する叔父さんのらぶりーなエプロン姿を見せられたり、家中に甘ったるい匂いが漂ってたり、
グチャグチャにされた台所の片付けをさせられるのは俺だから、それも嫌だし。
そんな訳で、今年もバレンタインデーが近付くにつれて憂鬱な気分になっていった。
とはいえ、渡すのは学校で先生の所の子の誰かに頼めばいいし、台所の片付けが大変なのを
口実に、夕飯作りを免除してもらって外に食べに行くのをねだるのも、まぁ出来なくはない。
とまぁ、そんなこんなで、14日の夕方過ぎ。昨日の夜に叔父さんが作ったチョコは、学校で
2こ上の左門兄に任せたし、帰って来て片付けも終えたから、これでノルマは果たした。
そう思っていたら、思い掛けない来客があった。
「こんにちはー」
「ああ。伊作先生の所の……」
戸を開けたら居たのは、伊作先生の所の、確か1番下の伏木蔵と、1番上の数馬兄ちゃん。
伏木蔵は、何故か叔父さんに妙に懐いているけど、数馬兄ちゃんはあの兄弟の中で1番
叔父さんの事を敵視しているのに、この2人がうちに何の用だろう。
「これねー、ざっとさんにあげるの」
「……って伏が言いだしたけど、1人で行かす訳にはいかないし、かといって母さんが
ついて行くのは論外だから、僕か左近が連れて来るしかないんだもん」
ごきげんな伏木蔵が差し出したのは多分チョコで、数馬兄ちゃんのすごい厭そうな顔が、
苦渋の選択だったことを、はっきり表している気がした。
「……。試しに訊いとくけど、手作り……ですか?」
「残念ながらね。昨日家で母さん達が作っているのに混じってたと思ったら、こんな理由
だったなんて……」
より一層顔をしかめた数馬兄ちゃんの気持ちが、嫌って程良く解る。俺も、帰って来た叔父さんに
このチョコの説明をしたくない。「伊作先生の所の伏木蔵」の「伊作先生」までで目一杯はしゃぎ
そうだし、伏木蔵経由でお返しを渡す口実になってしまうし、一緒に作ったってことは伊作先生の
お手製って言えなくもないし……
「……えっと、じゃあ、しろに頼んでお返し渡してもらうんで、俺がしろのお母さんからもらった。
ってことにしません?」
俺の友達のしろ―四郎兵衛―のお父さんが伊作先生の弟だってことを、叔父さんは知らない筈だから、
そういうことにしておくのが一番良いって思い付いた俺を、誰か褒めて欲しい。
「ああ、うん。それが良いね。じゃあ、そういうことで」
とりあえず、数馬兄ちゃんはそういって笑ってくれて、他の弟達やいとこ達にも口裏を合わすように
頼んでくれることになった。
ついでに、余談になるけど、帰って来た叔父さんは、紙袋いっぱいのチョコを持っていた。だから
誰に貰ったのか訊いたら、
「会社の若い子達にねぇ」
って、叔父さんの会社、男の人ばっかりで華が無いとか言ってなかったっけ?
思い付きによる、可哀そうな尊ちゃんバレンタインデー編でした(笑)
2011.2.6
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