落花 第十二話(後編)
仙蔵本人に取り次がれるまでに少し手間取ったが、そういった場合に渡すようにと託された文が、
ちゃんと使用人から仙蔵の手に渡ったようで、赤児を抱いた少女姿のきり丸は、無事屋敷の中に
通された。奥まった位置にある仙蔵の部屋まで彼らを案内すると、予め人払いを命じられていた
ようで、すぐに使用人は姿を消し、きり丸は否応なしに仙蔵と二人きりにさせられた。
「……文には目を通した。アレは、子を産んで命を落としたか。それでお前は、アレの何だ?」
警戒するように、黙って部屋の入り口辺りに立っているきり丸に、目も合わせず、見知らぬ相手に
向かうような口ぶりで仙蔵が問うてきた。それが、万一聞き耳を立てられていた場合の用心の為だと、
きり丸が気付くまでに少し間が空いたからか、仙蔵は少し言葉を変えて問い直した。
「お前の腕の中にいるのは、十六夜が産んだ私の子なのだろう? ならば、お前は十六夜と
どのような関係だ。何故、その子を託された」
「……妹。多分、血はつながってないけど。あね様はアタシのこと育ててくれて、この子も、
迷惑かけないように、自分一人で育てるって言ってて、だけど死んじゃって、だったら今度は
アタシが代わりに育てようと思ったけど、あね様が貴方の所へ連れて行けって……」
持てる限りの知識と情報を総動員して、きり丸はもっともらしい話を作り上げた。
出掛けに伊作から
「この子の母親は遊び女で、この子を産んですぐに亡くなった。地図の屋敷は、その相手の家。
それだけ覚えていてくれればいい」
とだけ教えられたことを思い出したのだ。
聞かされた時は、子供取り上げ母親を看取ったのが伊作なのだろうと解釈したが、道中でそれでは
日数的につじつまが合わないことに気が付いた。正確な生後日数は判らないが、きり丸が依頼文を
受け取った時点では生まれていないか、もしくは受け取った当日頃に生まれた程度の気がしたのだ。
「そうか。妹がいたとは初めて聞いたが、アレについて私が知ることなど少ないからな」
芝居を続けながらそれとなく周囲の様子をうかがっていた仙蔵は、きり丸と赤児を部屋の真ん中
辺りに座らせると、「…もういいぞ」と呟いた。
「姉上付きに、数人噂好きの侍女が居てな。素人娘なので気配が丸わかりなのだが、隠れて立ち聞き
していたようなので、手間をとらせた。…大筋の情報は得られたので、気が済んだのだろうな」
「お気になさらず。女ってのは、噂話好きですからね。しかも、そういうのにあまり縁がなさそうな
人に関することだったらなおさらでしょうよ」
素に戻ったきり丸の返しに、仙蔵は軽く苦笑してから、真顔で改めて問いかけた。
「お前は、どこまで、何を知っている?」
「何も。全く何も聞いていないし、知りませんよ」
そこで言葉を区切ってから、きり丸は「概ねの見当は付いてますけど」と付け加えた。
「……立花先輩。俺、この子を託される時に、『金が足りなかったら言え』って言われたんです。
それって、つまり秘密を楯に強請られることを覚悟してる。って意味ですよね? でも、俺は自分の
命より金を選ぶことはあっても、他人の弱みに付け込むほど下衆な奴じゃないんです。だから、全部
教えて下さい。この身と誇りに誓って他言はしませんし、むしろ協力だってします。……ここまで
巻き込まれた以上、俺には知る権利がある筈です」
1年前。伊作が「弟が出来た」と喜んでいたことを仙蔵は知っている。そして、「弟」側も伊作と
同じか、それ以上に「姉」を得たことを喜んでいて、今回のことは、その姉からの裏切りに等しい
行為だと感じたのだと、仙蔵は受け止めた。
目の前の少年は、確かに金に汚い。けれどほんの僅かにではあるが、金よりも大切なものがあり、
その中には「帰れる場所」や「新しい家族」も含まれていて、約束をくれた伊作のためならば、
多少汚いことでも間違った行為でも、厭わずに引き受けるというのに、伊作はそうは信じてくれて
いなかった。そんな思いがきり丸から読み取れた仙蔵は、受け取った包みの中から一振りの小刀を
取り出し、きり丸に手渡した。
「何ですか。口止め料なら、要らないって言ってんでしょう」
「違う。コレを受け継ぐに相応しいのが、お前だと感じたからだ。この刀は私がいさに与えたもので、
元は私の祖母の守り刀だった。いさは、コレを心の支えにしていた時期があるが、付き返してきた。
子の素姓を証明する意味も込めたのだろうが、おそらくは訣別の意の方が大きいだろう。だから、
お前にやる。お前を、いさの弟であり、我が共犯者と認める証としてだ。…うまく使え。守り刀では
あるが、既に数多の血を吸っている」
怪訝そうな顔で押し返してきたきり丸の手に刀を握り直させると、仙蔵は静かに言葉を紡ぎ始めた。
「さて。何から、話すべきだろうな。あまりにも複雑すぎて、順を追って総て話したところで、
伝わるかどうか。…ただ一つ、確実に言えるのは、アレは、いさは決して私を選ばない。私は、
救いを与える代わりに、苦しみを一つ増やすことしか出来なかったのだからな」
こうしてきり丸は「総てを知っている共犯者」になり、全面的に伊作の味方につくようになります。
そして小刀は、『鍾馗水仙』のアレで、十一忍時の得物でもあります。
2009.3.22
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