落花 第四話(後編)
その時まで留三郎にとって、”立花仙蔵”という生徒は、「い組」の「優秀」で、
「先輩相手でも平気でケンカを売る」ような、「女顔」で「感情を表に出さない」、
「能面のような」な奴で、一応「伊作の親友」らしい。という認識しかなかった。
その仙蔵が、血相を変えて医務室の奥の、伊作が寝かされている場所まで駆け込んできた時、
留三郎は自分の目を疑った。その様子があまりにも噂とかけ離れていた上に、「風邪で倒れた」と
いうことにしてはあるが、事情を知る自分が看病役として付き添うことを許されている以外は、
生徒は一切面会出来ないよう、新野が手前の医務室で見張っている筈なのだ。
息せき切って駆け込み名を呼び顔を覗き込んだ辺りで、ようやく傍らの留三郎に気付き
怪訝そうに「お前は何だ」と言いたげな顔をした仙蔵と、同じことを思った留三郎とで
にらみ合いになりそうになった時。かすかに伊作が身じろぐ気配がしたので、二人が慌てて
そちらを見ると、伊作は目を開き虚ろな表情で天井を見上げていた。
「…ここ」
「医務室だ。安心しろ」
消え入りそうな声の伊作の呟きに、端的に答えを与えたのは留三郎の方だった。事情や状況を、
仙蔵がどれだけ知っているのか解らないので、それ以上は何も言えないが、ひとまず「安全な
場所」であることだけは伝えておきたかったのだ。
それが功を奏したのか、伊作は「そう」とだけ呟くと、気が抜けたように再び眠りに付いた。
その様子に、”傍で騒いで起こすのも忍びない”ということで意見の一致した二人は、その場を辞した。
伊作の意識が一瞬戻りまた眠ったことを新野に告げると、医務室を出た二人は仙蔵の部屋で話すことにした。
といっても、当事者の伊作抜きでは、お互いの素性と持っている情報の交換程度しか出来なかったのだが。
その後、伊作が自室療養に切り替わるまでの数日間。新野にこっそりと面会を許されていたのは、
留三郎と仙蔵、そして仙蔵と同じく伊作の素性を知るろ組の中在家長次のみだったが、「刺激しない
ように」と新野から釘を刺されていたため、詳しい話は訊くことは出来なかった。
*
自室療養に移ってからは、授業中は「往診」と称した新野や、「ヒマだろうから話し相手にでも」と
貸し出された態のヘムヘムが。それ以外の時間は、同室となった留三郎が極力伊作の傍にいるようにし、
仙蔵や長次もマメに見舞いに訪れていた。
それ以外にも純粋に心配した無関係の友人達や、委員会などの先輩後輩が見舞いに来る中、事情を
知る留三郎達は、気付かれないように細心の注意を払いながら、「犯人探し」を行なっていた。
しかし、誰に対しても空元気の笑顔を見せる伊作と、そう簡単にぼろを出す筈のない上級生とでは、
まだ未熟な2年生には、上辺のやりとりだけを見ての見極めは難しかった。
だいぶ精神的にも肉体的にも回復したため、明日から授業復帰することになった日の放課後。
仙蔵と留三郎以外の、他の見舞い客がいないのを見計らい、伊作は念の為廊下まで確認すると、
おもむろに口を開いた。
「…6年ろ組 苅萱石童丸(かるかや いしどうまる)と、その弟の5年は組の怪童丸(かいどうまる)。
それと、彼らの取り巻きの3人衆」
敬称抜きで口にされた、保健委員会の先輩にあたる生徒の名に、留三郎と仙蔵は息を呑んだ。
「まさか…」
「互いの名前を口にするほど愚かじゃなかったけど、声に聞き覚えはあったから」
伊作の言葉が意味するもの。それは…
「解っているなら、何故先生達に言わなかったんだ!」
被害者の証言以外で、犯人を特定する術は無い。それなのに何故隠したのかと留三郎が声を荒げると、
伊作は冷ややかな声でキッパリと言い切った。
「僕の記憶以外の証拠が無いからだよ。証拠も無いのに、責め立て罰を与えるわけにはいかないだろう?
それに下手に騒ぎ立てて、逆に性別を暴露されたりしたら…」
確たる証拠が無い以上、教師は動くに動けない。そして、女だと明かすわけにいかない伊作の方が、
状況的に圧倒的に不利なのだ。そう言われてしまったら、留三郎には返す言葉など無かった。
「では、何故私たちには告げた?」
静かな仙蔵の問いに、伊作は薄く笑った。
「探してくれていたみたいだから」
その答えに、仙蔵も嘲るような笑みを浮かべ呟いた。
「…私闘には、目をつぶってくださると良いがな。そもそも、足が付くような真似をするつもりは無いが」
数日後。それぞれ、目や四肢に後遺症の残る傷を負った数人の生徒が、忍術学園を去った。
彼らの傷は、生徒の誰かが仕掛けたと思われる埋め火によるもので、仕掛けられていたのが
競合地域であったため「己の不注意による」としての退学処分だった。
そして他の生徒達には、「あまり危険な改造はしないように」との忠告が出されたのみだった。
処分となった生徒達は
「目印はなかった」
「誰かに手紙で呼び出されてその場に行った」
などと主張したが、教師達の誰1人として聞き入れなかったという。
証拠など、どこにも存在しないのだから。
あれ? 最後伊作が少し悪女っぽくなった。予定では、仙様が静かに勝手に暴走する筈だったのにな。
えーと、強姦罪は親告罪です。そして、イジメもストーカーも虐待も、ぶっちゃけ「事件」になるまで
学校も警察も動かないというか動けないことが殆どです。
ということで、別に伊作は先生方を信用していないわけじゃないんですよ? ただ、現実が見えているだけ。
なので「見て見ぬ振り」を狙って、仙様に実際に動いていただきました。今後も対処法は大体こうです。
って、これで意図はご理解いただけます?
なおこの時の伊作は、まだ「強がり」です。直後は演技でなく本当に錯乱状態でした。
ただ、少し「立ち直った振り」をするのが巧くて、諦め方向の切り替えに慣れているだけです。
あと、加害者の名前を出す場合は、説話や浄瑠璃・歌舞伎などから悪役っぽいの探して使う予定です。
2008.8.24
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