落花 第四話(前編)



普段は殆ど使われていない、校庭隅の古い倉庫。しかも、その一番奥に しまってある唐櫃の中の着物を取って来るように。と命じられた時、 正直留三郎は面倒臭いとしか思わなかったが、それが用具委員の仕事であり、 自分は大した技能も持たない下っ端の二年なのだから仕方ないかとも考え、 顧問の吉野先生に借りた鍵を手に、素直に倉庫へと向かった。 結果的に「この時倉庫へ行ったのが自分で良かった」と、留三郎は心から思う。 何故なら… * まず最初におかしかったのは、倉庫の鍵が開いていたことだった。 その倉庫は、前述の通り滅多に使われていない所で、鍵は留三郎が 持たされた事務室管理のものと、職員室管理のものの二つしかない。 しかし、二つ共ここ一年程借り出された記録は無く、持ち出そうにも 事務室のものは吉野が常に所持している鍵束の中の一つで、職員室の ものは目に付きやすい場所の鍵のかかった棚の中にあり、教員の誰かに 開けてもらわないと取り出せないようになっている。 ということは、錠前破りをして勝手に入り込んだ生徒が居たのだろう。と 留三郎は判断した。目的まではわからないが、倉庫の鍵自体は割と単純な 南京錠なので、その気になれば二年の留三郎にすら開けることが出来る。 ただ問題はその目的の方で、閉められていないということは、未だ中で 何かしている犯人がいるのかもしれない。ということだった。 犯人の生徒が上級生だった場合、注意をしようにも下級生である留三郎の言葉 など聞かないかもしれないし、口止めに暴力を振るわれる可能性も否定できない。 そんな懸念をしながら、恐る恐る留三郎が倉庫の中に入ると、使われていない 倉庫特有の埃っぽさと同時に、何か異様な空気と生臭さが感じ取れた。 続いて、奥に自分と同じ色の制服の人間が横たわっているらしいのが目に入った。 近付き、それが誰であるか判明した瞬間。あらゆる意味で留三郎は自分の目を疑った。 「まとっている」というより、「まとわり付いている」と言った方が正しい状態の 制服に、目隠しと猿ぐつわ。よく見れば腕にも拘束されていたと思しき痣が残り、 白と赤とそれらが雑じりあった桃色の液体とにまみれた姿は、ここで何が行なわれた のかを如実に物語っており、留三郎はそれだけで吐き気と行き場の無い怒りを覚えた。 更に、目隠しを外してやり着物をひとまず着せ掛けようと手を伸ばした所で、 それが同じ組に所属する友人であり、また女であることに気が付いた。 この当時はまだ彼らは同室ではなく、伊作は「人数の関係」と称して一人部屋を 与えられていた上、自分の組よりも友人達―仙蔵や長次―のいる余所の組や図書室、 医務室などにばかり入り浸っていたため、そこまで親しい間柄ではなかった。 けれど、留三郎も図書室や医務室の常連であり、顔を合わせることはよくあった。 しかしそれより何より、生まれ持った性分として、ここで見なかったことにして 放置したまま用を済ませ立ち去ることは、留三郎には出来なかった。 そこで、意識を失っていて聞こえないだろうことは承知で 「直ぐ戻る」 と声を掛け、万一目を覚まして「閉じ込められた」と思われるより、誰か別の人間に 見られることの方が拙いと判断して、鍵を閉めてから医務室まで駆け込んだ。 一切何の説明もなく「来て下さい!」とだけ叫ばれ、引き摺るように連れて来られた 校医の新野は、倉庫の惨状を目にすると、すぐさま留三郎に手拭いを濡らして搾って くるようにと命じ、依然気を失ったままの伊作の身体を拭いてやると、倉庫内にあった 着物―留三郎の本来の目的とは別のもの―で包み、医務室まで抱いて戻った。 そして、ひとまず用事を済ませるよう留三郎に指示してから、同時に着替えの 用意と、くのいち教室まで行って山本シナを呼んできてくれないかと頼んだ。 「山本先生を、ですか?」 「ええ。目を覚ました時に、傍にいるのは女性の方がいいでしょうからね」 この時新野には加害者が誰なのか判っていたわけではないが、状況からして 同学年である可能性は限りなく低く、十一歳の少女から見れば十四、五歳でも 中年でも、同じ「男」としてしか映らないだろうと考えての判断だった。 * その後。意識が戻った伊作は、周囲が思っていたよりは落ち着いていたが、男性教員や上級生の 声や気配などに反応して、けいれんや過呼吸などの拒絶反応を示すことがしばしあばあったため、 ”酷い風邪を引いた”ということにして、数日間医務室で面会謝絶状態で寝込んでいた。 その間に、付き添っていた山本シナが訊き出せたのは、「加害者はおそらく六年生で、 少なくとも一人以上は保健委員が含まれていると思う」との情報程度だった。 更にそれから数日経ち、だいぶ回復してきたように見えたので、自室療養に切り替えることに なったのだが、一人きりにするのは逆効果であることは、関係者全員の目から見て明らかだった。 そのため、同年代相手ならば拒絶反応を起こさないこともあり、学園長のいつもの思い付きを 装って、二年生全員の部屋替えを行い留三郎と同室にし、看病と護衛を任せることにした。

散々勿体ぶっておいて、こんなぬるい代物でごめんなさい。今後はもう少し痛くなる…筈です。 というか、具体描写が出来ないだけで、自分的には結構この時点で既に胸糞悪いんですが。 2008.7.15


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