落花 第十二話(前編)

思わぬ形で再会し、優しい約束をくれた女(ひと)ときり丸が再びまみえたのは、それから1年程 過ぎた冬のこと。 冬休みを目前に控えたある日。彼の元に、1通の文が届いた。 差出人の名の無いその文の内容は、たった二言 「内密に頼みたい仕事がある 誰にも告げずに、当家まで来て欲しい」 末尾に添えられていた名は、「いさ」となっていた。 未だに休みの際には担任の土井の家に身を寄せてはいるが、以前ほど無謀なことはせず、ある程度の 実力がついてきたからか、年々バイト内容に干渉されることは減ってきている。そのことをありがたく 思いつつ、「短期の住み込みで割の良い仕事見つけたんで」などと誤魔化して、きり丸が文の依頼を 請けたのは、「姉」の力になりたかったことの他に、何やら胸騒ぎがしたからだった。 × 「何も訊かずに、この子とこれらをこの地図の屋敷まで届けて? 『十六夜』の名を告げ、『二の 君の御児です』と伝えてくれれば通じる筈だから。 これが路銀。こっちが報酬。足りなかったら後から言ってくれて構わない。……他に、頼める者が いないんだ。だから、お願い」 1年ぶりに訪れた潮江家できり丸を迎えた伊作は、彼が供された茶を飲み干すなり、すぐさま用件を 切り出し、人の頭程度の大きさの包みと、生後数日と経っていなそうな赤ん坊を託してきた。 以前会った時よりも、「痩せた」というより「やつれた」姿に、今にも倒れそうな真っ青な顔色。 そして、懇願するような声と口調。その全てに気押されたきり丸は、彼女が望む通りに、何も 問わずにその「依頼」を請けた。 「ありがとう。コレは、この子の母親の形見の着物。多分そのままよりも、女の子の格好の方が 不審に思われ辛いだろうから、少し大きいかもしれないけど使って。返さなくて平気だから」 華やかで、高価そうな朱鷺色の着物は、「後で売っても構わない」というつもりで、報酬の一部として 与えられたのだろうが、きり丸は後々もそれを売ることはせず、時折女装などに使っている。 地図に示された屋敷までは、通常一人でなら二日はかからない程度の距離だったが、生後間もない 乳児を連れて野宿や強行軍をするわけにもいかないので、ゆっくりと、普時折茶屋などで休んで 世話をしながら、普段なら絶対にあり得ない程の金をかけて進んだが、それでも与えられた路銀は 充分すぎるほどあった。そのことにも不信感を抱き、「詮索しないのが暗黙の了解」だと解って いても、子供の素性とその背後にある事情が、きり丸は気になって仕方がなかった。 × 目的の屋敷に辿り着いた瞬間。きり丸は子供の素性と「足りなかったら」の意味。そして、自分が この任を託された理由とを悟った。 「もし。こちらは、立花様の屋敷に御座いますか? 十六夜あねさまの遣いです。二の君様に、 仙蔵様に取次ぎを……」 精一杯、少女の声を作り、語尾が震えぬように、不自然にならぬように、必死の思いできり丸は戸を 叩き呼び掛けた。
めでたくないけどネタバレ解禁 勘付いていた方も居るでしょうが、この子が泉です さぁて。広げに広げた大風呂敷を、うまく畳めるか自分 この先ずーっと泥沼予定ですが、見捨てずお付き合い頂ければ幸いです 2009.3.21

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