「……喜八郎。お前が、タカ丸さんに懸想されているという話を聞いたのだが」
	「ふぅん。……本人から? 滝、あの人の課題とか見てあげてるもんね」
	その夜。就寝前の雑談めかして探りを入れようとしたところ、あっさりと見抜かれた。
	「あ、いや、その……」
	「滝を丸めこんで、搦め手で来ることにしたんだ。ホント、手慣れたものだね」
	一体、今までどのような口説き方をタカ丸さんがしてきたのかは知らないが、あの喜八郎がここまで不快感を
	露わにするとは、相当軽くて信用のおけない調子だったのだろう。しかし、それにしても警戒し過ぎではないか?

	「だって信じられないもん。口先だけならどんな綺麗事だろうと言えるけど、本当の所は、軽い気持ちで
	 落とそうとして靡かなかったから、むきになってるだけでしょ」
	そうか。喜八郎がここまで頑なで嫌悪感に満ちているのは、タカ丸さんの言動にも多少の問題があったのかも
	しれないが、それ以上に、以前の下劣な連中の所業の所為もあるのだな。
	かつて、あの無責任な噂を鵜呑みにして、喜八郎に無体を働こうとした愚かな輩が少なからず居た。それらの
	者は全て、喜八郎本人に埋められるか、立花先輩―時折善法寺先輩にも―に手酷く痛めつけられるか、私の
	戦輪の餌食になるかしたが、あの頃も喜八郎は、余人には解り難く傷付いていたような覚えがある。
	「しかしだな、喜八郎。そう頭ごなしに否定してばかりでなく、少し位は信用してみようとしても、良いの
	 ではないか?」
	「何で滝が、そんなにあの人の肩を持つの? 関係ないでしょ。放っておいてよ」
	何故だろうな。強いて言うならば、私の眼にはタカ丸さんが、本気であるように映っている為。といった所か。
	何度振られてもめげずに口説き続けるのは、並大抵の想いでは出来ぬことだと、私は思うぞ。
	「僕、滝の人を見る目を、そんなに信じてないんだけど」
	失礼な。私ほどの観察眼を持つ者など、そうは居らぬぞ。それと、仮にも女子なのだから「僕」は止める様、
	再三言っているというのに。
	「それこそ僕の勝手なんだから、放っておいて。……あのしつこさが、逆に軽薄で信用できないんだよ。僕に
	 とっては」
	ああ。そういう捉え方も、確かにあるな。しかし、そのことを私がタカ丸さんに教え、間を置いて告白する
	ようになったら、それはそれで「やっぱり本気じゃないんだ」などと言い出すに決まっている。すると私は、
	果たしてどういった行動を採るべきか。どうにか喜八郎を説き伏せるか、はたまたタカ丸さんには悪いが、
	この件に関しては手出しを止めて見守るべきか――

	「……もしも、信じるに足るような、『何か』が感じられたら、少しは考えたって良いけどね」
	「何か言ったか? 喜八郎」
	「ううん。なんにも。……僕、もう寝る。お休み」
	あからさまな不貞寝とは珍しい。ということは、多少は揺らいでいるわけだな。……実際は、先程の呟きも
	聞こえていたが、下手につついても逆効果だと判断し、聞いていない振りをしたのだが、正直意外だった。
	話を聞いた時から、タカ丸さんを応援しようと考えており、喜八郎を口説き落とす難しさも解りきっていた
	つもりだったが、喜八郎が頑なに拒みながらも、内心混乱していたことに気付かなかったとは、親友失格やも
	知れん。しかしまぁ、そこはこれから上手く力になってやって挽回すればいいことだ。
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	そんな決意から、早数か月。未だタカ丸さんの告白は、喜八郎に受け容れられていない。しかも最近の
	喜八郎は、タカ丸さんの所属する火薬委員会の久々知兵助先輩―どうも、喜八郎の淡い初恋相手らしい―に、
	何かと相談に行っている為、火薬委員会内に妙な空気が流れているという。


	これで、私がこの話をした理由は理解できただろう。つまり、一言でいうと
	「いい加減決着をつけろ」
	というわけなのだ。