落花 第十三話

あらかじめ言っておくが、すべて聞いた所で理解は出来んだろう。 ある時を境に、もしくは初めから伊作は壊れていた。そして、余人には理解できぬ心の闇を抱えている。 それは今も同じで、だからこそ今此処にこの子が居る。この子は幻の産物で、アレは不義ではなかったのだ。 ……何故こうなるに至ったかの前に、過去の話から始めよう。お前が知っているのは、「双児の兄の 身代わりとして育てられ、死亡を装って過去を捨てた」という、断片的な触りの事情だけなのだろう? 
これは文次郎や小平太は知らぬことなのだが、伊作は二年の秋口に、複数の上級生から乱暴を受けた。 …その相手には、我らの手で制裁を与えたが、それから半年ほど経った真冬の深夜。アイツは半分氷の 張った池に入水した。見回りの先生が見つけ、大慌てで医務室に運び込んで一命を取り留めはしたが、 その理由はいくら訊かれても「寝惚けて落ちた」の一点張りだった。しかし、我ら―私、長次、留三郎の 三人―が口止め付きで新野先生に聞かされた話によれば、数日前に妊娠している可能性についての相談を 受けていたので、「堕胎か、それと同時に自殺を図ったのだろう」とのことだった。 真冬の池に浸かったのだから、当然のこととして酷い風邪をひき、それで寝込んでいることにして 静養している間、何も知らんで偉そうに小言をたれる文次郎は、何度〆ようと思ったことか。 それから、三年の夏。私は組が違うのでその場には居合わせていないが、校外マラソンの最中に突然 倒れ、その下半身はみるみる血に染まっていったという。一応、あいつらの組の先生は事情を知って いるので、留三郎に医務室まで運ぶよう命じ、他の生徒には「倒れた場所が悪くて怪我をしたようだ」 などと色々と誤魔化したらしいが、私はまず「医務室に担ぎ込まれた」と聞いただけで生きた心地が しなかった。その上、授業後見舞いに行って新野先生から聞いた見解は「流産」で、またも私達は 伊作を守ってやれなかったことを思い知らされたのだ。…しかも、その年の秋休み中に、今度は薬で 堕胎したことを、本人の口から聞かされた。それがどれ程に重い意味を持つか解るか? つまり、 夏に児が流れてから、ほとんど間を置かずに再び妊娠したということだ。それだけあいつは孕み易く、 なおかつ相手が誰だかもほぼ特定できぬほどに、幾度となくその手の被害にあってきたということだ。 その後、四年に上がる直前の春休みにも薬で。それが、最後の堕胎だという。 それから1年もしない内に、何故か文次郎なんかと付き合いだし、六年の冬に「子が出来た」と 聞かされた時には、本気で奴を殺してやろうかと思った。……言っておくが、嫉妬などではないぞ。 私達は、伊作が「その手の行為」に、嫌悪感どころか恐怖感すら抱いていることを、嫌と言うほどよく 知っている。だから、知らずとも気付かぬ筈はないのに手を出し、恐怖や苦痛を与えただろう文次郎に 怒りを覚えたのだ。さらに伊作が死を装うために打った芝居は、児が流れなかった方がおかしい程の 危険性を伴っていた。それでも強行した伊作自身にも、憤りを感じたのだ。 今話した通り、あいつは何度か児を堕ろしている。しかも、まだ肉体的に未熟な時期にだ。その所為で流れ易い 身体になっており、しかも出産に伴う危険性は他の場合の何倍も高い。……実際、伊織の時は産後2〜3日は 生死の境を彷徨いかけていた。そういった意味でも、伊織は無事に生まれてきたことが奇跡なんだ。 それについてはこの子も同じかもしれぬが、「堕ろすよりは生んだ方が危険性が少ない」との理由だけで、 いさは産むことを選んだ。伊織が胎に居る時も、この子を産むと決めた時も、あいつは「死にたくはない」と 零していた。けれど根底にある意味が違う。伊織の時は「未来を得たいと望めるようになったから」だったが、 この子は「命を落としたら、弁明も何も出来ぬから」つまり、「文次郎への言い訳が出来なくなるから」だ。 いさは「わからない」と言っているが、無意識では答えが出ている。ただ、まだ己の中で整理が ついていない。そういうことなのだ。そう悟れるくらい、私はあいつのことを解っている。 しかし、だからと言って割り切って諦めることなど出来ん。…それ程の想いを、自分がいさに 対して抱いているということに気付いたのは、不覚にもごく最近のことなのだがな。 私はずっと、自分は「友人」か「妹」として伊作を愛しんでいたのだと思っていた。 しかし、そうではなく「異性」として惹かれていて、けれど拒絶されることを恐れ、無意識の 内にその想いを封じ、自分を誤魔化していたことに気付いたのは、伊織が生まれた後だった。 それでも、気付くのが遅かっただけだと信じたかった。けれど想いを告げた時に、何と返されたと思う? 「君のことは好きだよ。もしかしたら、文次よりもずっと。……でも、君は全てを知っている。だから 君を選ばない。僕、私には、君は眩しすぎて、傍にいたら総ての汚れを見せつけられてしまいそうで―」
私は、あいつ程残酷で、優しい人間を知らない。突き放し、拒絶しておきながら、「一夜の幻」という名の下で 触れることを許し、「訣別の証」に子を与えた。これでは「諦めろ」と言われても出来るわけないではないか。 なぁ、お前もそうは思わぬか?

すいません。うまくまとめらんないのは叶自身です。 次回一応「具体的に何があったのか」ですが、それでもやっぱり人によっては理解できない展開かもです。 最後までいけば、多少納得できる流れに…なるといいな。 2009.3.26 あ、ちなみに語ってる相手はきり丸ですので「お前」はきりちゃんです。


  一覧