文次郎にとって、伊作絡みのクリスマスの記憶は、3つある。

		1つ目は、小3の時に
		「サンタなんか居ない」
		と言って大泣きされたこと。

		2つ目はその翌年。伊作の家のクリスマス会に誘われたと
		話したら、姉の照代に
		「プレゼント交換用以外に、個別で何か用意しなさい!」
		と力説されたことと、それが正しかったこと。

		そして3つ目は、高校時代に
		「イルミネーションを観に行きたい」
		と言われたのを「寒い」の一言で却下したら、
		冬休み一杯音信不通になられたことである。


		…というのを思い出したのは、理由不明のまま家出されてから
		8ヶ月が過ぎ、街中がクリスマスモードになってきた頃だった。
	
		それと同時に、姉が高校生時代に、”自分の誕生日よりも、
		バイトを優先した”と当時の彼氏相手にキレて、電話口で
		散々罵った挙句に
		「アンタなんか別れてやる!」
		とわめいていた姿も思い出したことで、ようやく留三郎や
		仙蔵はおろか、滝夜叉丸や三木ヱ門にまで
		「思い当たる節はないのか」
		と責められ続けた、伊作の家出理由の見当がついた。

そして迎えた12/24。仕事を終えた文次郎の携帯電話には、 1通のメールが届いていた。その内容は… from:伊作 sub:Merry Christmas 洋おじさんの所でクリ スマス会してます 今日はみんなこっちに 泊まるそうです サンタ服とプレゼント の袋は、居間に用意し ときました 着て来てねv 見なかったことにしたいが、ここで誠意を示さなければ、 最悪離婚にまで発展しかねない。しかも、何だかんだ言っても、 文次郎は伊作にかなり甘い面があるのも事実である。 そんなわけで、なるべく知り合いに目撃されないことを祈りながら、 文次郎はサンタ姿で新野家まで行く覚悟を決めた。 帰宅した文次郎が居間を覗いた際に目に入ったのは、綺麗に 畳まれたサンタ服とつけヒゲの置かれたソファと、その横に 置かれているやけにデカい袋と、袋に貼付けられたメモだった。 おかえりなさい おつかれさま ごはんは、てきとうにつまめそうなのを 確保しておくから、食べずにそのまま来てね 着いたらメールか電話ちょうだい P.S.裏口回ってね という、家出前には日常だった置き手紙のような文面の メモに、文次郎は呆れつつも「アイツらしいな」などと 思ってしまった自分に苦笑した。 結婚14年。知り合ってからだと、実は30年以上になる。 しかし未だに文次郎には、伊作の考えていることは理解出来ない。 それでも、深く追究はせずに受け止めてたり流しているのは、 慣れと諦め以外に、若干の惚れた弱味があるということに、 文次郎本人はおそらく気付いていない。 しかし伊作は解っているからこそ、こんな暴挙にも平気で 出るのだと、兄留三郎や姉仙蔵は見ている。 もちろん、絶対に本人には言わないが。
そんなこんなで、サンタ姿で新野家の裏口前まで着いた文次郎が、 指示通りメールを送ると、すぐに戸が開いて笑顔の伊作が顔を出した。 「久しぶり〜。元気そうだね。とりあえず上がって。みんなは 園の方にいるから、2階で寝るまで待つか、着替えて混じる?」 新野家は、1階部分が保育所で、2階が居住スペースになっている。 そして文次郎が通されたのは、伊作が使っている部屋だった。 部屋には、昼間の内に持ち出しておいたと思われる、文次郎の 服一式が用意されており、サンタ姿で移動させたのは、本当に 嫌がらせか罰ゲームのつもりだったらしい。 そのことに文句を言ったものか文次郎が考えていると、階下に 食料を取りに行っていた伊作が戻って来るなり、 「あのね。こへの所の3人と、さもくんと団ちゃんもかな? が、『サンタを捕まえるんだ!』って意気込んでるから、頑張ってね」 と、少しだけ申し訳なさそうに笑いながら告げた。 「作ちゃんが教えてくれたんだけど、こへじゃ返り討ちにした挙句 バレちゃいそうじゃない。だから、お願い」 久々に顔を合わせた妻に、小首を傾げながら上目遣いでねだられて、 それを拒否出来る程文次郎は冷たくはない。しかし、あまりにも 難しい要求だと感じたのも、また事実だった。 けれど、留三郎や滝夜叉丸など他の大人達や作兵衛・数馬・藤内辺りが、 出来る限りの妨害やフォローはすると言ってくれているから。 と付け加えられ、またも仕方なく折れることにした文次郎だった。 結局着替えるのも面倒なので、サンタ姿のまま食事だけとり、 子供達が1階で雑魚寝するまで待った文次郎は、仙蔵や留三郎や 滝夜叉丸どころか、伊作まで目を丸くする程見事にサンタを演じて その場を切り抜け、第1回サンタ騒動は幕を閉じた。 その後大人連中だけでしばらく飲み食いし、それぞれ子供達と 同じ布団や適当な空き部屋に解散して就寝と相成った。 その際伊作は、てっきり子供達の所へ行くと思っていたら、 様子を見ただけで文次郎のいる部屋に戻ってきた。
翌朝。伊作は子供達に 「帰るよ〜」 と声をかけて起こした。 前日まではそんな素振りのなかった母親の、急な言動を素直に 喜んだのは、5歳の双児(乱・伏)と小1の馬鹿の方(団)だけで、 珍しく小5の馬鹿(左門)も面食らっていた。 しかし理由を問い質しても 「ん〜。さきちゃんのサンタへのお願いが『おかあさんが かえってきますように』だったから」 という、はぐらかすような答えしか得られなかったという。
空白の夜中部分は本編にて


12/24〜25限定でお持ち帰り自由でした