落花 第十話(前編)


…赤児の泣き声がする。 忍術学園には、赤児なんて居ない筈なのに。 ああ。きり丸がバイトで預かっている子か。 それにしても、学園内まで連れ込むなんて・・・ それとも、僕が消した水子達の声の幻聴でも聴こえているのかな。 「……って、違う! ここは学園じゃないし、 僕はもう『善法寺伊作』じゃないんだから」 泣いているのは、ほんの数日前に産んだ実の娘。 腹が減ったのか、襁褓(むつき)が濡れて不快なのか。 人恋しくても泣くのだったような気も。 ああ、やはりそうだったか。抱き上げただけで泣き止んだ。 念の為、しばらく抱いたままでいることにする。 「可愛いとも、愛しいとも思えないのは、 まだ産んでから日が浅い所為かなぁ」 呟いた所で、答えてくれる者なんか居やしない。 側には誰も居ないのだし、そもそも 一向に愛着が湧かない理由は他にある。 「いつか、お前や文次を「愛しい」と思える日はくるのかな?」 苦痛や、過去の悪夢に耐えながら、この身を与えてやる 程度には他の者とは違う。けれど、それはいつもの5人なら、 誰でもその程度には「特別」に「大切」だと感じている。 「ただ、僕…私を、「そういう目」で見たのがお前の 父親―文次郎―だけだった。それだけのこと。 その程度の理由でこの世に生を受け、当の父親は 産まれたとわかってる筈なのに、帰ってきやしない」 他の「いつもの4人」と新野先生はおろか、事情を知っている 数人の後輩達ですら、こっそりと顔を出してくれ、しかも仙蔵と 留三郎に至っては、出産の数日前から傍に居てくれたというのに。 思い返したら、何やら無性に腹立たしく思えてきて、 顔をしかめた拍子に腕にも力が入ってしまったようで、 眠っていた子がぐずりそうになった。 「あぁ。ごめん。お前は何も悪くないのにね」 あやしながら、いい加減名前も付けなければいけないのだと 気付き、その瞬間にある一つの名が頭をよぎった。 「…でも、そんなことしたら、絶対文次は 留に突っかかって行くだろうなぁ」 まだ学園の生徒時代に、留三郎からもらった女名前。 付けた当人に他意はないだろうし、誰にも話す気はないけれど、 重要な意味を帯びたその名を娘に与えたならば、少しは愛しく 感じられるかもしれない。そんな気がしてきた。 「もしも、それでもお前を愛せなかったら、それは 全部文次の、父上の所為だからね。・・・『伊織』」

新米お母さんは、かなり重度のマタニティブルーです。 次回以降などで書きますが、色々と壊れちゃってます。 当たり障りの無い点だけ挙げても、 初産で、自身が親に愛された記憶が無く、 夫への感情もあやふやなままです。 …そりゃ、病むわな。しかも、理由はまだあるし とりあえず「返って来い旦那」 尚、見舞い客は同期の友人達・新野・1年下の連中辺りです。 前に書いておいたのを少しいじっただけなので、 その内少し直すかもしれません 2008.10.12


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