落花 第十五話
久しぶりに、暇が出来たのでいさを訪ねたら、そこで「立花に子が生まれた」という話を聞いた。
一応、奴は仲間内の全員にその旨の報告の文を出したらしいが、俺だけ定住地を持たないので、
いさに伝言を頼んだそうで、生まれたのは半月程前のことで、「泉」という名の男児だという。
…と、そこまで聞いて俺は一つ疑問を感じた。
「嫁さんは何者だ? その報告も、俺は聞いていない気がするんだが」
立花は、次男坊とはいえ一応武家の息子なのだし、性格的にも、祝言も挙げずに囲い女に子を産ませた
とはいささか考え難い。そう指摘すると
「その子を産んですぐに、亡くなったらしい。馴染みの遊び女で、子が出来たことを黙っていて、
一人で産んで育てるつもりだったみたい」
いさの声が弱弱しく泣きそうだったのは、己も出産で命を落としかねない身だったからだと、この時の
俺は解釈した。けれど考えてみれば、伊織を産んでから優に一年半は経っているにも関わらず、産んだ
ばかりの頃とさほど変わらぬ―下手したら半年前に会った時より悪い―顔色で、胸も張っていたように
見えた気がしてきたのは、二人目の文多を産んだ後に寝込んでいるのを見舞った時だった。
しかし、文多が生まれるまでの間で、二、三度児が流れたことも聞いていたから、もしかすると
あの時も、児が流れたばかりなのかもしれないとも考えた。いさが、悪夢のような過去の所為で、
児の流れ易い身体であることを、俺は本人の次か、その次位によく知っている。そして、同時に
とても孕み易いことも。
いさの家を辞した後に、簡単な祝いの品を持参して見に行った立花の息子は、生まれて間もないにも
係わらず、父親のみに瓜二つで、産んだ女の面影はどこにも無く、成長するにつれてますます父親を
縮めたかのような姿に育っていった。ただ一つだけ気になったのは、何の気なしに「泉」と名付けた
由来を訊いた際
「母親の名から音を取った」
と答えた立花が、何故か自嘲するような表情を浮かべていたことだった。
その後、少し酒の入った立花から訊き出した泉の母に当たる遊び女の名は「十六夜」といい、本名か
どうかは知らぬという。それを聞いた俺は、ふと、名も、おそらく顔立ちも、いさと似た女だったの
だろうと考えた。
俺は立花が、俺や中在家と同じく「いさの保護者」を自負していながら、その一方でいさに惹かれて
いるが、無意識の内にその想いを押し込んで隠していたことに、実は薄々気付いていた。けれど当時
それを指摘しなかったは、あまりに無意識すぎて、立花自身自覚していないだろうことにも、同時に
気付いていたからだったが、そこまでわかっていても俺は、いさの不調と、立花の息子を結びつける
ことは無かった。
書面ながら、総てを打ち明けられたのは、俺自身が妻―香―を娶り、最初の子が出来てすぐのこと。
その内容と頼まれごとに、困惑した俺が相談を持ち掛けると、香は力強く笑って応えてくれた。
「大事な妹代わりなんだろ? 何があっても味方してやんなさいな。それが出来る位の度量は、持ち
合わせてるでしょ。……どんな事情があるにせよ、子供産むってのは、生半可な覚悟じゃ出来ない
ことなんだよ。むしろ、打ち明けて協力求めて来る頼られてる事を、喜びなさいな」
果たして「母は強し」なのか、香が元々強い性質なのかは解らないが、俺の子が胎に居る香の
言葉には、えも言われぬ説得力があった。
「留さんにとって、そのいさちゃんが、物凄く大事な妹かつ娘みたいな存在なのは、よーっく
解ってるから、どんだけ親身になってのめり込もうと、妬かないんで安心しなさい」
俺は別に、そこまでいさの話を香にしたことはない筈なんだが、何でこんなに理解があるんだろうな。
しかしまぁ、これだけ信頼されてると助かるし、潮江の馬鹿をやり込める要素にもなるよな。コレ。
出会って精々数年で、連れ添って一年も経ってない相手ですら、ここまで理解してくれんだから、
十何年もの付き合いで、その半分近くを共に過ごしてんだから解ってやれってんだよ。いさはな、
解り難いようで、アレで意外に解り易い所もあるんだ。何か妙な所に信念があって、所々自覚が
無いだけで、その気になれば、割と簡単に理解してやれるんだから、疑う前に、まず信じてやれ。
なんて、絶対に教えてやんねぇけどな。自力で気付けってんだ馬鹿潮江。
何故か若干お香さんが出張りましたが、いきなり本筋行く前にちょっと他の人の反応的なのも
挟んでおこうかと考え留さんで。
さーて。ラストスパート(だけど先は長い)頑張ろう!
2009.5.31
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