仙蔵はかつて、もしも自分が子供を産むことが
あった場合、その子供には始めから
「サンタなど居ない」
と教え込もうと考えていた。
しかし長女藤内の、1歳の誕生日兼初めての
クリスマスの直前に、妹伊作から
「夢はあった方がいいと思うよ」
と諭され、父長次や兄留三郎がサンタ役を
引き受けてくれると言うので、少し方向転換をした。
そのため、娘達は3人共、薄々正体に気付きながらも
心待ちにし、プレゼントを喜ぶように育った。
そんなある年。小学2年生になった下の双児―兵太夫と伝七―に、
「母さんが、一番嬉しかったプレゼントって何?」
と訊かれた。
一度として結婚することなく3人の娘を産み、
未だにかなりモテる仙蔵となれば、さぞかし
高価で珍しい、素晴らしいものを貰ったことが
あるだろう。と娘達は思ったらしい。
その問いに、仙蔵はしばし考えてから、
一言「藤内」とだけ呟いた。
「「え?」」
「24日の夜中に産気付いて、25日の早朝に生まれた
のだから、クリスマスプレゼントと言えなくないか?」
予想外の母親の答えに、目を丸くしたのは、訊いた双児
だけではなく、会話内容が聞こえていた藤内本人もだった。
「元々、『愛想を尽かした』だとか、『嫌いあって』という
わけではなく、お互い譲れぬ部分での意見の相違が原因で別れた
だけだからな。悪くない置土産だったと思っている」
1人だけ納得した様子で、満足げに頷く仙蔵の言葉を、
幼い妹達はよく解っていない様子だった。
けれど、中学2年生の藤内には、概ね理解出来る。
それ故に、楽しそうに笑いながら自分の方を見た
仙蔵と目が合った瞬間、嬉しさと恥ずかしさとが
極限に達し、藤内は読んでいた本で、その
真っ赤になった顔を隠した。
それを見た仙蔵は、より楽しそうな笑みを
深めてから、双児達に向かい
「もちろん、お前達も大切だぞ」
と付け加えはしたが、数年後2人は
「アレさぁ、絶対僕らおまけ扱いだったよね」
「うん。僕らの父さんとは、喧嘩別れした。って噂だし」
などと友人達にこぼしたという。
中在家長次(59 中学教師)には、30過ぎの4人の
子供が居り、彼らは中学生を筆頭に、合わせて
17人居る孫達の親でもある。
そして上の4人の他に、母親が違う小学生以下の
3人の子供も居り、更にもう1人長次的には
息子だと思っているが、相手には
「絶対に嫌だ。認めない」
と毛嫌いされている少年がいる。
名前は「三郎」。現在高校2年生。後妻の雷蔵が、
まだ長次の教え子だった頃に、同級生との間に
出来た子である。
その相手―「鉢屋三郎」息子は父親の名前をそのまま
もらった―は、妊娠が発覚した直後に事故で命を落とし、
尚且つまだ中学3年という年齢だったことから、雷蔵は
親族・学校・世間の全てから責められた。
その際に学校側で唯一庇ったのが担任だった長次で、
その縁から今に到っていたりもする。
そして親族側で雷蔵の味方をしてくれたのは、祖父の大川だった。
雷蔵の結婚が決まるまで、母子2人で身を寄せていて、
今も新しい家族と暮らす気のない三郎を引き受けてくれて
いる彼の家には、もう2人預けられている子供達が居る。
その子達は、大川にとっては曾孫で、雷蔵の従兄夫婦の
子供なので、三郎とははとこ同士である。
…が、小学校低学年の年子なので、それを理解するのは
まだ難しい。2年生の兄庄左ヱ門と、1年生の弟彦四郎に
解っていること。それは
「三郎兄ちゃんは、お母さんの雷蔵さんのことが大好きだ」
ということと
「雷蔵さんは、別の子達のお母さんでもある」
ということだった。
年の割に聡いのは、生まれ持った性分に加えて、彼らの親は
双方の浮気が原因で現在離婚協定真っ最中のため大川家に
預けられているから。というのもある。
そんな感じのことを踏まえて、ようやく本題に入る。
それは、クリスマス数日前のこと。大川家の
曾孫達が、長次を訪ねて来て、
「雷蔵さんを貸して下さい」
と頭を下げた。
顔には出さずに驚きながら、ひとまず家にあげて
詳しく訊いてみると、2人が三郎に
(クリスマスプレゼントに)欲しいもの
を訊いてみた所、
「雷蔵」
と即答されたらしい。
そこで2人で知恵を絞り、
"24日の夜中〜25日一杯、雷蔵を借りて来て、三郎に独占させてあげる"
という結論に達し、お願いに来たらしい。
ちなみにこの兄弟は、端から「サンタは居ない」と育てられ、
クリスマスプレゼントは親と一緒に選びに行き買ってもらう。
という、いささか夢の無い育て方をされていたので、
自分達でどうにかしようと考えたのだという。
対する長次の答えは、
「…不破と、怪士丸達に訊いて、『良い』と言えば、俺は構わん」
だった。結婚約11年。久作(小4)、きり丸(小2)、怪士丸(5歳)の
子供に恵まれようと、未だに「不破」と「先生」な夫婦だが、
周囲は既に慣れきっていて、誰も気にしない。
そんな親達の間に生まれ、三郎の存在も知っていて、
ついでに異母兄姉との関係も一応解っているような、
妙に大人びた久作ときり丸も、中在家の子供達なので、
まだうっすらとサンタの存在を信じている。
それでも友達―きり丸と庄左ヱ門は同級生―の頼みに応じ、
雷蔵を貸し出すことを承諾したのは、
「サンタさん1人でどうにか出来ることではないから、
庄ちゃん達におつかいを頼むお手紙が来たんだって」
などと雷蔵がまことしやかに丸め込み、駄目押しで
「やっぱり、プレゼントは、一番欲しい物が貰えたら嬉しいよね?」
と付け加えたのが決め手だったという。
尚、その年の12/25の三郎は、かなり長い間に渡り、
知人・友人の語り草やネタにされる程、スゴかったという。
…あえて、「何が」「どんな風に」とは言わないが(笑)
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